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    つーり

    スローガン"杉ㇼパウオラㇺコテして"
    原稿の進捗ポイ置き場のつもりで使ってますがそのうち色々置き場になるかもしれない。

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    「あなたと歩いた二十四節気」より
    清明の章「思し召し距離」を再録

    世の二十四節気も清明を迎えた頃なので、せっかくと思いこちらの章だけ再録しておきます。春に中てられる二人のお話。三年後杉ㇼパさんです。

    #杉リパ
    Sugimoto/Asirpa

    思し召し距離 踏んだ地面の感触が柔らかい。根雪が解け、固く凍っていた地面がふんわりと緩み、やがて新芽が若草色の毛布を敷き詰める。惨淡としていた山がところどころ色づき、朗らかな空気が匂い立つ。
     アシㇼパは杉元と共に、春の山を歩いていた。北の大地にもようやく春と呼べる風景が広がっていた。
     淡い水色の空が広がる。穏やかな天気はここ数日続いていた。時折吹く風は涼しいものの、降り注ぐ日差しは地上の万物に行き届くように、明るくて強かだ。空を見上げては深呼吸をし、萌え出る若芽を見ては目を細める。何度噛み締めても足りないくらい、冬を超えた喜びは新鮮に湧き上がる。くすんでいた山が少しずつ鮮やかになっていく様は、飽かず眺めていられた。
     衣替え真っ只中の山を歩いていると、アシㇼパはふいに足を止めた。振り返り、後ろを歩く杉元に向かって、上を指差す。

    「杉元、見ろ。カリンパニだ」

     カリンパニ──アシㇼパがそう呼んだ先には、大きなエゾヤマザクラがあった。

    「桜か。三分咲きくらいだね」
    「十日もすればこの辺は満開になるな」

     蕾の状態が目立つものの、いくつかは花が開いていた。桃色をうっすらと滲ませたような白い花が、空に向かって顔を出している。春の代名詞とも言える木は、着々と開花の準備をしていた。

    「桜が咲くと蜜を食べに鳥が集まるから、一気に騒がしくなる。メジロやシジュウカラ、あとはヒヨドリとか」

     花がまだ咲き揃っていない枝に次々と現れ、すぐさまどこかへ去る様子は、まるで偵察に来ているようにも見える。一部の輩は、花びらが開ききっているものをめざとく見つけて、ちゃっかりとくちばしを突っ込んでいる。
     桜が咲き始めた頃に、鳥や虫がこぞって蜜を吸いに集まり、花が全て落ちて葉桜となったら、エゾリスなどが新芽を食べにやって来る。生き物たちが花の蜜や芽をせっせと食料にしている間、アイヌでは樹皮を剥いで狩りの道具にする。
     生命を育み、繋ぎ、その原点となる木。桜の開花は、躍動の始まり。鈍重な冬の幕切れと、勢いづく春の幕開け。めまぐるしい季節に向け、山一体が大きく呼吸しているかのようだった。

    「あれ、あの鳥って……」

     桜を見上げたまま、杉元がぽつりと呟く。アシㇼパも見上げると、白くて丸い小さな鳥がいた。ジュリ、と鳴いては辺りを忙しなく見渡し、枝から枝へと移り飛んでいる。

    「ああ、ウパㇱチㇼ。シマエナガだ」

     雪玉のように白くて丸い図体だが、素早さはスズメ以上で、少しでも目を離すとあっという間に見失う。姿を眩ましたかと思えば、またどこかからやって来て、今度は二羽に増えている。鳴きながら枝を飛び移り、その弾みで蕾がついた枝が揺れる。

    「追いかけっこしてるね」
    「求愛だな。シマエナガは今が繁殖期だから、つがいを見つけるのに一生懸命なんだ」

     つがい探しに精を出す鳥は、シマエナガだけではない。山のそこかしこから、鳥達のそわそわと落ち着かない雰囲気が漂う。歌ったり、踊ったり、給餌をしたり、追いかけたりと、真剣に恋に取り組む姿は多種多様だ。
     空の向こうでは、斜め一列に隊をなして飛ぶ渡り鳥の姿が見える。晴れた空を横切り、甲高い声をあげながら山の向こうへ去っていく。その様子を見て、アシㇼパは小さくこぼす。

    「冬鳥も北へ帰る季節だな」

     彼らにも帰る国がある。帰った先で繁殖期を迎え、つがいを見つけて子孫を残す。渡り鳥にとって季節の節目は移動の合図でもあり、生活様式の変わり目でもある。春になれば、どこもかしこも鳥の姿で溢れかえる。
     見上げる先にあるものを眺めていたアシㇼパだが、相棒がしばらく黙りこくっていることに気づいて、振り返る。すると、すかさず目が合うものだから、アシㇼパはきょとんと首を傾げる。

    「杉元、どうかしたか?」
    「ああ、いや……もっと近くで見たくて」

     その言い分にどことなく引っかかりを覚えつつも、アシㇼパは桜の木から数歩距離を取った。それほど狭い場所ではないが、とりあえず言われた通り、花見の特等席は相棒に譲ることにする。

    「ほら、近くに行って見るといい」
    「分かった、それじゃあ……」

     そう言うなり、杉元は一歩足を踏み出す。二歩、三歩。そうして四歩目をアシㇼパの隣に置くと、杉元はぴたりと立ち止まった。
     並んだ肩が触れる。手の甲が触れる。指の先が触れる。アシㇼパは思わず隣を見るが、当人は満足そうに桜を見上げている。
     もっと近くで──それが何の近くを意味しているのか、アシㇼパはようやく気づく。
     桜ではなかった。ましてや鳥でもなかった。彼は最初から、こちらを見ていたのだ。
     わずかに触れていた杉元の指先が、控えめにアシㇼパの方へ寄る。アシㇼパも桜を見上げたまま、おそるおそる指を動かして、杉元の手に触れる。握るとも、絡ませるともいえない、曖昧に触れ合わせただけの手。それだけなのに、胸の内を明かされたような気がした。そして自分も応えるように、今の気持ちを相手に見せた。指先がかっかと火照り、軽く痺れてきたが、男の指はそれ以上に熱を帯びていた。
     互いに引っ込もうとしない手は、じりじりと相手の域へ侵入する。少しずつ指が絡む。手のひらに触れる。顔に熱が集まり、心臓が高鳴る。
     とうに花見どころではないのに、アシㇼパは頑なに前を見続けていた。実際のところ、花なんて見えていなかった。五感の全てが指の先へ向かっているかのようだった。
     いよいよ手を握られる、その時だった。目の前の木の枝が大きくしなった。その衝撃で、いくつかの桜が花ごとぽとりと落ちる。次いで慌ただしい羽音と、喧しく叫ぶような鳥の声が響く。何事かと思い頭上を見れば、木の枝に引っかかったハヤブサが、大慌てで翼をはためかせている。もつれた枝から力づくで抜け出すと、体を翻してどこかへ飛び去っていった。
     よく見ると、ハヤブサが突っ込んだ枝の先に、小さなヒヨドリがいた。枝が密集している場所で体を縮こませ、ハヤブサが飛び去った方角を警戒するように見つめている。どうやら襲われて逃げ回るうちに、相手が侵入できない場所を見つけて、決死の思いで飛び込んだようだ。
     一瞬の出来事を、アシㇼパと杉元は呆気に取られて見つめていた。そして二人はしばし顔を見合わせると、互いにすっかり離れてしまった手を見て、どちらからともなく相好を崩した。

    「春だね、アシㇼパさん」

     目尻を溶かすように笑う男につられて、アシㇼパも笑みを浮かべる。やり直せるような雰囲気ではなくなったが、それでもよかった。あの時、あの一瞬、自分たちは確かに変化を望んだのだ。
     芽吹いてしまえば、あとはもう咲くばかりである。

    ****

     桜が満開を迎える。山の至る所で、桜が見事に咲き誇っている。
     雲のようにふんわりした枝から、濡らす術を持たない雨がひらひらと降る。舞い落ちた花びらの一つが、鼻の先をくすぐるように掠めていく。アシㇼパは顔を上げる。木の下にいても、不思議と明るかった。麗らかな日差しは、花が作る影をも薄くしていた。
     ここからやや離れた所で、ミズバショウが咲いている。水辺や湿原、沼地のような場所を好み、春になると地面から顔を出す。花柄を取り囲むように巻かれた純白の葉は、水辺ではよく目立つ。
     水辺に落ちた桜の花びらが、帯状に並んで浮かんでいる。その周りを囲むように、ミズバショウが群生している。気を抜くと目を奪われて、足はしんと立ち止まっている。ぽかんと見入るほど美しいものが、そこらじゅうに満ちているから、どうも春になるとぼんやりしてしまう。
     アシㇼパはしばらくその風景を眺めた後、今立っている場所から数歩下がって距離をとった。

    「杉元、もっと近くで見るか?」

     そう声をかけると、杉元は頷いてその場から動き出す。アシㇼパは再び前を向く。隣に並び立った男は、迷いなくアシㇼパの手を取る。アシㇼパもすぐさま握り返す。
     視線を交わし、共に微笑み、それから揃って前を見る。以前よりも深く、誰よりも近いところで、二人は春の中に佇んでいる。

    清明……桜、鳥の恋、ミズバショウ
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