宝物
休日の朝、グレイは本日発売のゲームを求め家電量販店へとやってきた。当日という事もあり混み合うレジ、ここにいる人が皆このゲームを求めてやって来たと思うとなんだか口の端が緩んでしまう。
予約こそしているのだが、いつも開店一番に受け取りに行くのが癖になっている。早朝は空気が澄んでいて心地がいいし、昼間は肩がぶつかるほど人が歩いている大通りもストレスなく歩けて好ましい。無事に入手したソフトを大事に抱えて帰路に着く。時刻は昼前を指していたが、今日は寄り道どころではない。部屋に着いたら封を切って、説明書代わりのコードを読み込んで、それからゲームに取り掛かろう。
「グレイじゃないか」
「っはい?」
タワーのエントランス、人々がにぎわう中でも彼の声はよく通る。ジェイは、ニコニコとこちらへ寄ってくれた。
「お、お疲れ様です!」
「グレイは…非番だったな。なんだか嬉しそうに歩いていたから声を掛けてしまった」
「じ、実は予約していたゲームの発売日で…。」
「そうかそうか!」
口にした後に、大したことでは無いかもしれないと不安に駆られるも、ジェイさんは自分の事のように喜んでくれた。
「俺は今から出なければいけなくてな」
「! 忙しいですよね、引き止めてしまって、済みました…!」
「いや、引き止めたのは俺の方だろう?気にしないでくれ。グレイはこれから部屋に帰るのか?」
「そう、ですね」
「なら、ひとつ頼まれてくれないか」
そんなに手のかかることでは無いから、と人好きのする笑みに打たれてグレイは内容を聞く前に二つ返事で承諾してしまう。
「実は共有スペースでビリーがうたた寝をしていてな。起こすのが可哀想でそのままにしてきてしまったんだ」
ジェイは見た事がなかったせいか驚いていたが、グレイやアッシュは度々遭遇している。ビリーがするうたた寝は、ある種メッセージだ。ここは自身の安心して休める場所だと、教えてくれてるみたいだと思う。
居住階層専用のエレベーターに乗り込み上昇する。いくら早いと言えど百階ともなると道のりが長く感じる。早く会いたい、生返事をする寝起きの彼に朝はゲーム発売日だと伝えただけだ。おはようも、キスも、今日はまだしていない。
「ビリーくん、」
テーブルに置かれたゴーグルを端に捉える。伏せられた瞳、弛緩した身体はハンモックに揺られ、名を呼ぶともごもごと何か返事をしているみたいだった。
「ビリーくん、ベッドで寝よう?アッシュが帰ってきたら、また怒られちゃうよ」
「んん〜」
以前、グレイではなくアッシュがうたた寝するビリーを発見した際は、ンなとこで寝るんじゃねえ!と叩き起されたと聞いた。そんな寝覚め、最悪過ぎるとグレイは思うのだけれど。ビリーはくすくすと可笑しそうに教えてくれた。
「グレイ…?」
ただいま、今帰ったよ。帰宅の挨拶をするとビリーはふわふわの笑みを携え、両手を広げてグレイを歓迎した。
「おかえり〜」
両の手を首に回してもらう、そのまま手を差し入れいわゆるお姫様抱っこの体勢で自室へと向かう。
「ふふ、へんなの」
「何か楽しい夢でも見てた?」
「…たからばこにぃ、…詰められて…?運ばれる夢だったきがする…」
クルーズ船に乗って以降、ビリーは海賊ブームらしい。それは夢の中でも変わらないみたいだ。彼のベッドに下ろそうとすると、グレイのベッドがいいと可愛いわがままを口にする。大分覚醒してきたなこれは。グレイベッドじゃないと降りない〜っなんて言われてしまえば断る理由はない。
朝に整えたベッドにゆっくりとビリーくんの身体を預ける、頭に手を添えて下ろすと彼の腕が更にグレイを強く引き寄せた。刹那、グレイも体勢を崩しベッドになだれ込む。
「あっ、あぶない…!」
「潰れたりしないもん!…あははっだめだ、思い出し笑いしちゃう」
「なに…?」
堪らず、といった様子で喉を鳴らして笑う。首を傾げると、ビリーくんは楽しげに話す。
「夢の中で、宝箱に詰められて運ばれてたのに、目が覚めたらグレイが大事に運んでくれてるもんだから、可笑しくなっちゃった」
ある意味正夢だ、ビリーくんはものでは無いが宝箱に詰められていたということは、夢の中で宝として扱われていたという事だろうし、グレイにとってもビリーは大切な存在だ。グレイはそのまま伝えると、ビリー顔はじわじわと熱を集中させられる。
「グレイに口説かれてる…」
「え?!」
「自覚がないところがまたタチ悪いヨ」
思ったままを伝えただけなのに、うう〜っと唸るビリーはグレイの頬を両方の手で包み込む。
「お返ししちゃうもんね、」
むちゅ、と触れるだけのキスがなされる。子供をあやすみたいな幼い触れ合いすら、グレイにはハードルが高い。顔にはビリーとお揃い、朱色が指す。
「もっとしてもいい?」
涼しげな蒼だというのに、何故こうも熱っぽいのだろう。言葉もなく頷いて続きを促す。すっかり頭の中から抜け落ちた家電量販店の袋はテーブルに置かれたまま。新品のソフトの封が切られるのは、もう少しあとになるのだった。