コインランドリー2(仮)男は傘をポンと音を立てて差し、振り向いた。
「すぐそこだけど濡れるから入れよ」
「いーよ。別に」
「頭が濡れたらタオルとか貸すの俺だろ」
「だからいいって」
男と相合い傘なんかしたくねぇ。早く行けよ。後で追いかけるからよぉ。
そう思って待ってるのに、奴は俺の肩を抱いて歩き始めた。
「あ? おいっ!」
「ほら、ちゃんとくっついてないと濡れるぞ」
くっそ、無駄にでけぇマンションだから入り口が思ったより遠い。
結局10メートルくらい相合い傘で歩く羽目になっちまった。
白い大理石のエントランスは雨に濡れてツルツル滑りそうだ。転ばないように気を付けながら歩く。
こんな立派なマンション、俺みてぇな貧乏人には一生縁がないと思っていたけれど。
「へぇ〜、いいとこじゃん」
「そうか?」
「そーだよ」
俺は男とエレベーターに乗り込んだ。最上階までノンストップだ。
「そうだ、お前、名前は?」
「岸辺デンジ」
「ふぅん、デンジか。俺は早川アキ」
いきなり下の名前で呼んできたり、雨が降ってたとはいえ肩を抱いてきたり。こいつ距離感バグってんなと思いつつ、テレビ欲しさにホイホイ部屋までついていく俺もちょっとおかしいのかもしれない。
……もしかしたらこいつホモなんか?
と、すると部屋に連れ込んだ後、俺を押し倒して……。いや、ないな。ないない。
なんでわざわざ俺みてぇな汚い男を選ぶんだよ。容姿も10人並み、着てる服はクタクタでどこもいいところなんか無い。
「デンジ、どうした? 降りないのか?」
ハッと気が付くとエレベーターは最上階へと到着していた。
俺は早川アキに促されるまま部屋へと入って行った。
「おじゃましまーす……」
正面の廊下を進むとリビングがあった。
そこには真新しいテレビがドンと置かれていて、その脇に一回り小さいテレビがある。
「古いテレビってこれか?」
「そうだ。故障した訳じゃないからまだ使える」
下取りしてもらえないほどの古いテレビだ、とは思えないくらい綺麗に使われている。
「へぇ、いいじゃん。いくらにしてくれんの」
「一万円でいい」
正直破格だ。でももしかしたらもっと安くなるかもしれねぇ。
「ん〜、五千円になんねぇ?」
ダメ元で交渉してみる。
「五千円? そうだな。相談による」
「相談?」
きたよ。きたきた。こいつがホモかどうかを確かめるチャンスだ。
俺ん身体が目的なら、まず間違いなく俺を寝室に連れて行くだろう。
そしたらタマ蹴って全力で逃げる。もうあのコインランドリーにも通わない。
バレないように身構えていると、意外な言葉が早川アキの口から紡ぎだされた。
「そうだな……。またここに遊びに来いよ。格闘ゲームの相手が欲しいんだ」
「はぁ?」
「やったことねーか? 格闘ゲーム。試しにほら、ちょっとやってみろ」
そしてコントローラーを二つ取り出すと、一つを俺に手渡してくる。
「……お、おう」
「初心者におすすめのキャラはこれ。一番癖がなくて使いやすい。このボタンでパンチ、このボタンでキック、これはガード」
アキは嬉しそうに俺にコマンドの説明を始めた。……もしかして、マジで遊び相手に不足してるんか?
「一回CPU相手にやってみろ。飲み物カルピスでいいか?」
「ん? んお。……サンキュ」
なんだこのおもてなしムーブは。ただ同然でテレビ譲ってくれる上にゲームを遊ばせてくれるとか、訳わかんねえ。
最初は裏があるんじゃないかと疑っていたが、遊んでるうちに忘れてしまっていた。
「おっ! 上手い上手い」
「ヘヘッまかせろ」
「じゃあこっちは必殺技な」
「んげ〜! なんじゃそりゃ! ずっこいぞ!」
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
それから俺達はテレビの事も洗濯物の事も、雨の事も忘れてゲームに熱中した挙句、結局二時間くらい遊んでしまった。
「あっ! いけね。洗濯物忘れてた」
外を見ると雨はすっかり上がっている。
「今のうちに帰るわ。えーと、テレビ……は、どうすっかな」
「また後日だな。とりあえず連絡先交換するか。お前携帯持ってるか?」
「おお」
お互いの電話番号を登録し、二人でマンションを出る。
「家、この近くか?」
「おー、チャリで五分くらい」
すっかり乾いた洗濯物を取り出し袋に詰める。
どうやってテレビ持って帰ればいいかな……。なるべく金かからない方法は……。
「そうだ、明後日の昼頃引き取りに行っていい? 俺木曜日配達当番で会社のトラック使えるからさぁ」
「昼? 在宅勤務だから家には居てるけど。つーか仕事のついでに済ませようとすんじゃねぇ。配達する商品に何かあったらどうすんだ」
「えー、真面目かよ」
「何かあったら責任取れないだろ。その辺ちゃんと考えろ」
「へいへい。んじゃ夕方行くよ」
「着く前に電話入れろよ」
「へーい」
チャリに跨って手を軽く振り、タラタラと帰路についた。
早川アキ、か……。変な奴。
でもまあいい遊び相手が見つかってラッキーだ。テレビも五千円で手に入れる事ができた。
きれいな姉ちゃんには会えなかったけど、これはこれで悪くない。
俺はめちゃくちゃな鼻歌を歌いながら星空を眺めた。