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    つーり

    スローガン"杉ㇼパウオラㇺコテして"
    原稿の進捗ポイ置き場のつもりで使ってますがそのうち色々置き場になるかもしれない。

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    つーり

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    杉ㇼパSS「おいしい日常」
    幸せになれそうな場所をテーマにした短編小説です。杉元にとっての幸せな場所や日常について書いたお話です。

    #杉リパ
    Sugimoto/Asirpa
    #食べスギㇼパF

    おいしい日常「いただきます」

     手を合わせ、箸を持つ。椀の中の煮込まれた具材から、湯気がほのかに立ち上る。そうっと息を吹きかけ、口に含むように啜る。汁を嚥下すると、毛穴がふわっと広がるように弛緩し、頬はおのずと横に広がる。
     獲れたばかりの鹿肉と、干した山菜。鍋に入れて煮込み、そこへほんのり塩を加えると、素材の持つ旨味がまろやかにひき立つ。素朴な味付けがこっくりと体の中に沈み、温もりを孕んでするすると胃の腑へ落ちていく。ほうっ、と静かに吐いた息は、椀の中の汁物と同じくらい、すっかり温まっている。
     北海道へ渡って来てまだ日は浅い。砂金をかき集めて幼馴染との約束を果たすつもりが、成果はさっぱり上げられないどころか、一攫千金を狙った妙な旅もつい先日始まったばかりだ。凍えるほど冷たい川に手を入れて、永遠に川底と睨めっこするよりは、こちらの方がまだ可能性はあると、杉元は藁にもすがる思いで好機を掴むことにしたが、金を得るための代償の大きさを身を持って知る。
     自ら踏み込んだ金塊への旅路で、すでに数々の災難をこうむることとなった。金塊の道標を追う度に、人の狂気や執念に触れる。生傷が絶えない。油断すれば首が飛ぶ。囚人以外にも敵対する派閥があることを目の当たりにし、早々に苛烈な仕打ちを受け、その道のりの過酷さを一身に浴びる。
     今さら後に引くという選択肢はない。覚悟ばかりが胸の内に決まる。己を強く律するような心持ちで、金塊の手がかりを追う。そう腹を据えた杉元だが、意外にもこの生活のふとした瞬間に、心がふわりとほどけるようなひと時があることを知る。
     どんなに神経を張り詰めようとも、食事の前では容易く緩む。まるで春の陽気に溶け出す雪のように、次第に固い芯が外側から崩れていき、そのまま雪解け水みたくするりと消える。アシㇼパが作る鍋料理に、杉元はいつも舌鼓を打った。
     汁物を味わい、感嘆する。温かな食事を堪能する度に、強張っていた体から余計な力が抜けていく。思えば、誰かと同じ釜の飯を食うなど、随分と久しぶりのことだった。空腹を共に満たし、その感動に目を細め、食事にありつける喜びを共有する。この一連の流れが、杉元にとってはある種の懐かしさを覚えるものだった。
     椀の中の汁を飲み干す。感慨に耽りながら箸を進めていると、いつの間にか手元が軽くなっている。口の端を舐め、杉元は鍋を横目に見る。たっぷりあるおかわりの分を確認し、つい頬が横に伸びる。
     背嚢の中に仕舞い込んでいる味噌の出番に胸を躍らせつつ、湯気立つ鍋から自分の椀に具をよそっていると、こちらをじっと見る眼差しに気がつく。何か言いたげ視線を投げられ、杉元も思わずそちらへ意識が向く。
     目が合ったまま、数秒ほど無言が続き、妙な沈黙が二人の間に漂う。特に切り出すつもりがないならと、杉元は手の中の椀に視線を落とし、箸を持ち直す。何食わぬ顔でおかわりを頂こうと試みるが、やはり彼女からの視線に心が落ち着かず、杉元は再び顔を上げる。

    「……何?」

     思い切ってアシㇼパに訊ねる。アシㇼパは相変わらずこちらに目線を寄越したまま、不思議なものでも見るかのような顔をしている。やがてぽつりと、アシㇼパは杉元を見ながらふいに口を開く。

    「お前は案外そういう顔もするんだな」
    「そういう顔……って?」
    「美味しくて嬉しい、って顔」

     杉元は面食らう。何か不躾なことでもしたのかと思いきや、蓋を開けてみれば何てことない。拍子抜けどころか、その言葉に耳を疑う始末だ。
     よほど仏頂面でもしていたのだろうか。随分と当たり前なことをこうもしみじみと言うのだから、彼女からしてみれば意外に見えるのだろう。旅を共にするようになってまだ数日の仲だ。互いの知らない一面など山ほどある。
     利害の一致で手を組み、手を汚すのは自分がやると宣言した。心を殺し、己の拳や武器を迷わず振るう。そういうことに慣れているとは言え、時には感情のままにほころぶ瞬間だってある。
     何とも言えない気持ちになりつつも、杉元はぐつぐつと煮える鍋と、それから自分の椀を見る。北海道にやって来てから、その土地ならではの美味しい料理はいくつか食べて来たが、体の芯までじっくり温まると実感できたものは、どれもアシㇼパが作る食事だった。

    「そりゃあね。これが美味しいから」

     ありのままの言葉が、口からついて出る。
     この場では銃などいらない。剣も必要ない。硝煙の匂いもしなければ、砲撃の音もしない。生きる悦びを素直に享受し、他者と口々に感想を交わす。穏やかになれる瞬間だ。誰もが当たり前に過ごすそうしたひと時から、杉元はずっとずっと遠く離れていた。
     少量の味噌を溶き、汁を啜る。ため息と共に、少女から教えてもらった言葉を呟く。ヒンナ、ヒンナ、と互いに言い合う。体内に染み入る熱が、素の自分をじわりと外へ導き出す。
     何かに嬉しいと感じた時、本来の自分が少しずつ形を取り戻していく。アシㇼパと食事をする度に、杉元はそんな心地を覚えていった。まだ厳しい寒さが残る北海道で、初めて得た温もりだった。

    ****

     ──いただきます。
     声には出さず、心の中で呟いた。右手はフォーク改め、ナイフを握る。フォークとフォークの組み合わせで、目の前に座る令嬢に噴き出され、とんでもない失態を犯してしまったと青ざめたものの、それがうまい具合に場を和ませる流れへとなった。不幸中の幸いである。失敗と思われた替え玉作戦も、かろうじて続行の道が切り開く。東京にやって来て早々、妙な事態に巻き込まれた杉元は、生まれて初めて金持ち令嬢との替え玉見合いに参加する。テーブルに並ぶ華美な食器や料理は、どれも見たことないものばかりだった。
     エビフライ、と呼ばれた料理を、杉元は恐る恐るナイフで切ってみる。サクッと揚げた衣から現れる白い海老の身は、ふっくらと肉厚だ。令嬢に勧められるがままに、エッグソースに絡めて、食べてみる。一口食べるや否や、杉元はたまらず目を輝かせる。
     サクサクと香ばしい衣と、弾力のある海老の身。ほのかな甘味と酸味を感じるエッグソースが、全体をまろやかに包み込む。見た目も味付けも上品で、食べるなりすぐさまこれが贅沢な料理だと分かる。
     金さえあれば、こんな食事がぽんと目の前に用意される。それだけではない。テーブルには清潔なクロスが皺一つなく敷かれ、傍に置かれたいくつものグラスは、光を綺麗に反射させるほど、美しく磨かれている。場を引き立てる観葉植物、海外から輸入したような絵画、この部屋に存在する全てが優雅にあしらわれている。どんな人間がやって来るのがふさわしいか、空間そのものがそれを主張しているかのようだった。

    「ここへはよく来られるんですか?」

     杉元が訊ねると、花沢勇作の見合い相手──金子花枝子は、途端に流暢に喋り出す。有名どころの場所を挙げ、さらには名のある人物さえも、よく知る仲のようにつらつらと話す。自らの価値を惹き立たせるためならば、その舌もよく回るのだろう。得意げに話す花枝子に相槌を打つふりをしながら、杉元はそっと視線を落とす。
     ──これが、この人にとっての『日常』か。
     そう感じた途端、過去の自分が脳裏に映る。父が亡くなったのを見届け、実家を焼き、故郷を飛び出してからは、毎日が飢えとの戦いだった。
     今日をしのぐことはできても、明日のことは分からない。鳴り止まない腹をおさえながら、生きるために彷徨い歩いた。猫の餌を盗み食いすることなど、杉元からすれば日常茶飯だった。
     こんな美味しい料理など、普段から当たり前で、ちっとも珍しくもないのだろう。杉元はエビフライを食べながら、花枝子の前に置かれている皿をちらりと見る。お喋りに夢中な令嬢の料理は、まだ手付かずのまま残っている。
     やるせなさばかりが、胸の内に積もる。美味しい料理を食べているはずなのに、どこか満たされない。食べた気がしない。指先からすうっと熱が引き、花枝子の喋る声が耳からするすると抜けていく。
     ぼんやりしていたら、いつの間にか見合いが終わっていた。聞き役に徹していたつもりだが、実のところ半分以上話なんて聞いていなかった。それでも、ほっと安堵した気持ちを抱えて、杉元は帝国ホテルを出る。帰路につく時の方が、足取りは軽かった。
     ──自分の居場所ではない。この先も、きっと。
     そう思った途端、ずっとわだかまっていた胸中が、ほんの少しだけ晴れた気がした。

    ****

    「いただきます」

     手を合わせ、箸を持つ。煮込まれたサクラマスの身は、桜のように淡く色づいている。箸でほろりと崩れる身を、煮込んだフキと共に頬張る。サクラマスのほんのりした甘味とフキのほろ苦さが、ふわりと口内に広がっていく。
     春一番の汁物を食べる度に、北海道の長い冬の終わりを実感する。春の到来を告げる魚と採れたての山菜を味わい、光の寿ぎに溢れた季節の恵みを受け取る。
     じっくりと咀嚼し、こくりと喉を鳴らしては、杉元は深く息を吐く。四季の移ろいは、食卓の変化。舌で感じる季節の巡りは、毎度新鮮に嬉しくなる。とりわけ春の訪れは、心が沸き立つようだった。
     すると、何やら視線がちらつく。杉元は箸を止めて、顔を上げる。鍋の向かいに座るアシㇼパが、じっと杉元のことを見つめている。

    「……どうかした?」

     気になって訊ねてみれば、束の間の沈黙。そうしてやや間を置いてから、アシㇼパは口元を緩めた。彼女の柔らかな表情を見る度に、北海道へ共に帰って来てから経過した時間の長さを思い知る。その大人びた顔で微笑む瞬間は、いつも新鮮に杉元の目に映った。

    「お前はあの時からずっと変わらない顔で食べるんだな」
    「あの時?」
    「出会った時のことだ。美味しくて嬉しいって顔しながら、いつも食べてる」

     目を丸くした杉元だが、すぐさま目尻を下げた。いつかの記憶がうっすらと脳裏を掠める。そういえば随分と前にも、似たようなことを言われたっけ。少しの懐かしさを感じ、杉元は思わず頬をかく。
     煮える鍋と手元の椀、それからアシㇼパを真っ直ぐ見る。
     どうして体がこんなにも温かくなれるのか。充足感に満たされてやまないのか。理由なんて、とっくに分かりきっている。

    「そりゃそうさ。ここが俺にとって、美味しくて嬉しい場所なんだから」

     ようやく見つけた幸せになれそうな場所で、杉元は大切な人と故郷の料理を味わう。
     特別で、ありふれた、かけがえのない日々。
     あなたと食べる、おいしい日常。

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