「…ん」
暖かな陽気の中、燐音は頬にあたる不思議な感覚に目を覚ました。確か、弟とクッキーをつまんでそのまま昼寝していたはずである。弟と添い寝するように、少しだけ窓を開けて。ラグの上に寝転がったのは覚えているが、このふわふわとした感触には覚えがない。それに、
「獣くさい……、」
ぱちりと目を開けて、燐音はその視界に瞬きを繰り返した。毛である。ふわふわの、毛。これはまごうことなく、猫だ。猫が部屋にいる。燐音はそっと身を起こした。一彩と燐音の間を陣取るようにして体を押し込んでいる猫は小さかった。子猫のようだ。起こさないように気を付けながら、開け放った窓を見る。おそらく、ここから入ってきたのだろう。窓からあたりを見渡すが、親猫らしき姿も、兄弟がいる様子もない。はぐれてしまったのだろうか。再び子猫へと視線を戻すと、ぱちりと開いたその目と視線が合った。
「おはようさん、お前はどこからきたんだァ?」
燐音の声に、にゃあと返事をした子猫はひとつあくびをすると、また弟の顔面にその毛をくっつけた。暖を取っているつもりなのだろうか。一彩はまだ夢の中で、起きる様子もない。燐音は二度寝しようとした子猫を抱きかかえて、顎をかくように撫でた。
「んー? 母親は心配してんじゃねぇのかよ」
窓を大きく開けて、燐音はもう一度親猫がいないか見渡した。入ってくる風に、子猫が寒そうににゃあと鳴くが、どこからも子猫の声に反応する様子はない。子猫自身も親や兄弟を探すようなそぶりは見せず、困ったものだと燐音はため息をついた。
「…ん」
入ってきた風が冷たかったのだろう、我関せずと寝ていた一彩がみじろぎをした。眉にしわを寄せながら、ゆっくりとまぶたが開く。燐音は寝起きの弟に声をかけた。
「ようねぼすけ、こどもができたぞ」
「…は?」
「は? だってよ、失礼なパパだな」
「いや、僕らは男同士……、子猫?」
燐音が抱き上げている小さな塊を見て、一彩はぱちぱちと目をしばたたかせた。立ち上がり、燐音の隣へと立つ。小さな子猫は怖気づくことなく、一彩に向ってにゃあと鳴いて見せた。
「親猫はいないのかい」
「探してんだけどいねぇ」
「困ったね、迷い猫か。開けた窓から入り込んだのかな」
そういいながら一彩は子猫に手を伸ばした。頭を指先でなでる。ごろごろと気持ち疎さそうに目を細めた子猫は、そのまま燐音の腕へぽすりと頭を預けた。
「あ、おい、寝るなよ、お前の話なんだぞ」
「あはは、図太い子猫だね」
「お前に似たな」
「えぇ、そうかな」
「そうだよ、お兄ちゃんをここまで翻弄するのはお前くらいだ」
「そんなつもりはないんだけど」
開けた窓を閉めながら、一彩はとりあえず、とスマートフォンを取り出した。
「保護猫として保健所か警察かな。それから動物病院に行こう」
「やけに慣れてんな」
「以前、藍良が捨て猫を見つけてね。巽先輩やマヨイ先輩とお世話をしたことがあるよ」
「へぇ」
タオルと手ごろな箱を探すから座ってて、と言ってリビングをでた一彩を見ながら、燐音は寝こけている子猫へそっと話しかけた。
「お前の選んだパパは優秀だぞ。お前は賢いな」
その言葉に薄目を開けた子猫は、答えるようににゃあと鳴いた。