ワンドロ お題【サイン】 タワー内のカフェテリアはランチ時真っ只中、相席を余儀なくされるほど混み合う空間は仕事やプライベートの話題が飛び交っていた。トレーニングを終えシャワーを済ませたグレイは時計をろくに確認せず足を運んでしまい、運良く席を確保出来てしまった。居心地悪そうに肩を竦めつつ出来たてのAランチに手をつけ、最大限気配を消し、すぐに食べて退散しよう。意気込んで大きなひと口で頬張るとすぐに見知った声がかかった。制服姿のガストだった。
「ようグレイ、向かい座っていいか?パトロール終わりでさ、すげ〜腹減った」
「!」
「はは、お言葉に甘えて失礼。おいおい、そんなに首縦に振って大丈夫か〜?…グレイって結構飯食うのな。おっ今日のAランチ美味そうじゃん」
相席の断わりをスマートをこなす同僚の彼に尊敬の念を覚える。もしグレイがその立場ならば回れ右してカフェテリアを後にする自信があるからだ。かく言う彼もかなり席を探したらしい。確かに、ランチ時はデザイン部や広報部などの一般フロア勤めの、加えて言えば女性がかなり多い。スマートで女性受けのいい見た目とは裏腹に、その実女性を不得手とする彼もやっとの思いでここに着いたのだと教えてくれた。全くタイプの違う彼との共通点になんだか嬉しく思う。
「そういえば、今日はビリーと一緒じゃないのか」
「ビリーくん?」
この場に居合わせない、友達兼恋人の話題に思わず首を傾げた。
「あー、でも流石に日中はそうでも無いのか」
「?」
「ほら、タワー内だとお前らいつも一緒にいるイメージあったから」
「そ、そんなに?」
「おう、そりゃもう。最近こそ俺とか…あとはウィルとかか?グレイとようやく目が合うな〜、とか。話もしてくれんな〜って思うけど」
「けど?」
「俺と話してるとこにビリーが来ると結構分かりやすくて面白いな、って」
「分かりやすい………………」
「…あ!からかってるわけじゃないからな?そうだな、例えるなら──────、」
ひと目でわかるサインみたいなもんだな。あ、ビリー来たな。って。
ガストの言葉が忘れられずにいた。午後のトレーニングをこなし、再び汗を流した後もなんだか耳に残っている。夕食を済ませ、寝支度を終えたグレイは大好きな背中に不安を零す。
「どうしようビリーくん、もしかしたら僕は好きが過ぎるのかもしれない…」
つい先刻までPCに向き合ったまま微動だにしなかった背が言葉を発したのと同時くらいにこちらへ向き直る。グレイの懸念など耳に届いていないらしく、えらく満足そうな面持ちでグレイの鼻先までやってきた。
「なぁに急に♡ベッドいく?」
「え、違う……」
「あ、違うの?」
てっきりお誘いかと、あけすけな物言いはビリーの胸にしまい込む。グレイが真面目な話だと告げると彼も向かい合う形で言い分に耳を傾けてくれた。要約すると、こうだ。
「つまり、人前で僕ちんの事が好きでたまらない!って顔に出るのがイヤってこと?」
「嫌っていうか、恥ずかしい……いい歳して顔に出過ぎてしまうなんて…」
本人に自覚があるか定かでは無いが、ビリーの事を抜きにしてもグレイは普段からかなり顔に出やすいタイプだ。アッシュに対して露骨に顔歪めたり、ゲームをしている際は顕著に現れる。液晶に集中しているのをいい事に、ビリーは密かにグレイ秘蔵スナップが着々と枚数を増やしていた。
「んー、えっとね。これはDJから聞いた話なんだケド」
「フェイスくん?」
「そう。ちょっと前に、オイラがハニーで連絡取ってるところだけを見て、相手がグレイだって言い当てられたことがあってネ〜?」
色々だだ漏れ、なんて。情報屋としては大変不名誉な言葉にムッとしていると、指摘してきた当の本人は可笑しそうに内カメラを向けてきた。そこには、不服を訴える年相応の顔をした自分自身が映っていて、今日は随分表情豊かなんじゃない?なんて揶揄されてしまった。
「ポーカーフェイスには自信あるのにな、商売あがったりだよ〜」
可笑しくなくたって百点の笑顔が得意だ、その逆だって。磨き上げた商売道具がいとも容易く綻びを生んだ、その事実にビリーは中々に衝撃を受けた。もちろん、この綻びを今はビリーの一部として受け入れて生きている。当人同士では気が付かない無意識で行うサインを気恥しく、不便に思う一方で、最近はなんだかこういうのも悪くないと思うのだ。
「顔に出るの、僕だけじゃない…?」
「もちろん!…ね、オイラ達って思っている以上に似た者同士みたい!」