宇宙飛行※アニメ銀河鉄道の夜から影響を受けたパロディです。2人の男の子が亡くなって、汽車であの世に行く設定なのでご注意ください。
汽車はひとつひとつ駅に停まり、そこから亡くなったお客さんを乗せていきます。けれどみんな行き先は違うため、途中下車をして行き、最後は男の子2人だけになります。
スバルは車掌、夏目はお客さんです。
でも2人とも亡くなっています。
死ネタNGの人はバック。
※お題
人は生まれ変わっても眼球だけは変わらないという説に影響されて。だから運命の人の目は一目見たら分かる、という話。夏目は生前のスバルのことを忘れていますが、スバルは夏目のことを徐々に思い出していきます。
生前2人は最期まで幸せに暮らした設定です。
〈宇宙飛行〉
カチリと音がした。網膜の奥、月のクレーターのような瞳孔の周囲、ミクロン単位の星々が飛び散ってまたたく。
「………はぇ?」
君は一体誰なのだろう。スバルは切符切りを指先で持ったまま、一瞬落としそうになったことに慌てた。
「…ぁ、え、ごめん…。お客さん、どちらまで?」
ふにゃりと笑って問い掛ける。座席の男は表情は変えず、返答した。
「乗客相手に、ごめんっテ…。キミ車掌でショ?…えっと、ペリカン駅まデ」
怪訝そうな顔をして切符を渡す。スバルは失礼しました、えへへ…と笑って、パチリと歯切れの良い音を立ててそれを完了させた。
「…。ペリカン駅までは大分時間があります。外の景色を眺めながら、良い旅を」
ペコリと頭を下げ、立ち去っていった。
去り際の、あの目は何なのだろう。
諦めたような、寂しそうな、けれど日常と現実を背負って“当然だ”という顔をして淡々と去って行った。
あの目は何なのだろう。
夏目はこの気持ちを反芻しながら窓辺に肘を着く。外では青白い大河が、霧のようなものを噴射しながら光っていた。遠い昔に荒れ果てた別の駅の残像が見える。子供を含む大勢が、そこで列車を待ってる姿も。神父のような人や、針葉樹も見えた。いつの時代の残像だろうか。そしてあれは、どこの駅だろうか。この列車から降りる乗客があそこに向かうということは、あそこが彼らの終着地。昔は別の路線が走っていたのだろうけれど、別の路線ということは本当に存在した駅なのだろう。だってこの列車が止まる駅は…
そこまで考えて思考とは不思議だなとぼんやり思った。当たり前のように眺めている。当たり前のように見えている。ウン、夢の中よりはかなり鮮明だし、現実だというのは解ってる。肉体は、無いけれど。
「お客さん」
音もなく隣に立っていたからびっくりした。先ほどの車掌が夏目を呼ぶ。
「…なに?」
帽子の影で表情が見えない。少し顔を上げてくれたから確認することができた。不気味でも不可思議でもなく、ただ優しそうで幼い雰囲気の残る少年。
「…俺もペリカン駅に行くところ」
「…そうだろうネ?だってペリカン駅は終点だかラ」
「ウン。そして、俺もそこで降りるんだ」
「ふぅン…」
列車が止まる。外では豪華客船が沈みかけている。宇宙の海、どこが海面かわからないけど、船頭だけ覗かせたそれは恐らく大昔のタイタニック号。
この車両は人が少ないが、もう一つ先の車両はここの駅で降りる人が複数人居るみたいだ。乗ってくるんじゃないのか…と感じるけど、敢えて終わったその場所で人々が降りると誰かから聞いたことがある。母親ではない、祖母からだろうか。
少しだけ床が湿った。
「車掌のお仕事が終わったら、ここへ座ったラ?」
夏目はポン、と隣を促した。スバルは少し考えたあと、即座にうんそうする、と答えた。
「君の瞳を見たことがあるんだよ」
静かな温度でジッ、と夏目を見やる。
「お仕事が終わったらにしたラ?」
と夏目は促した。
ペリカン駅まではまだ長い。銀河の向こう、ブラックホールに近付くまで。あと6時間ほどかかるんじゃないか?前知識は何もなくとも、当たり前のようにこの体は理解していた。
2時間後、スバルは仕事を終えて隣へやってきた。木の実を持っていたからそれを2人で食べた。お腹は減ってないが、満腹でも無い。だけど心は満たされた。足元に置いていた水を一口飲むと、やっと本当に息が吸えるようで、少し目を丸くする。
「夏目?」
不意に呼ばれたからびっくりして振り向く。
どうしてボクの名を?と問い掛けたけど、掛けてみた、と言われた。一か八かで呼んでみた、と言われた。ボクの目を知ってるとか何とか言ってたけど、名前すらわかるとは。
「ボクはキミの名前知らないけド」
「大丈夫。俺も断片的にしかわからないし。何より、君…夏目との思い出があるわけじゃないし」
ペリカン駅に着く頃、体は無くなっていると思うんだけど、夏目がそれまでに俺のこと思い出せたらいいなぁ~とスバルは言った。無理じゃなイ?と返答すれば、またジッとこちらを見てくる。君のこと本当に知ってるんだよ、と少し真剣な顔になる。大丈夫、ボクも知ってるかラ。と答えたら、視界の端でその表情がパァッと明るくなったのがわかった。
「ホント!?」
「ウン。ボクもキミの目は知っていル。キラキラしていて、好奇心旺盛で、いつも未来ばかり見ていル。だけどクレーターのような瞳孔の奥に、いつも“夜”が見えタ。優しい夜ダ。ボクは、キミのそんな瞳が」
シッ
スバルの手で口を抑えられる。
「静かにして。空飛ぶクジラの駅だ」
空飛ぶクジラの駅だったら何なんだろうと思ったけど、1人幅の広いおじさんが乗ってきただけで、あとは特に何も無さそうだった。
「空飛ぶクジラの駅ということは、次はペリカン駅じゃなイ?」
そうなのだ、この時空は速かったり遅かったりする。あと4時間はある計算だったけど、スバルと会話をしていたら早めに過ぎたようだった。相対性理論が強いな。中身の濃さと比例して時間の概念がこんなにも伸び縮みするなんて。神様はいじわるだ。
「ほら、あれがブラックホールだよ」
目の奥がチカチカする。
さっき最初にスバルと対峙した時のように。
「あの向こうにペリカン駅…終着駅がある」
「俺たちの終着点だ」
ボクと同じように、この隣の彼も目の奥をチカチカさせてるのだろうか。
希望なんて1ミリも持たずに横を向くと、頬がくっつきそうなくらい側で窓の外を眺めていた。ボクと同じようにブラックホールを見ている。うん?と言って振り向いたその瞳は、ミクロン単位でバチバチと火花を散らせていて。星と言うには激し過ぎて、けれどボクも他者から見たら今このくらいの現象が起きているのだろう。目の中では星が飛ぶが、他者から見れば火花のよう。
ボクもこの瞳を知っている。
「…バルくん」
「わあっ」
思い出したね!と彼は両手をあげてみせた。
そうだ、ボクたちは一緒に生きていた。
彼は車掌で、ボクは乗客だったのは、きっと彼の方が先に星の元へ向かったからだったのだろう。
「車掌になってたノ」
気付いたら親指が彼の目尻に触れていた。
「えへへ…俺、泣いてないけど。なに?」
「そうなノ、泣いちゃうかと思っタ。でも触りたくテ」
「夏目のいじわる」
「フフ」
ふにゃりと笑ったバルくんの表情がやっぱりボクはとても好きで、ああこの溶けそうな表情にいつも癒されていた、そう、ボクはまたキミに会いたかったんだと泣きそうになった。
泣きそうになったのはこちらだった。
「「ペリカン駅だ」」
ゴオッと音がしてブラックホールをくぐる。
思った以上に短くて、すぐにまた大河へ戻り、向こうの方に白くて大きな駅が見えた。
「「…ペリカン駅だ」」
2人で手を繋いだ。
ペリカン駅と言うからにはペリカンが飛んでいるのだろう。一羽も居なかったらボクのバルくんが寂しがるから、それくらいのエンターテイメント性は在ってほしい。
そんなことを思いながら2人で頭を寄せた。
白くて大きな帆が、列車を包み、最後白い駅に向かってゆるやかに進み続けた。