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    半年分のケツ叩きです。

    海岸で同じ部活のオベロン君に似た成人男性を拾うぐだちゃんのお話。

    #オベぐだ♀

    ヘローサイエンティスト「球が傾くことなんてある?」
     出しっぱなしなビビットカラーの文房具と、扇風機が十何と捲った教科書に、氷の塔の、ころんとした崩落で滲んだワークとその他エキストラ達でひしめく机上にて。一番幅をきかせている図鑑を、男はぱたんと開いた。文字の踊りたくったプリントが二次元の惑星に蹴っ飛ばされ、畳に落ちる。四角い掌が厚紙を掴み、片手で小数点第一位の五までを丁寧に指す。男の瞼は水平に下りた。
     それに強請られるみたく、突っ伏せた半身を捻ると地軸をなぞる。

     私は夏を回顧している。

     硬い樹脂とマシュマロマンみたいな指を伸ばしたり曲げたりしながら、本当かなと首を傾げる。縦と横が一ミリ違ったところで面積は大差ないように、楕円と円の違いも曖昧なように思える。ああ、だけどやっぱり高校時代から大学の板書より天文の図鑑より尊いあの子は賢かった。
     赤旗が旗打ち上げて星条旗がシャッターをきった、九十年代の白黒写真のような寂しい絵は眼前になくって、潮に揉まれた日差しはけたたましいまでの宇宙へ還る。
     白い擦過傷が棚引いて、アクセントに黄緑のガラスを巻いた。入れられているのは同じ百均の網袋でも一際手間がかかっていそうな、そんなビー玉。
     衛生写真は寸分の狂いもなかった。
     わかっていたのに。

     唇をわなわな震わせながら、こんなことならダメだと分かっていてもシルバーのリングをもってくるんだった、と後悔した。


    ***

     簡易望遠鏡片手に、所々ペンキが剥げて赤錆が覗くベランダの手すりに乗り出していたら、物体Xが海に右肩下がりの光線を描いていったので、私はどんな子供より無邪気に自転車で坂を駆けた。
     額から熱帯夜を被る。カラカラ、と暴風に煽られた風車のように空回る愛車は中古の品で、そういえば君も今年で四、五歳になるのかと金属とアルミとコンクリートの大合唱を耳に思う。日に焼けた骨組みを靴底で撫で、通帳の数字に思いを馳せた──緩い勾配の住宅街越しに真っ黒な曲面が蠢いていた、目が無意識のうちに宙を泳いでいたらしい。
     うーん──
     車用の貯蓄をあてるべきかどうかはさておき、高校を卒業するまでに今の足を捨てなければならない。

    「よ、っと」
     ブレーキをかけ、右側のペダルに足を揃えると、頃合いを見計らって自転車を降りた。風が運ぶのか波に巻き込まれてか、堤防の脇は、浜辺をルーツにもつ砂が我が物顔で寝そべっており滑りやすいのだった。クロックスのパチモンもその例外でなくって。立香がこいつ滑ったなと思うと、すかさずきゅっと、小動物みたいに鳴く。それで誤魔化したつもりになっているんだろう。騙されてあげないけど。
     自転車を道路と平行に持ってきた。
     後輪を上げる。車輪止めを蹴る。鍵をかけた、名前も知らないキャラクターが宙でジャンプし始める。
     夜の海は凪いでいた。いや、この場合、凪ぐという表現はおかしい。これは潮風だ。中学何年生だったかに理科の教科書が、夏は海の方が冷たいから風が吹くとしたら海の方向からになると、頑張って説明していた。
     夏の風物詩だとかで何かと引っ張りだこになる海に夏季休暇と呼ばれるものはないらしい。
     私は首で前髪の位置を調節しつつ、ポケットに鍵をしまう。スウェット生地に滑り込ませた指に、ほれぼれするくらい冷たい物体が当たる。これは自転車を一日駅に止めておく関係上、追加した防犯用の鍵なのだが横着をして、赤いチューブを自転車の首にかけっぱなしにしている。この辺りはすっかり田舎なので、持ったか?と口酸っぱくと言われてきた危機感も、のほほんとしてしまう。スローライフってこういうことかもしれない。
     手すり代わりの堤防をご機嫌に叩く。
     最初のうちは子気味良く下った階段を、中腹からは慎重に踏み締めた。湿気た藻をなめてはいけない。
     浜に降りる。
     今日の浜辺は固かった。

     物体Xとは正しく宇宙船そのものだったのだろう。浜辺には落下の衝撃で散乱した金属片やネジ、導線と割れた液晶にそれから、うつ伏せに倒れた成人男性の姿があった。
     まさか、死んでいるんじゃ?──好奇心が一秒でも早く男の安否を確認しなければという使命感に変化した瞬間である。
     男に駆け寄る。気を調べるためにも上半身を無理やりひっくり返し、そして、私はどきりとした。それは同じ天文学部に所属するオベロン・ヴォーティガーンその人にそっくりだったのだ。閉じていてもわかる大ぶりの瞳に、白い瞼を持ち上げるかのごとく強めのカールがかかったまつ毛は特徴的である。とはいえ彼とは違って、随分と草臥れた顔をしている。否、大人びたと言った方が正しいのか。女子高生という看板を背負って一年の私には判別がつかない。親しい間柄だから見間違える筈がないし、同級生が空から落ちてくるだなんておかしな話があってはたまったもんじゃないが、私にはどういう訳かこの男がオベロン本人であるような気がしてならない。そう、ちょうど──彼が四、五歳ほど年をとった姿が、これであるような。
    「……ぅ、ん」
     オベロン(仮)が漏らした声に立香ははとする。そうだった、此処は不時着現場でこの急成長した友人は高所より砂浜に落ちたのだった。生きているなら一安心だが、骨の一つや二つ折れていたって不思議でない。メガホンの容量で口に手を当てる。すみませーん、痛いところがあったら教えてくださーい!と声かけしつつ、肩を揺ってみる。かえってくるのはせいぜいううんだとか、い……だとかのうめき声だったのだけど、暫くして、ゆうるりと開けた瞼の間からやはり馴染みのある青が覗くと事態は進展した。それはじっと此方を見つめ、息を吐くように何かを呟く。聞き逃してしまったことに若干の申し訳なさを覚えつつ、ごめんなさいもう一度言ってと耳を澄ました──ところで、である。
     腹に、硬いものを押し付けられていると気づいた。
     なんで、と思うまでもなく、私は受動的に目線を下げる。見ると、へそのあたりに銃口を突きつけられていたので、
    「──へ」
     非常に情けない声が出た。一般人には拳銃というものがあまりに馴染みなく、更に唐突だったことが幸いし、悲鳴をあげるまでには至らなかった。男はお得意の王子様スマイル──恐らくだが、仮にもあのオベロンのそっくりさんなのだ。オベロンがまれに演劇部のヘルプに駆り出される程演技に定評がある男なのに対して、男も嘘が十八番であるし王子様スマイルもそうに違いないのだと、立香は本気で思った。その間僅か数秒である──を浮かべ、立香に言う。
    「いいか、警察も救急もいらない。その携帯で連絡の一つでもとってみろ、打つぞ。だから、このまま──そうだな、きみの家にでも連れていってもらおうか。君、一人暮らしだし」
    「ひ、ひぇ……」
     まごうことない、脅しである。
     連れていけと言われているのに思わず両手をあげた私の腹を男がぐりぐりといたぶる。痛い。でも涙目なのは決して痛さのせいじゃなかった。


    ***

     背中へ銃を突き付けられたまま浜辺に備え付けられた階段をのぼり、堤防の一部である鼠色のドアを越えると背面から火口の感触が消えた。ついで、待ってましたと言わんばかりに私を大股で追い越したオベロン(?)は、西部劇のガンマンのように指で拳銃をなげ、スムーズに自転車の人質に乗り換える。それは鍵を開けない限りただの鉄の塊だが、本物のオベロン──なんの因果だろう──が怖いもの知らず呼ばわりした女も命は惜しくって。だから私は愛車のエンジン音(人力だけど)をBGM代わりに、顎で指図されるがまま坂を先導した。
     へばった私はアパートの二階に行く途中で何度も躓いた。上り坂に差し掛かったとたん重荷に化ける、それを男に任せている分、らくな帰りな筈がこれなので。もしかすると人の肩には本当に沈黙が乗るのかもしれないと思った。チューブの錠前を含め、全ての自転車の鍵をオベロンに託してきたため、足を上げるたびズボンの内側で鍵がかち合うこともない。手触りが頼りない手前、これが二〇二号室の鍵なんだと言い切ることもできず、ちょっとはしたないなと急いでポケットを裏返しにする必要はなく、だけど今晩の私は標準を鍵穴に合わせるのに難儀した。我が家を目と鼻の先にして、てんやわんやする私というのは、一種の様式美としてこの借屋に定着しているのかもしれない。呪いみたいだ。半回転した鍵は念願の物だが力任せに引っこ抜いてしまうと全体重をノブにかける。癖で煎餅布団より座り心地が悪い玄関マットに飛び込むと、客人の存在を思い出し床に寝そべるのはやめておいた。ぺたぺたと洗面所まで駆け、つい天日干しを後回しにしていた靴下を履き、次はぱたぱたと台所──廊下と兼用だ──を目指す。燻んだ銀色の蓋に手を伸ばし、挿しっぱなしのお玉で油の塊を掬う。ウコンの香りがべちゃりと音を立てて、鼻腔をくすぐった。小鍋の中にはカレーが詰まっている。コンロの火を付けた。つけて、あ、と声を上げると緩慢な動作で腰を正し、まずカレーを温めてまずいことはないからと全部自己解決した。そう。彼が夕飯?ならもう食べたよだとか、母星の完全栄養食に勝るものはないと藤丸家の夕食を断った場合、成人男性用の皿に口をつけるのが想定から大きくずれて私になるだけだ。
    「……気持ち私より多めくらいに盛って、足りないようならおかわりしてもらうかな」
     スムーズにお玉が回るようになったところで火加減を弱めると、テンポ良く膝をたたみ、ゴム製の冊子をくぐる。今、コンロに熱されている小鍋と同じデザインのそれに、楕円に延びた自分が映っている。種類を必要最低限に済ませ、二枚ずつしか買っていない皿と小鍋とフライパン二個は並列している。蛍光灯を反射するまで丼皿を引っ張ると両腕で持ち上げた、重い。こういう時にカレー皿が欲しくなる。ぐつぐつと鍋に急かされるのが煩わしくなって、聞き流すみたいにコンロのつまみを捻り、私よりちょっと私よりちょっと、と唱えながらご飯をよそう。その一方で、ソファーをベットに改造する案を、前頭葉から捻り出そうとする。
     家まで案内しろという台詞を私はタダの下宿先が欲しいというふうに解釈した。だってUFOが木っ端微塵になった以上、母星に帰れないオベロン(?)は、地球じゃ住所不定の銃刀法違反者だし。宇宙人は母星に代わる安全基地を求めて地球を侵略しにくるものだと相場が決まっているのだ。
     早い段階でキッチンの隅が定位置になったマグカップを濯ぐ。普段一品物に使わない、チェック柄のトレーをカレーと共に埋めると、差し足抜き足でテーブルに運ぶ。マグカップはかさばるのが欠点である。
     水は後で出すつもりだ。
     えっちらおっちら箪笥まで立膝で行き、タオルの地層を掘る。布団がわりにバスタオルを使うためである。残念ながらソファの改造案は凡庸に落ち着いたのだった。枕は流されやすい性格をしているクッションだ、彼の首が強靭だといいが。と、つらつらと考えていた私は、老朽化が著しい故にドアが、絹を裂くような悲鳴を上げたと同時に、下段の引き出しを弄るのをぴたっと止める。月明かりがべったり、廊下に伸びていた。それを辿ると、やがて焦げついた髪を見ることになる。これもてらてらと銀色に光っており、そんなボブ越しに田舎特有の暗澹を認めた私は、やけに生々しい若い星を躍起になって追いかけた。常日頃思っていたことだがオベロンの水色の目は正に空色と形容するに相応しい。そして、浜辺で出会った宇宙人は、やっぱりオベロンによく似ている。
    「いらっしゃい」

     だから私は夕食のいるいらないを酷くスムーズに尋ねることができた。


    ***

    「からい」

    「人んちのカレーに真正面からケチつけることある?」
      私はつい売り言葉を言い値で買ってしまったし、続いてほぼ無味なほくほくのじゃがいもを舌に乗せてしまう。金属製のゴミ溜めになった、浜を後にしてから無言を貫いてきた男が、緊張の糸を解すようにして、膝を崩しながら言い放った言葉が、まさかクレームだなんて誰が思っただろうか。彼の母星ではオブラートに包むって概念がないらしい……、その様子じゃ金柑飴も舐めたことなさそうだ。そう、もごもごと、このお子ちゃま舌めと口を動かしていた私は、銃火器がL字のテトリスかのようにテーブルの隅にはまっているのを見て、正気に戻った。金属の風味のみが残るスプーンを舐り、概ねどんぶりと平行になった、眼球を上の方へやる。オベロン(?)は神妙な面持ちで──多分、辛口のルーに圧巻されている。本当に子供舌なのだ──水を飲んでいる。瞬きのシャッターを切る、私は咥えたスプーンをうっかり落としそうになった。物珍しいものを見たというか、単行本で追っていた漫画の最新話を月刊誌で確認したような気分にだったというか。なんというか、そんな感じだった。何故ならオベロンという男、ご近所さんでいわゆる幼馴染であるアルトリア──キャスター・アルトリア──と、彼女とは入学式以来の仲で、すっかりボロも出切ってしまった私の前だと、盛大に顔を顰めたり、犬歯を剥き出しにして笑ったりと表情豊かであるが、そもそも論、オベロンの猫被りは彼のエベレストより高いプライドから成せるもので。故に前提として先述のそれがあったとして、完璧な私達のオベロンは弱点を自分から晒すような真似をしない。私はアルトリアの昔話伝いで、彼の嫌いな物だとか、苦手なことだとかを知るのだ。それと同じ顔が、ひりひりさせている舌をべーっと突き出しているのだから、ネタバレを喰らったのと同等のショックを受けた。
     水の飲み過ぎでグロッキーになったのか、オベロン(?)の瞳孔が頂点から溢れる。目尻にはまったそれとある程度余白が取れているであろう私の目がかち合い、オベロン(?)はバツの悪そうな顔をした。への字に曲がった唇をふいと他所にやる。
    「しょうがないだろ。中辛だってまともに食べたことないし、辛口のカレーって痛いばっかりだ。口が酸っぱくなる焦げと大差ない」
     余計な一言を付け足し、彼は三口分のカレーを掻き込んだ。喉仏を大きく動かすと、頭から被るみたいに水を飲んだ。まったく懲りない。
     天井を仰いだカップの底に向かって、私はぷふっと頬を膨らませた。
    「オベ、じゃなかった。君ってその顔に似合わず正直者だね、おまけに言い訳がましい!」
    「誰が嘘つきの顔をしてるって?」
     妙に間伸びしている。それでいて抑揚のない声だった。男は銃の持ち手に指を挿すと机上でくるくると回す。暇つぶしにはペン回しがもってこいな人物だなと思う。
    「私の友達。あどけなさが残っている分、君とはまるで歳の離れた兄弟みたいなの」
    「……生き別れの弟に免じて言うけど、それ暴言だから本人には控えておいておくれよ。たぶん俺に似て繊細だろうからさー」
     オベロン(?)は口をさする。中指と薬指の間から苦笑が覗く。彼の皿は空っぽで、中身を勢いで流し込んだらしかった。それもあって、笑みを歪めた真意は定かでない。
     まるで夕立のように会話が止んだ。
     陶器の擦れる音が断続的な大気の揺れで押し返す。
     今日は、花火大会なのだ。
     出店のバイトとは鴨がネギしょってくるの典型例であり、出稼ぎのためだから、無駄な交通費を使っちゃったと険しい表情を浮かべる訳もなく、南国オレンジふうの発色をした店内で合法的に祭りに参加できる。だが──
     蓋つきの箱を見る。正確にはゴミ袋の中でくの字に曲がっているだろうビラを。そう、今回はモチベーションが上がらなくって、ありがたい求人をふいにしていた。電話をかけてみようという気さえ起きなかったりした。足をぷーらんぷーらんさせる。だって、ごわごわしている砂付きのタオルで顔を拭う傍ら、例えば綿あめや焼きイカ、かき氷、牛櫛とそうそうたるメンツを抱えた友達を発見するとしようじゃないか。考えてもみてほしい。輪からの疎外感って意外とクるのだ、その原因が金銭なら尚更だ。すると、苦学生な自分はみじめになるし、魔が差して友達を僻むこともあり得るから、動かなかった食指はこのうえなく正しいのである。
     私がセンチメンタルな気持ちになっている間にも皿は鳴る。油汚れのついた食器を重ねないでほしいというのが本音だが、日常生活における動作に意見できるほどの関係でもないかと口ごもる。透明な糸に引っ張られるように居住まいを正す。黙々とスプーンを口に運ぼうとした手前、オベロン(?)が徐に声を発した。
    「ヴォーティガン」
     彼が引いた椅子はこちらを向いていたが、彼自身は背を向けている。
    「ゔぉー、てぃがん?」
     大袈裟に動かしたた口がアホっぽい。
     なんだろう急に、宇宙との交信信号か? 私が首を傾げていることはどう考えても彼の存ぜぬところだったが、オベロン(?)は私が早急に求めていた説明を続けた。
    「そうともヴォーティガン、俺の名前だね。はじめまして藤丸さん、ヴォーティガンです」
     丼皿の土台にカップの芯、それからスプーンでかちゃかちゃ、男──ヴォーティガンはシンクの中で工作をした。洗剤を左手に構え、スポンジをつまもうとする。打撃音が弾けた。曲線のきょの字もない彼の肩がとびあがった。机も叩けば響くんだなと、どこか他人事のように思う反面、私の口は波打っている。
     ぐちぐち言わず水仕事をする。ああ、なんて理想的な男性像だろうか。ただ一つ、フェアの精神に則れば、此方には自転車を押してもらった借りがあるという点を除いて。──早い話、私は待ったをかけるつもりで身を乗り出した。そこで、二の足を踏んでいる。
     私のUSBは絶賛パフォーマンスの低下を起こしている最中なのだ。オベロンとは最初のオと最後のンぐらいしか相似点がない、宇宙人の名前にまず雷に打たれたような衝撃があり、次に赤の他人にオベロンの着ぐるみを着せていたことが明らかになった、そのためである。軽口を叩いた時、失礼をぐっとたえてくれたのかもしれない。初対面特有の変な間はあって、稀に座りが悪いと感じる場面もある。態度を改めるべき?敬語は使った方が……ああ、むつかしいことが頭をぐるぐると。。本物のパソコンだったら今頃フォンと泣き言をあげているに違いない。思春期の子供は称号に弱い
    「藤丸さんじゃない、立香」
     でもって、考えあぐねた時に限って、明後日の方向へ結果を導くのは何故なのか。
     口走ってしまったものを取り繕うように「友達と同じ顔で苗字呼びされるの、落ち着かないです」と付け加え、勢いづいて、皿も私が洗いますからと、事のあらましを全て言いきることができた。ヴォーティガンは
    「変な敬語。使い慣れてないんだね」
     と言って、あくびを噛む。この期に及んでそっくりさんをオリジナルと重ねるようだが、これはオベロン語録でいう敬語をとってという意味なので私は次の瞬間うん、と思いっきりタメ口をきいた。
     思うに、ヴォーティガンの母星には全人類のそっくりさんがいて、そこでも天文部第六十五期生は友達なのだ。馴染みの顔に改まった態度をとられて落ち着かないのは、彼も同じだったんだろう。

     巨大タッパーに帰宅時の状態に戻ったカレーを移す。三日分の換算が狂い、二人前が用意できるギリギリしか残らなかった。想定していた、二日目の夜の分しかないかさを計る、君には役不足だったかねとコンパスと同じ用量で使った指を閉じる。けたたましい水道水を鍋へ溜めはじめ、痛快な音をたてながら、私は方々の留め具をはめていく。それを外は抽選の、中は半額のシールで鮮やかな冷蔵庫にしまいこんで、素早く蛇口をはねる。指の食い込んだスポンジにて油汚れを往復したところで、長いため息をつく。ふーっとした脱力感は末端神経を伝い、私は無意識の領域で鍋底と洗い場を衝突させていた。それが耳小骨にのった刹那、妙にお行儀よくしている男のことを私は思った。奇妙な晩餐が終わってからというもの、ヴォーティガンは我が物顔でソファでくつろいでいたのだが……そういうコーナーなのかと突っ込みを入れた上で詰んだ図鑑を、ペラペラ捲っている気配もない。もしかして寝たのか? リビングを一瞥する。私はニヒルな笑みを浮かべていた。まさかと思ったのだ。
    「うそ」
     一度は横目で見やった光景を真正面から見直した。振り切ったスポンジは萎んでおり、そこには少女のように細やかな寝息を立てる彼の姿があった。なんとそのまさかで、寝息が少女なら寝顔も少女だった。一般的な成人男性の頬がまるで大福のようにふくふくしている。もっとも、大福とヴォーティガンの頬骨のラインが露わになったほっぺとでは白い以外に共通点がないので、十中八九相乗効果というやつなのだろう。そして、残りの一割は彼の常軌を逸した気の緩しようが担っている。
     瞳孔の形を整えたそばから眉毛が八の字に曲がった。
     この人本当にここに住むつもりなのかな。
     世界中のお古を集めて出来た部屋、節約に節約を重ねてもカツカツの生活──宇宙人は、地球植民地化計画の拠点を御所望だと推察こそすれ、いざそうですと肯定された暁には、尻込みする自信がある。だが彼が知り合いに似ているため、なまじ警察につきだせる程非情にはなれず、彼を拾った責任は私にもあるしとペットと同じ理論で自分を納得させた。宇宙人も、拾ったら最後まで面倒を見なければ。
     そもそもの話、私は、港町のアパートで謎の銃声・女子高校生死亡的な見出しで、全国ニュースに載りたくはないのだ。
    「シフト増やせるかなぁ」
     私はこれ幸いと遠慮なく嘆く。高校生、しかも一年ということもあって、暇ならいくらでもある。しかし、女子高校生の空き時間がまるまる労働に注ぎ込めるかというと、それとこれとはまた別の話なのだ。
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