「今日も来たのか。きみ、ここんとこ毎日来るよな。いくら付き合ってるって言ったって、ちょっと来すぎなんじゃあないの? 暇なの?」
あ、今日は機嫌が悪い日だな。
露伴と一緒にいるうちに、少しずつこの人のことがわかってきた。
おれに対する態度は、どうやらその日の気分で変わるらしい。機嫌がいい日は気持ち悪いくらい優しい。だから勘違いして「この前はすごく優しかったから、きっと今日も」なんて油断していると、夏の夕立みたいにまったく予想外の被害を受けることになる。
最初こそ「気分屋ってめんどくさいなぁ」と思ったこともあるけど、それも含めて露伴だし、気まぐれなところは猫みたいで可愛い。そう考えるようになったら、彼の難しい性格も自然と受け入れていた。
「ぼく、今日は忙しいんだ。きみに構ってる暇はないんだよ」
「ふーん。じゃあ帰るっス」
あっさりと踵を返そうとしたら、露伴の手が伸びてきておれの腕を掴んだ。
「帰れなんて言ってないだろ。リビングでお勉強でもしてろよ」
思わずにやけそうになるのを堪える。相変わらず素直じゃない。でも、そういうところが好きだ。
「そんじゃ、お邪魔しまーす」
露伴はおれを家に入れてから玄関の鍵をかけると、何も言わずに仕事部屋の方へ姿を消した。
どうやら本当に忙しいようだ。
露伴みたいな性格を「ツンデレ」というらしい。
これは康一や間田が話しているのを聞いて知ったことだが、普段は無愛想でツンツンした態度をとるくせに、ときどき好意的になったり甘えたりする、そういうのを「ツンデレ」というんだそうだ。言われてみれば、確かに露伴はツンデレだ。
さっきだって、「構ってる暇はない」と言いながら、帰ろうとしたおれを引き止めた。本人に自覚はないんだろうけど。
明日の英語の予習を終わらせたところで、露伴がリビングにやって来た。
「仕事、終わったんスか?」
「ん」
おれが座っているソファの隣にぽすんと腰を下ろした露伴は、そのままおれの方に体を傾けてきた。これがツンデレの「デレ」に該当するのだろう。
露伴のデレは貴重だ。さっき玄関で不機嫌な顔を見た時は「タイミングをミスった」と思ったけど、結果的に今日はラッキーだった。
「重いっスよ」
「きみよりは軽い」
「どーかなァ」
「絶対きみの方が重い」
右肩にかかる体重には遠慮がない。だいぶ疲れているようだ。
おれは露伴の頭に手を置いて、緑がかった柔らかい髪を撫でた。
「お疲れさま」
「うん」
ちょっと覗き込むようにして露伴を見れば、気持ちよさそうに目を細めていた。露伴はおれに頭を撫でられるのが好きらしい。少し前に自分でそう言っていた。だから、今みたいに露伴が甘えてくる時は、いつも頭を撫でてやる。
少し撫でてからわざと手を離すと、露伴は首を動かして抗議するような目を向けてきた。
「やめるなよ」
「何を?」
ちょっと意地悪をしてみたくて、あえて察しの悪い返事をする。露伴はムッとした顔で、おれの手に視線を落とす。
「もっと撫でろ」
それでもおれが動かずにいたら、おれの肩に頭をぐりぐりと押し付けてきた。
「わかったわかった」
押し付けてくる頭をまた撫でてやる。
「なに、今日すげー甘えるじゃん」
最初の無愛想な態度が嘘みたいだ。
「仕事、頑張ったんだ。ちょっとくらい甘えてもいいだろ」
いつも通りの仕事なら、きっとこんなふうにはならない。何かイレギュラーがあったのだろう。
「じゃあ、頑張った露伴にご褒美あげましょーか?」
「ごほうび?」
「うん、ごほーび。でも一つ条件があるんスけど」
「条件……」
もはや単語しか返ってこなくなった。露伴の判断力が鈍っている証拠だ。
「今日、泊まってもいい?」
お泊まりは週末だけ。なんとなくそういう暗黙のルールがあったけど、例外もあった。今日はいける気がする。
「泊まらせてくれたら、頭撫でるよりもっと気持ちいいことしてあげるっスよ」
疲れているのか眠いのか、ぽやんとしている露伴が首を縦に振るまでに、それほど時間はかからなかった。