おかえり甲板から精一杯身体を伸ばして、遠く消えていく影を見送る。ルリアなどはそれこそ、その影が完全に見えなくなるまで一生懸命手を振り続け、見えなくなっても尚、縁に手を掛けてつま先立ちになって、暫くそのまま景色を眺めていた。
「行っちゃいましたね」
もう何度となく繰り返したその台詞に、応えるものだっていつも変わらない。
「今度も、無事に帰ってくるよ」
これはある意味で願い、あるいは希望だ。こういったものは口に出せば現実になると聞いたことがある。なので、こうやって、……いつも同じやりとりになってしまうのはある意味、仕方ない。ルリアはそれを聞いて「そうですね」と寂しげに笑い、そこから動けない僕の前を通って、艇の中へと消えていく。ぱたぱたと軽い足音が彼女の後を追い、扉が閉まる音を最後に、はたりと途絶える。
「……」
僕は。
そうして、ひとりぼっちになった後、そうっと縁に近付く。最早影すらも残らず、何事も無かったかのようにひっそりと佇む町並みを、ただ、見遣る。
――それは、遠い思い出だ。多分、記憶に残る、古めかしくも色褪せないもの。
――大きな、……大きな父親の背中。振り向きもせず、ただ……ただ真っ直ぐに前を見据える父の、
唐突に吹いた風のあまりの冷たさに、僕ははっと顔を上げた。見れば空は一面灰色に覆われ、周囲はうっすらと暗くなっている。濡れた土の匂い。間違いない、これは一雨くるだろう。濡れてしまう前に、早く艇の中に戻らなくては。
「彼は、……」
口に出し、けれどその先をきゅっと噤む。風景から無理矢理に目を引き剥がし、外套の襟元を寄せて、甲板を蹴って駆け出す。ちょうど扉が閉まるか閉まらないかの頃に、待ってましたとばかりに降り始めた雨が世界を覆った。