誘拐ごっこ②-2 夕食は宅配ピザがいいと露伴が言い出したので、彼の希望に従うことにした。一人暮らしだとデリバリーでピザを取ることがないから、一度取ってみたかったのだとご満悦の様子で、露伴が喜んでくれるならそれでいいかと思った。
食事はまあそれで良かったのだが、問題はその後だ。
「露伴、先に風呂入ってください」
タオルや着替えを渡すと、露伴はまず着替えに興味を持った。
「この服は仗助のか?」
「そーっスよ。サイズが合うかわかんねーっスけど」
「彼シャツってやつだな」
嬉々としてそう言って、おれがきれいに畳んだTシャツを広げて眺めている。
「なぁ、仗助。一緒に入ろうぜ」
「はい?」
「一緒に風呂入ろうって言ってんだよ。ほら早く支度しろ」
風呂場は広いから二人でも入れそうだが、温泉や銭湯じゃないんだからさすがに狭い。それを理由に断っても露伴は譲らず、結局風呂場に連れ込まれた。男同士だし別にいいんだけど、湯船の中でぴったりくっつかれた時はさすがにやばかった。勃ちそうになるのを全力で我慢した自分を褒めてやりたい。
ところが、おれにはまだ試練が残っていた。
「仗助、こっち」
ベッドは二つあるんだからそれぞれのベッドで寝ようとしたら、露伴が自分のベッドをぽんぽんと叩いておれを呼んだ。それが何を意味するのかなんて、火を見るより明らかだ。
「狭いっスよ」
そう言っても露伴は聞かない。
「いいから、こっち。一緒がいい」
おれの気も知らないで、随分と可愛いことを言う。キスもセックスも許されていない恋人に、これ以上近寄られたらたまったもんじゃない。
「別々で寝ましょーよ。暑いし」
「冷房入れればいいだろ」
「寝てる間に冷えるっスよ」
おれが頑なに拒んでいたら、露伴の表情が曇り始めた。
「ぼくのこと、嫌いなのか?」
怒るわけでもなく、「こんなに頼んでるのに」と本当に寂しそうな顔をする。
「好きに決まってるじゃないっスか」
「だったらなんで」
「露伴のことが大切だからっスよ。一緒に寝たらおれ、手ぇ出しちまうかもしれねーから」
「いいよ」
信じられない言葉が返ってきて、おれは耳を疑った。
「抱いてくれよ、仗助」
「いや、約束したじゃねーかよ……」
「約束?」
露伴はきょとんとした顔でおれを見つめるばかりだ。どうしてそんな、まるで忘れたみたいな顔ができるのかわからない。
「おれが高校卒業するまで、そういうのダメだって。キスもセックスもしないって、露伴が言ったんスよ」
露伴はぱちぱちと瞬きをした後、にこっと微笑む。
「それはもういいよ。ぼくはきみに早く抱いてほしい」
だからって「はいそうですか」と露伴を押し倒すわけにはいかなかった。
「おれはあんたとの約束を守りたいんスよ!」
「だから、それはもういいって言ってるじゃないか」
優しい笑みを浮かべる露伴が不気味だった。
「どうしちまったんだよ……こんなの、露伴じゃあねーよ」
思わずそう言ってから、しまったと思った。露伴はショックを受けたような顔でおれを見ていたが、やがて諦めたように目を伏せた。
「もういい」
そう言うとベッドに横たわり、おれに背を向けてタオルケットを被った。
なんとも言えない罪悪感のようなものが心の中に残る。でも、今の露伴がおれの知っている露伴じゃないのは間違いない。おれの知っている露伴は、自分がした約束をこうも簡単に取り消したりしない。
おれは寝室の明かりを消して、自分のベッドに横になる。露伴に背中を向けて、目を閉じる。
罪悪感なんて抱かなくていい。だってこいつは露伴じゃないんだから。
じゃあ、隣のベッドで眠る彼は、一体誰なんだ。