誘拐ごっこ②-1 長期戦になるかもしれない。でも別荘には洗濯機があるから、着替えはそう何枚も持って行かなくていい。整髪料は必須。あとは歯ブラシやタオル、学校の課題をボストンバッグに詰め込む。
そこでふと、あることに気がついた。
露伴の着替えはどうすればいいんだろう。
彼の家へ行って適当に持ってくるか。でもそれだと誘拐というよりただの宿泊だ。
おれは中学の頃に着ていたTシャツやズボンを箪笥の奥から引っ張り出した。中二になって急にデカくなって、中三になったらさらにデカくなった。学校の体操服は結局毎年買い替えていたっけ。
露伴はおれより年上だけど、おれよりも細身だ。中二の頃のサイズなら、たぶんぴったりだろう。捨てずに取っておいたのが、まさかこんなところで役に立つとは。露伴の分の着替えも入れて、荷造りは完了した。
足りないものや必要なものは、また取りに戻るか買いに行けばいい。
支度を済ませて、再び別荘へ向かうために車に乗り込んだ。
「例の出版社のパーティについて、さきほど経過報告がありました」
車が動き出してすぐ、運転席に座っている職員が話し始める。
「参加者のリストを入手して、順番に当たっているとのことでした。出版社の社員と作家、あとは関連企業の担当者です」
早速動いてくれたようだ。その中にスタンド使いがいるとは限らないが、今のところ可能性は一番高い。
海が見えてきた。別荘の近くのようだが、さっきと違う道を通っているのか、見覚えのない建物が道沿いに点在している。コンビニや小さなスーパーもあった。
「別荘から徒歩圏内です。食料品や日用品はこの辺りで調達できますよ」
きょろきょろと外を見ているうちに別荘に到着した。荷物を下ろしたところで、職員から鍵を渡される。彼はもう中に入らないつもりなのだろう。
「こちらもお渡ししておきます。必要に応じて使ってください」
紙袋を渡されて中を覗くと、入っていたのは縄や手錠やガムテープなど。縄とガムテープは他に使い道があるが、手錠が入っている時点でこの袋の中のグッズは拘束具という認識で間違いない。思わず「うわ」と声を漏らしてしまった。
「使いたくねーっスけど……」
「何があるかわかりませんから、一応持っていてください」
これが必要になるってどういう状況だ。とにかく、こんな物が露伴に見つかると厄介なことになりそうだから、後でどこかに隠しておこう。
「それから、これも」
職員はそう言って、今度は茶色の長形封筒を差し出した。受け取って中を見てみると、一万円札が数枚入っている。
「諸々の費用はこちらで出しますから、足りなくなったら連絡してください」
「マジっスか」
「マジです。他に聞いておきたいことはありますか?」
おれは首を横に振る。
「何かあったらいつでも連絡してください。こちらも調査を進めていきますから、わかったことがあったらお互い情報を共有しましょう」
「了解っス」
「では、おやすみなさい」
職員はそのまま車に乗り込んで走り去ってしまった。車が見えなくなるまでなんとなく見送ってから、渡された鍵を使って別荘の玄関を開ける。
「うわっ!?」
建物の中に足を踏み入れようとしたおれは、逆に後ろへ二、三歩下がっていた。不意に正面からタックルを食らったら誰だってこうなる。下手したら後ろに倒れて尻餅をついていたところだ。
「ろ、露伴!?」
いきなり飛びついてきた男は、おれの胸元に額を擦りつけた。
「おかえり」
くぐもった声が聞こえる。
「た、ただいま……」
戸惑いながら返事をしたら、露伴は満足そうに「うん」と頷いてようやく体を離した。かろうじて鍵や荷物は手から離さなかったものの、露伴の視線はおれが持っている紙袋の中に注がれている。
「あっ!」
やばい。隠す前に見つかった。紙袋には蓋なんかないから、中に入っている数々の拘束具が丸見えだ。
「縛るのか?」
「しっ、縛るわけねーでしょ!」
「じゃあこれは何だよ」
「これはっ、こ、これは……もしもの時用っス!」
もしもの時って何なんだ、マジで。そもそも誘拐だってしたくなかったんだから、拘束なんて尚更したくない。そんな趣味もない。
露伴はつまらなそうに「なぁんだ」とこぼす。
「まあでも、SPW財団の人間に話したのは正解だったなぁ」
「え」
いきなりその組織の名前が出てきて、おれはぎくりとした。その反応を見て、露伴は笑みを浮かべる。
「睡眠薬、用意してくれたんだろ? この別荘も、ここまで運ぶ車も、その縄や手錠も」
そりゃあバレるか。おれ一人で露伴を誘拐するなんてできるわけがない。「仗助に誘拐されたいんだ」なんて財団の職員に話したのも、露伴の計算の一部だったのだ。
「仗助」
露伴がまたおれの体に抱きついてくる。
「やっと二人きりだ」
こんなふうに露伴とイチャイチャできるなんて、本来ならこれ以上ないくらい嬉しいのに、素直に喜べない。おれは露伴の体を抱きしめることができなかった。