「これはサイレスの効果がある、対魔導職用の拘束具です」
そう言うヒューベルトは、明らかに蜜月の恋人同士には不似合いな禍々しい黒の手錠を私に見せると、器用に自ら後ろ手で嵌め、シャツとズボンと靴下という軽装で私の寝台に座った。
ヒューベルトはエーデルガルトの影として培った長年の習性で、私がふいにあらぬところに手を出すとつい暗器を取り出したり、咄嗟に魔法を放ったりしてしまう。
私としてはいつか彼が安心して同衾できるまで待つ所存だったのだが、当のヒューベルトが慣れるまではとの条件付きで自らに拘束具を嵌めることを提案してきたのだった。
「ううむ……しかし……」
「お願いしますフェルディナント殿。せめて私が……ふ、触れ合いに……慣れて、自制できるまでは。どうかこのまま……」
触れ合いの言葉ひとつでもしどろもどろになる初心な人が私の愛に慣れることなどあるのだろうかという疑問は尽きないが、万が一にも私が攻撃を避けられなかった時が恐ろしいと彼が言うのだから、もはや仕方が無かろう。
実際魔導での攻撃は私が避けても部屋を焦がすし、拘束具を用いれば私が一方的に乱暴を強いたように見えるのが不本意だが、暗器での攻撃は避けられるものの、どのみちその危険な手を取り押さえて寝台に押し付けた場合、構図は強姦と大差が無いのだ。
私は溜息を深く吐き、彼の提案に了承した。
「分かったよヒューベルト。ただし、最後まで抱くのは拘束具が解けても平気になってからだ。なぜなら腕が縛られていては、君と抱きしめあえないからね?」
「っ! ……ありがとうございます……」
ボッと耳まで火がついたように赤くなった可愛い人のその耳に、私は身を乗り出して口づけた。
落ち着いて、と囁きながら彼の一番上まで閉じられたボタンを外す。
「……っそうでした。拘束具を、嵌めるのであれば……その前に服を脱ぐべきでしたな、失礼しました。申し訳ありませんが一度離れて頂けますかなフェルディナント殿」
触れ合うまでは乗り気なのに、いざ触れ合い出すと緊張のあまり早口で事情をつけて逃げる理由を述べだすのは毎回のこと。
なので私は気にせず彼の耳をカプリと噛んだ。
「このままで構わないさ。脱がしきらない方が私の理性が働くからね」
「……!」
彼の肩越しに、彼の手首を拘束する周囲にサイレスの効果が光りながら張り巡らされるのが見えた。本来なら魔導が飛び出ていたのを拘束具が封じたということなのだろう。
「落ち着いて。怖いことはしないからね……」
ボタンを全て外し終わり、彼の胸にペタリと手を当てる。またサイレスの効果が光るのが見えたが、やはりこちらに実害は及ばない。
左胸に当てた掌からは彼の鼓動を感じ、体温を感じる。
「おお……」
私は感動していた。
普段ならボタンを外し終えるまでに彼が暗器を振りかざすのを防ぎ、こうして肌に触れようものならすんでで飛び出したスライムBが私に伸し掛かって「申し訳ありませんフェルディナント殿!」の悲鳴を聞きながら
「ばばばびべぶべブーべブボ……(泣かないでくれヒューベルト……)」
と遺言じみた言葉を残しているところである。
窒息と戦い続けた日々を思い、目頭が熱くなった――そう、思えば彼の服の下に触れるのは、これが初めてだった。
手で胸を揉んでも。
「ひっ……!?」
「おおお……」
肩口にキスマークどころか、バイトマークをつけてしまっても。
「っ!」
「おおおお……」
乳首を指で弾いても、すり潰しても、捏ね回しても。
「あっ、あ! や、待って…それ、っひ」
「おおおおお……!」
何も邪魔が入らないどころか……彼の喘ぎ声まで聴こえるのだ!
私は待ちわびた彼の乳首を前に弄り倒しながら男泣きに泣いていた。対面していては弄りにくいとのしかかり、ついに彼を寝台に倒して馬乗りになる。
そして今の構図を俯瞰して見ることになった私は、いざ、というところで固まった。
顔を赤くして涙目で、鬱血痕と歯型まみれになって、シャツが半脱げで、後ろ手に拘束具を嵌め、
「ゃ、待って……待って……」
としきりに静止を懇願している意中の人。
それを鼻息も荒く押し倒す、最後まではしないとか怖いことはしないとか抜かしていた、口だけ紳士の私の構図。
「…………」
私は一旦彼のボタンを下から全て留め直した。
――拘束具は危険だ。