EnDワンドロ「花」ノア 17才 ルク 16才
吐き出すー。
「う”っ…くっ”…っ…!」
相手を思う気持ちも、
「くそ…っ…う”っ…」
それを伝えられないもどかしさも、
「は、は、…っ…」
それがとても苦しく、辛かった。
「はぁ…はぁ…今日はやけに止まらなかったな」
自室のお手洗いに俯くノアは、さっきまで吐き出したアネモネの花びらを眺めながら呟く。
体力を使ったのかそのまま床にしゃがみ込み、頭を抱えながら深いため息をついた。
ー花吐き病。
それは、強い片思いから患うことがある奇病。
恋愛なんてそんなものとは無関係な殺伐と偽りの日常を送っていた身として、初期症状を発症したときは心底驚いた。知識だけしか知らなかったその病気はやはり奇病と言われるだけあって治療法がない。出来ることは進行を遅くすることくらいだ。或いは、想い人と実った時、自身から花びらではなく綺麗な花を吐き出すことで完治するらしい。
だが、その望みは叶わないだろう。ノアの想い人はきっと自分を恋愛対象として見ていないだろうから。
本家の仲間から用意される苦い薬を服用し、日々耐えているノアだがそろそろ限界が近づいてきているのかもしれない。これまでの日々を思い浮かべながら横を向くと、視線の先には待ち合わせの時間まで残り三十分を切っていた。
「そろそろ…出ないとな」
これから会う人には絶対にバレないようにしないといけない。
でないと、傍にいることすらも出来なくなってしまうから。
重い体を動かし、ノアは洗面所に広がっているアネモネの花びらを片づける。
顔を洗い、気を引き締めて口角を少し上げた。
シンプルな恰好に着替え、香水を手首に一回。
彼から誕生日プレゼントでもらった黒いネックレスだけはつけ、玄関で全体を見直し部屋を後にした。
待ち合わせ場所には十分前には着いた。周りを見てみても、まだ彼の姿は見えない。
良かった、どうやら先に着いたようだ。
久しぶりに被った休暇、お互い気づいた時にはどこか出かけようと提案していた。
アクセサリーショップにも行きたいし、何件か彼が好きそうなカフェも見つけている。
喜んで貰えるといいけど…。
少し不安を感じると、段々と吐き気が増してきた。
ああ、不安になるとまた吐き出したくなるんだった。折角の休みだ。絶対に隠し通してみせよう。
一瞬だけ顔を歪ませ耐えていると、丁度こちらに向かって駆け寄る青年が現れた。
「悪い。待たせたか?」
「ううん、ついさっき来たばっかだよ」
少し息を切らしながら来たのは、ルクヴェスだった。
優しく微笑み、ノアはじゃあ行こうかと手を差し出す。
「っ、もう俺たちそれなりの歳だろ。迷子にならねえよ」
「ふふ、そうだね。…ごめんごめん。やっぱり長い付き合いだからよく迷子になるルクが思い浮かんじゃってさ」
「いつの話だよ…どーせ、十代になったばかりの頃の話だろ」
「多分?でも今でもたまに迷子になったりするよね」
「…いいから行こうぜ」
恥ずかしくなったのか、耳まで赤くしながらスタスタ先に進むルクヴェスに対し、ノアは笑顔で彼について行く。
ーそれからの時間は、幸せだった。
ルクヴェスが選んでくれるアクセサリーはどれもセンスがいい。
今回はイヤーカフを選んで貰い休憩がてら、事前に調べていた和風のカフェに入り、美味しそうに抹茶セットのスイーツや飲み物を食す。気に入ってくれたのか、ルクヴェスの表情は口角が上がっていた。
気が付けば、空は暗くなり、終わりが近づいている。
このままずっと一緒にいられたらいいのに…
寂しさから出てきた想いは日に日に大きくなっていく。
「そろそろ時間か。帰ろうぜノア」
「…うん、そう、だね」
嫌だ…、離れたくない。
寮に戻ろうとするルクヴェスを見つめてると、胸が痛くなった。
この想いを、告げるべきか。そう思った瞬間。
一気に吐き気が襲い掛かった。
「う”っ…!」
「え…ノア?!」
思わず彼を残し、裏路地に逃げ、その場にしゃがみ込み、口を抑える。
駄目だ、耐えろ。頼むから、せめて彼の前で見せたくない。
…しかし、その願いは叶わなかった。
少しだけ出てきた赤い花びら。
抑えきれず地面に散っていくそれは、とても儚く綺麗だった。
追いかけたルクヴェスは思わず暫くその姿を眺めていたが、苦しむノアに急いで背中を撫でる。
「大丈夫か?」
「うっ…、だい…じょうぶ…。ごめ、…先に…帰って…」
「こんな状態で放っておけるか!何か、俺に出来る事はないか?」
花びらを出しながら聞かれる言葉は、魅力的なものだった。
彼は誰にでも優しい。だが、それが苦しい。自分だけを見て欲しい。
自分だけのものにしたい。
そんな黒い感情がノアの頭の中を覆いつくす。
ルクヴェスの肩を掴み、ノアは俯きながらも懇願するように告げた。
「嘘でもいいから…俺を好きって…言って…」
「え…」
「俺だけを、見て…」
偽りでもいい。今この瞬間だけ、夢を見たくなった。
掴んだ手が震える。ああ、また吐きそうだ。
顔を上げ、ノアはルクヴェスに笑みを見せる。
「おねがい…ルク…」
「っ…!」
目を見開いた時、ルクヴェスに抱きしめられていると気づくまで時間はかからなかった。
強く、ここにいると教えてくれるように。
「嘘じゃない。俺は…あんたが好きだ」
「っ…」
「ノア、あんたは俺にとって特別な存在なんだ」
「親友…でしょ?」
「まあそれもある」
「俺は…それ以上になりたい。お前の唯一になりたい」
言ったらいけない。これを言ってしまったら、もう彼の隣にいられないと思っていたのに、今なら言える気がする。身体を離し、彼の綺麗な黄色の瞳を見つめながら、ノアは告げた。
「俺は、ルクが好きだったよ。勿論…今も、これからもお前だけを想ってる」
愛おしそうに告げ、ノアはそのままルクヴェスの唇に自身のものを合わせる。
すぐに離れ彼の表情を見てみれば目を見開いて、驚いている。
ずっと傍にいた親友にこんなことを言われたらそうなるだろう。
これからお前が俺に対してどう接すればいいのか困る事も分かっている。
こちらの身勝手だ。ただ、ようやく告げられた事に満足感を得た気がした。
「これは、花吐き病だから気にしないで」
「…いつから?」
「…随分前から」
「だから、いつ」
「…五年くらい」
「あんたは…ずっと独りで耐えてたのかよ」
「…俺が、勝手にお前を好きになっただけだから」
「っ…、なんで早く言ってくれなかったんだよ」
「ルクが、俺のこと…好きになるわけないと思ってたから。…言わなければせめて今の場所は俺だけのものだって思えたからかな」
苦笑いを見せるノアに、ルクヴェスは再度彼を抱きしめる。
「勝手に俺の気持ちを決めるなよ」
「ごめん…」
「俺だって、あんたの気持ちが分からなかったから…どういえばいいか分からなかった」
「…そう、なの?」
「さっきも言っただろ。あんたは特別な存在だって。…親友でもあるけど、俺だってあんたを…独占したい気持ちもある」
「え…」
予想外の言葉に、今度はノアが驚いた表情を見せる。
言葉よりも行動だ。今度はルクヴェスからノアの口を塞ぐ。
ちゅっ、と可愛らしい音と共に、顔を赤くさせながらルクヴェスは告げる。
「俺も、あんたが好きだ。今も…これからも」
ずっと望んでいた言葉に、ノアが把握するのに時間がかかった。
しかし、理解した瞬間今までとは違う大きな動悸が襲った。
「う”っ!」
「ノア!!」
胸を抑えながら、掌に出したそれは、両想いになった証として現れると言われる、白い百合の花だった。二人はそれを見つめ、喜びを噛みしめるようにもう一度キスをした。