われてもすゑに 曽祖母の百人一首は取り札が一枚足りない。
家の者には周知の事実であり、一字札であるが故にお手付きを誘うこともなく、九十九人一首と渾名されながら、我が家では長く使われてきた。
いつだったか、行方不明となった一枚の行方を問うてみたこともあったが、曽祖母は、昔々、渡り鳥に差し上げたのよ、と楽しげに笑うだけで、詳細を聞き出すことはついには叶わなかった。
後に買い求めたものに遊び道具の座は譲り渡しながら、九十九人の百人一首はそのまま我が家にあり続け、今もひっそりと戸棚の奥に眠っている。
梅雨明けのある日、不意に始まった虫干しのなか、ふと思い立って戸棚からそれを取り出した。縁側に続く障子を開け放ち、畳の上に札を並べていく。
「おや、百人一首かい」
通りがかった初期刀に、縁側の向こうから目敏く声をかけられる。
「きみがこんなものを持っているとは思わなかったな」
「元は俺のではないよ。それにこれは百人一首ではなく、九十九人一首」
「おや、そうなのかい」
「ああ、取り札が一枚足りないんだ」
「ああ、なるほど」
沓脱石から縁側へと上がった歌仙が跪いた姿勢で室内の札へと手を伸ばす。そうして摘み上げた一枚を矯めつ眇めつ眺め、ふわりと口元を緩めてみせた。
「足りないのは、崇徳院の札かい?」
「崇徳院…?」
きょとりとその単語を繰り返せば、さらりとその歌が諳んじられる。
「ああ! ああ! 確かにそれだ! けど、なんでわかったんだ」
思わず洩れる驚きの声。
「縁というのは不思議なものだねぇ」
手にしていた一枚を畳の上へと戻しながら、歌仙の笑みがゆったりと深くなる。
「それを百人一首に戻せるか、一度当人に訊いておこう」
「へ?」
「おそらくその札を持っている者を知っているよ、僕は」