「まったく……我が主も相変わらず無茶がお好きだ。私がこうして……」
「あら、ヒューくん? こんなとこで何してるんですか?」
日曜日、本来なら人気が無いはずの黒鷲の学級で、エーデルガルトから齎された今後敵対するだろう貴族についての指示書を開いていたヒューベルトは、突然現れたドロテアがつかつかとこちらに歩いてくるので目を丸くした。
こんなところで何をしているはこちらの台詞だという言葉を飲み込み、ヒューベルトは何食わぬ顔で指示書を握りつぶし、手のひらに隠す。
「……気にするほどのことはありませんよ。ただの雑務です」
「雑務、ねえ。どうせエーデルちゃん絡みでしょ?」
問いかけるドロテアはいつものしたり顔をしている。
ヒューベルトは居丈高に言った。
「無論です。それが何か?」
「貴方って、本当にエーデルちゃんのことばっかり考えてるのねえ」
彼女は一人で納得して、益々にまにまとした。
彼女は何故か、ヒューベルトがエーデルガルトに付き従い、従者として当然の義務をこなしているのを見ると決まってこういう顔をする。
なにか思い違いをされているのは分かるのだが、それが何かは分からない。紋章や貴族制に囚われない未来を目指すにあたって、紋章がない才覚のある平民という彼女のような人材こそ一番味方にすべきであると考えたヒューベルトは、今日も無理に反論はせず、彼女に言葉を続けさせた。
「私、尊敬してるんですよ。本能に逆らって、何をしてでも大好きなエーデルちゃんに好かれようとしているヒューくんのその姿勢……」
……が、話の流れがあまりにおかしいので、流石に訝しんだ。
「……は?」
「うふふ、隠さなくて大丈夫です。ほかの誰が反対しても、私は二人のこと応援してますからねっ!」
「ドロテア殿……? ああ、そういうことでしたか」
ドロテアの夢見る瞳に見つめられ、ヒューベルトはやっと彼女にどんな思い違いをされているのかに気づいた。
「……私が仕事をしているのは、主に好かれるためではありませんよ。私はエーデルガルト様の従者。主のためを考えて行動しているだけで、好悪になど関心はありません。思い違いをされては困ります」
「……思い違い?」
即座に彼女の妄想を否定すると、ドロテアは今までの勢いが嘘のように肩を落とした。
「じゃあ、運命に従ってエーデルちゃんじゃなくて、フェルくんと結婚するんですか? あんなにエーデルちゃんが好きなのに? あんな……あんな貴族丸出しのαに従って、Ωとしてαの家に入って、貴方、それでいいんです? 私なら無理です。そんなの耐えられません」
「……」
ドロテアが架空の恋物語に熱を上げていた由来を悟り、ヒューベルトは溜息をついた。
「……私達Ωは運命のαに見つかったらそこで自由な恋は終わりでしょう。だから、運命に見つかっても大好きなエーデルちゃんを一番大切にしたまま、フェルくんを嫌ってるヒューくんは……私の、いいえ、Ωの希望なんです」
「お言葉を返すようですが…私はフェルディナント殿を嫌ってはいませんよ」
ドロテアの曇る瞳を気にせず、ヒューベルトは本音を吐き捨てた。
「憎んでいるのです」
_____
Ω→ヒューベルト ドロテア メルセデス
α→フェルディナント エーデルガルト ベレス イエリッツァ
β→カスパル リンハルト
第二性なし→シャミア ペトラ