鬼ごっこ 市河は今夜も小笠原館に泊まっていた。それ自体は別段珍しくもない。貞宗は秋の夕暮れを早く感じたためか、暮れてもいない空を見上げて今夜も泊まっていかれよと市河に言った。
市河と貞宗は幼少の頃からの付き合いであった。お互いの館へ泊まることも度々あったが、あの頃と違うのは別々の部屋で眠ることだった。この館の主人である貞宗はもちろん主屋で寝るが、市河には客用に用意された部屋がある。いつから部屋が分けられたのかはっきりと覚えていなかったが、貞宗が元服した頃だったように思う。それに不満を覚えた市河が昔のように一緒に寝たいと言っても、貞宗はいつまで稚児のつもりだと言って聞き入れてはくれなかった。
稚気だと恥じるが市河にとって貞宗はいつまでも豊松丸兄様であった。しかし貞宗は市河が元服した途端に「市河殿」と呼んで少し距離を取った。市河はそれを寂しく思ったが、貞宗の考えていることも理解していた。お互いに小笠原家と市河家の惣領となる立場である。市河は自分の役目を忘れたつもりはなかった。
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