擬人化BL 水 × 電気ケトル。新しい朝が来た。
朝日が差す窓の隙間からは少しひんやりとした清々しい空気が流れてくる。
おはよう、と挨拶を交わす家族が集まるダイニングテーブル端の壁際が電気ケトルの定位置だ。
卵がじゅうじゅうと鳴るフライパンに蓋がされる頃、「コーヒーの準備して」という淡々とした高い声の指示に従って、いつものように、大きな手によってケトルの蓋が開かれ、水を注がれた――。
***
「んんっ…冷た」
身構える「ケトル」に、おかまいもなく注ぎ込まれる「水」が、爽やかな朝に似つかわしくない低音で囁く。
「よぉ…今日もオマエん中で温めてくれよ…な…」
満たされた質量に戸惑いながらも、ケトルがうなずく。
「うん…水ってば、こんなに冷えちゃって…冬だもんね…すぐあっためてあげるよ…」
スイッチが入ると電線が刺激される。
電磁誘導でジュール熱が発生する。
ジリジリとカラダの底から熱くなってくるケトルに対して、水は、まだまだ余裕といった風情のまま、言葉でゆるく煽ってくる。
「ああ…熱くなってきたみたいだな…イイカンジだぜ…ケトル…」
水は少しずつ対流し、ケトルのナカを焦らすように、ゆっくりとかき混ぜる。
熱を持った内壁は水に温度を移してゆく。
沸きだした蒸気が伝い昇り始め、水の対流はますます激しくなってくる。
「あっ…水…プツプツって…中が…あうっ…んんっ」
とめどなく沸きあがるその刺激にケトルのカラダがわななく。
「はあ…温度上がってきな…蒸気がもう出ちまいそうだ…」
吐く息が熱くなった水は自制心を失くしお湯になりかけ、なお激しくケトルの中をかき回す。
カタカタと小さく揺れるケトルは切羽詰まって限界を訴える。
「あっあぅ……溢れちゃいそう……っ」
段々ぶくぶくと大きくなってゆく気泡が勢いを増し、グラグラと煮えたつ水が体積を増して、ケトルの中を圧迫する。
「もう…っ…無理…ナカ…いっぱい…っ」
「ああっ……俺も…もう…熱湯に…なっちまう…っ」
沸き立つ蒸気でサーモスタットがいよいよ限界を伝えてくると、勢いを増したまま、お湯が噴出した。
「ああっ!」
「…ぅっ!」
ケトルのスイッチがパチンと鳴ると同時に、水も熱湯になり果てた――。
***
お湯が吹きこぼれたダイニングテーブル。
その惨状にキッチンから悲鳴が上がった。
「あ~っ!また線より上まで水入れたわねっ!?気を付けてっていってるのに!!」
平穏な朝の営みの中で起こった小さな惨劇であった。
(おわる)