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    つーり

    スローガン"杉ㇼパウオラㇺコテして"
    原稿の進捗ポイ置き場のつもりで使ってますがそのうち色々置き場になるかもしれない。

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    杉ㇼパSS「しあわせな食卓」
    食べスギㇼパにて、ネップリ登録していたSSをweb再録します。幸せになれそうな場所をテーマに書いた小話です。ネップリしてくださった方、ありがとうございました!

    #杉リパ
    Sugimoto/Asirpa

    しあわせな食卓「……ヒンナ」

     今しがた、ヒンナという言葉の意味を知った男の口から、その単語がなぞられる。アシㇼパがそっと様子を窺うと、男の顔は思いのほか満足そうな表情を浮かべていた。
     夜露に濡れた花が、眩しい朝日を浴びて、硬いつぼみをふわりと開かせた。まるでそんな瞬間を目撃したかのような気分になり、アシㇼパはつい見入る。出会ってからずっと男がまとっていた剣呑な雰囲気は、今やすっかり角が取れ、面影すら見当たらない。アシㇼパが作った鍋料理を堪能し、心底嬉しそうに眉を下げ、本当の笑顔を見せる。そうして垣間見えた彼の素顔は、存外に優しい色が滲んでいた。
     ぼうっと視線を送っていると、それに気づいた杉元が不思議そうにこちらを見る。アシㇼパは咄嗟に顔を下げ、素知らぬ顔で食事を再開する。やがて、向こうも特に気にとめる素ぶりもなく、椀の中の汁物を干した。鍋からおかわりを頂く男の手は、いそいそと軽やかに動いている。
     いつもの料理、食べ慣れている味、何てことない食卓。そこへほんの少し、香辛料のようなものが加わり、体が内側から熱を持つ。ぴりりと弾けるような感覚が、アシㇼパの中で次々と起こっていく。
     身内と囲む食卓とは違う。まだ互いの腹を探り合うような、ぎこちない雰囲気はある。それでも確かに、アシㇼパはこのひと時を良いものだと思った。明日も明後日も、生きるための糧を用意し、自分たちの手でこしらえ、一緒に温かな鍋を囲む。それを、出会って間もないこの男と共にするのだと思うと、少しのおかしさと不思議な愛しさが湧く。
     慌ただしい出会いから始まった妙な旅。それぞれの目的を果たすために、進む道を同じにした。アシㇼパが知恵を貸し、杉元が障壁を壊し、行く先を切り開いていく。そうして幕を開けた日々だが、意外にもこうした気の緩んだ場面で、隣り合うことの心地よさを知る。
     椀の中の汁を啜り、丸めた肉のつみれを頬張る。コリコリとした食感を味わいながら、アシㇼパはヒンナと呟いた。それから少し間を置いて、もう一度ヒンナと声に出す。限りなく小さな声で放った言葉は、鍋から立ち上る湯気に溶け込んでいった。
     食事への感謝と、このひと時への感謝。アシㇼパにとって大事なものが、美味しい香りと共に小さなクチャの中で満ちている。

    ****

     一人きりでもご飯は食べられる。食べていける。
     父を失い、兄弟同然に育ったレタラも去ったが、それでもアシㇼパは山へ足を運ぶことをやめなかった。斜面を登り、動物の痕跡を見つけては観察し、そうして仕掛けておいた罠を巡る。休むことなく歩き続け、ようやく持ち帰れそうな手土産にほっと胸を撫で下ろすものの、帰路の途中で悪天候に遭うなど、よくあることだった。
     近くの仮小屋へ避難し、外の様子をじっと覗う。数歩先の視界すらも奪う吹雪は、少しの加減も許さないとばかりに、轟音と共に猛威を振るう。そのうちアシㇼパは諦め、罠で獲れた獲物を捌き始める。こうして帰宅が困難だと悟れば、早々に食事の支度をする。一人きりの食事なんて、慣れっこだった。
     罠にかかっていたのはうさぎだった。肉と皮を綺麗に分け、この場で食べる分は全て鍋に入れる。干しておいた山菜やきのこ類も一緒に煮込み、その間アシㇼパは外を眺める。いつの間にか風は弱まっていたものの、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
     腹の虫の鳴き声に急かされ、アシㇼパは慌てて食事にありつく。ヒンナ、と感謝の言葉も忘れずに述べ、今日の成果をさっそく頂く。
     黙々と食べているうちに、アシㇼパの祖母──フチの姿が頭の中にちらつく。吹雪で帰って来れなかった自分を、今もなお心配しているのだろう。そう思うと、喉の奥がすうっと細くなる心地がした。
     狩りで仕留めた獲物を持ち帰る度に、フチは決まってその成果物よりも、アシㇼパの姿を確認してから安堵の表情を見せた。帰宅を待つフチの思いがどれほどのものか、しわの寄った目尻をこれでもかと下げる顔を見る度に、アシㇼパは胸に疼痛が走るのを感じた。残されることの心細さは、こんなにも己の身に染み付いているというのに。
     一人ぼっちでもご飯は食べられる。食べていける。
     用意した食事はいつだって自分の味方だ。生きる活力を与え、冷えた体に熱をもたらし、明日を迎えるための一歩になる。何があろうとも、この行為を決してやめることはない。
     ──でも。それでも。
     空になった鍋をぼんやり見ながら、アシㇼパは体を丸める。冷えていた体は温まり、足の先まですっかり熱を孕んでいる。このまま横になればすとんと眠りに落ちてしまいそうなほどなのに、アシㇼパは何となく目を開けていた。風を切る音を耳にしながら、段々と小さくなっていく焚き火を見つめる。
     たった一人でも、ご飯は食べられる。腹は膨れる。体は温まる。でもそれだけで、それ以上のことは起こらない。
     胸の内は凪いだまま、ただ時間ばかりが過ぎていった。

    ****

     はちち、と熱々の汁に苦戦しながらも、その顔はどことなく嬉しそうにはにかんでいる。
     一口飲むなり、男は満足そうに目を細めた。ほんのり頬を赤く染めながら、出来立ての汁物にありつく。大ぶりな鮭の切り身がたっぷり入った汁物は、誰もが心待ちにしている秋の恵みだ。
     アシㇼパはそんな杉元の様子を静かに見つめていた。顔を緩ませる男の頬には、小さな鮭の身がくっついている。雪山での出会いを経て、金塊を巡る旅を共にし、それから故郷を同じにして一緒に帰ってきた相棒は、当時と変わらない表情を浮かべて、アシㇼパの作る料理を食べている。自分の頬に何かがついても全く気づかない有り様など、どこか少年のようで可愛らしい。
     指摘はせずに、そのまま様子見を決めることにした。すると、杉元が視線に気づいて、こちらを見る。不思議そうな顔が、その可笑しさに拍車をかける。アシㇼパはうっすら微笑むと、その目を見つめ返しながら訊ねる。

    「ヒンナか? 杉元」

     すぐさま頬が横に広がり、うん、ヒンナだよ、と言葉が返ってくる。食事を再開する杉元を見守りつつ、今度は自分の椀に視線を移す。アシㇼパは小さな声で、ヒンナ、と呟いた。それから杉元を見て、もう一度ヒンナと繰り返す。
     全ては、あの日から。出会ってから、旅を始めてから、幸せになれそうな場所だと言ってくれた三年前から、今までもうずっと。
     アシㇼパの食卓には、いつも幸福がのっている。


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