コインランドリー3「なぁ、今日の晩飯なに?」
「豆苗炒め」
「やりぃ」
自宅に荷物を置いたらすぐにアキん家に向かう。炊きたてご飯と美味しいおかずにすぐありつける幸せ。
「ウメェ〜! やっぱアキの飯最高だな!」
「そうか、良かった。今日はデザートもあるぞ」
「マジで? 何があんの?」
「メロン」
メロンってアレか。めちゃ高いフルーツ。
「すげぇ。なんでメロンなんかあんの」
「実家から送られてきた。北海道だからな」
「へ〜、北海道かぁ。一回行ってみてえなぁ」
冬はクソ寒そうだけど、夏の北海道なんか最高じゃね? ラベンダー畑とか……。あと何があるか知んねーけど。
「じゃあ今度一緒に行くか? 俺の実家に泊まれば宿代浮くし」
「マジで〜! いいんかよ」
はっきり言って甘えすぎてる自覚はある。
でも、なんかそうするのが当たり前っていう空気があって。
「ああ、まとまった休み取れそうか?」
「ん〜、有給たまってっから多分大丈夫」
ニカッと笑うとアキはふんわりと微笑んだ。
「そろそろメロン切るか」
「おう! じゃあここきれいにする」
やってもらってばかりじゃ悪いから、食い終わった食器を片付けるのは俺の仕事だ。
食器を洗う横でアキが冷蔵庫からでかいメロンを取り出した。
「すげぇ、漫画で見るみたいなアミアミ模様が入ってるやつじゃん」
「……メロンは普通こうだろ?」
「俺ァ安モンのメロンしか食った事ねーからなぁ」
ツルツルの小ぶりなやつしか食ったことのねぇ俺は人生初のアミアミメロンに大興奮だ。
包丁で半分に切り分けると、オレンジ色の果肉が現れた。
「オレンジ色じゃん」
オレンジ色のメロンって、なんか高級ぽくていい。密かに感動してるとさらに半分に切って、中の種を包丁の背で削ぎ落とし、シンクに捨てようとした。
「キャーッチ!」
「え? 何だ?」
「ここが一番ウメェとこだろ! 何捨てようとしてんだ!」
「いや、普通種は捨てるだろ……」
俺はアキの言葉を無視して、種と汁が絡まったワタの部分をアーンと口に放り込む。
種もムシャムシャと噛み砕いてゴクリと飲み込み甘い汁がついた指を舐めると、目を真ん丸にしたアキと目が合った。
「なんだよ。なんか文句あっか?」
「いや、ないけど……。そんなに種が好きならこれ全部食うか?」
「おー。いいんか?」
アキは残りのメロンから手で種わたを取り除いた。
「ちょっと待て。皿を……」
皿なんて大層なもん、なくたって構わねぇ。
俺はアキの手首を掴むと直接食いついた。
美味い汁がついた指も余すところなくしゃぶると、アキが俺の舌を摘んだ。
「いへぇ」
「お前な……。いちいちエロいんだよ」
「何がだよ。男同士なんだからエロいも何もねーだろ」
「言ってろ。ほら、メロン食わねえのか」
「食う食う〜」
種より実の方が断然ウマいからな。オレンジ色の部分はもちろん、緑色の皮に近い部分も前歯でガリガリとこそげ取っていると、もう一切れくれた。一度にこんなにメロン食ったの初めてだ。
俺は心ゆくまで堪能し、腹をさすった。
「はー、腹いっぱい。なんか眠くなっちまった」
「じゃあ泊まってけよ」
「おっ、サンキュ。風呂の準備していい?」
「ああ」
まるで実家みてーだ。近いから歩いて帰れる距離なのに、なぜか気軽に泊めあう関係にまでなっちまった。
泊めてもらう時、洗濯は俺がやるルールだ。
溜まっている洗濯物に、俺の服もポイポイと混ぜてスイッチオン。
「つーか、なんでコインランドリー使ってたんだよ。こんなでけぇ洗濯機あるのに」
「……あん時は調子が悪かったんだよ」
俺のシャツとアキのパンツと、その他諸々がぐるぐると洗濯機の中で踊ってる。
兄弟でもないのに二人分の服をまとめて洗って、一緒にメシ食って、一緒に遊んでる。
この間まで互いの名前も知らなかったのに。
なんか変なの、と斜めドラムの中で勢い良く泡立つ洗濯物を眺めていた。
◇◇◇
日曜日。
妹のパワ子が遊びに来た。
部屋に入るやいなや、今までなかったテレビを見つけて歓声を上げた。
「デンジ! テレビどうしたんじゃ? どっかで拾ったのか?」
「ちげーよ。近所の奴にもらったんだよ」
「なんじゃと? ワシもそいつと友達になる!」
「おー。そのうち紹介してやんよ」
床に置いてあったコントローラーに気付いたパワ子は早速いじり始めた。
「なんじゃこれは。面白そうじゃのう」
目まぐるしく変わるキャラクター選択画面を興味深そうに眺めている。
「対戦しよーぜ。好きなキャラ選べよ」
「じゃあワシこれにする」
パワ子は筋肉隆々のオッサンを選んだ。
俺はアキがしてくれたように遊び方を簡単にレクチャーしてやる。
「これがパンチでこれがキックな。ガードはこれ」
「ワシはガードなどしない派じゃ! ゆくぞ! デンジ!」
パワ子はめちゃくちゃにボタンを押してるだけなのに異様に強かった。見たことの無い必殺技まで発動させる始末だ。
「てめ、この。力子!」
小さい頃からパワ子は本名と呼ぶとキレる。それを利用して勝ちにいこうと思ったが、逆効果だった。
「あー! その名前で呼ぶなと何回言えば分かるんじゃ! もう容赦せぬ。受けてみよ、このパワーラッシュを!」
空中に蹴り上げられてから20hitコンボを決められ、碌な反撃も出来ないまま俺は場外へと放り出された。
画面いっぱいに表示されるK,Oの文字を苦々しく一瞥し、文句を垂れる。
「なんだよその技。お前本当に初心者か?」
「やはり天性の才能というか、センスがあるんかのぉ。ワシ」
自慢気に鼻をこすりドヤ顔で見下してくる。
「リベンジだ! リベンジしてやるっ!」
「仕方がないのぉ」
そんな調子でたっぷり夕方まで遊んで、晩飯を食ってからパワ子はようやく帰り支度を始めた。
外は雨が降っている。
「駅まで送っていってやるよ。一本しかないから傘は貸してやれねぇけど」
「しょっぱいのお」
ぶつくさと文句を言うのを無視して外に出た。
「まあまあ降ってんな」
傘をさしてからポッケに鍵をねじ込み、二人並んで歩き出した。
「親父は元気か?」
「相変わらずじゃ! アイツが病気なんかしたことないじゃろ?」
「まーな。一応聞いただけだ。お前、仕事は順調か?」
「順調順調。ワシ可愛いから黙っててもオファーが舞い込んでくるんじゃ」
「へえへえ」
パワ子はこう見えて売れっ子のモデルだ。
俺は良く知らねーけど、有名なファッション雑誌に載ったりしてるらしい。
機嫌よく鼻歌を歌っていたパワ子は、コンビニを見つけて立ち止まった。
「あっ、デンジ! 明日のパン切らしてた! 買って!」
パワ子は俺の腕を引っ張って店に連れ込もうとする。
「え〜、自分で買えよ。パンくれえ。売れっ子なんだろ?」
「可愛い妹に美味しいパンを買い与える機会を作ってやったというのに。ダメな兄じゃのお〜」
「誰が可愛い妹だって?」
二人でじゃれあいながらコンビニに入ろうとした時、パワ子が声を上げた。
「ん?」
「なんだよ」
後ろを振り返るパワ子に、俺もつられて振り返る。
「なんか視線を感じたんじゃが」
「誰もいねーぜ。気のせいじゃね?」
「ま、大方ワシのファンじゃな! 人気者は辛いわい」
それきりパワ子は気にする様子もなく、菓子パンをあさり始めた。
(そういや、今日はアキと会ってねーな。ま、いいか。また明日で)
大量の菓子パンとおやつと傘を買わされ、予定外の出費に頭を抱えた。
その翌日からやたら仕事が忙しくなり残業続きとなった俺は、まるまる一週間アキに会うことはなかった。