Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    松宮くん

    @sssvvvppp_t

    支部に掲載した作品の保管庫
    明確な挿入描写がない作品以外左右不定

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    松宮くん

    ☆quiet follow

    ロナドラ/ドラロナ/左右不定

    見えなかったものが見えるようになる話

    2022-03-04 支部掲載分

    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #ドラロナ
    drarona
    #左右不定
    indefinite

    月明かり「ロナルドくんまって〜〜、アッ、待っ、本当に待って、靴攫われた、うそ」
    「ヌーーー!!」

     せっかくだから近くまで行ってみようよと勢いに押され、なんでだよめんどくせえ帰るぞと抵抗しても愛すべき丸まで背中を押すものだから。ジョンが言うなら仕方ない、海だって火の中だって地の果てだって行ってやると砂浜に足を運んで早数分。騒ぎ立てた当の本人は波に足を攫われて既に5回程死んでいる。砂になっては海に近づき、また砂になり、海に近づき、以下繰り返し。例えドラルクといえど全てを海に流されて終えば本当に死んでしまうはずだ。にも関わらずこの宇宙で一番死にやすい吸血鬼は死を繰り返しながら海に近づこうともがいている。使い魔の悲鳴を共にしながら。靴を奪われても、死んでも少しずつ前に進んでいる。己の死を顧みず前に進もうとするといえば聞こえはいいのだろうが、実情は悲惨極まりない。

    砂、一歩、砂、波、砂、砂、一歩。一歩。

     学習しないのではない、学習しようとすら思っていないのだ。普段は諦めが早いくせに、己の興味が向いたものには馬鹿らしく思えるほどなひたむきさをみせる。そうしてるうちにようやくお目当ての景色が見える所まで辿り着いたのかアルマジロを抱えて吸血鬼は夜空を見上げていた。綺麗だねぇ、ジョン、ヌヌイー。数度の死に相応しい景色だというのだろうか。吸血鬼の半歩後ろで必死に目を凝らしてもロナルドには何も見えない。そもそも一体何を指して綺麗だと言っているのかさえわからない。吸血鬼と使い魔、一人と一匹だけに共有された景色。人間である自分にはついぞ見えないであろう美しさを求めて死に続けている。

    「見て見て、ほら」
    「見えねえよ。無。真っ黒。フクマさんの目」

     フクマさんの目は言い過ぎか。だってあの人の目、それこそ光の屈折度ゼロかと思うくらい真っ暗だ。ジョンがドラルクに何かを囁いている。仲間外れにしないでほしい。ただでさえ何を見て一人と一匹が楽しんでいるのか、笑顔を浮かべているのかがわからないまま、モヤモヤとした感情を抱えているのに。ジョンの囁きでようやく何かに気づいたのか、ポンと手を叩き一人で勝手に納得をしている。だから勝手に納得するんじゃねえよ畜生。

    「ほら海、海見てよロナルドくん」
    「見えてるよ、んなもんさっきから」
    「じゃあ若造が風情も何も理解できない5歳児なのが原因?えーでも、綺麗でしょ。月の光が反射してさ。海が揺れてるの」
    「は」
    「ジョンがねえ、ロナルドくんには見えないんじゃないのって言うから。あ、そっかって。でもただ気づいてないだけの美術の成績2ルドくんだったか」
    「事務所戻ったら殺す絶対殺す、砂絵で現代アートにしてやる」

     綺麗だ、と暗闇だけだと思っていた黒に光が灯されたような気がした。吸血鬼の指先と、アルマジロのちいさな指先が指し示す先にはまあるい月が夜空を照らしている。白い光は闇の中で揺蕩い、揺れ動いている。まばらに光る星屑さえも飲み込んで波打つ海に飲み込まれそうだった。夜の海には漠然とした恐怖心を抱いていたのかもしれない。夜を飲み込んだ水面は何もかもを飲み込んでそのまま水底深くへと誘う。呼吸を奪われた生き物はなすがまま命を奪われる。底知れぬ恐怖を孕む水面は月明かりさえをも飲み込んで、きらきらと輝いている。月光に手を伸ばそうと足を踏み出せばあっという間に海の中に引きずり込まれてしまうだろう。しかし、そう、確かに、美しかった。

    「昔はねえ、海がとにかく怖かった」
    「何でも怖いだろうがお前はよ」
    「怖さにも順位があるだろう。海はとにかく怖い!流水の中で、自我が溶けていく感覚。ただ死ぬのとは違う。一瞬にして落ちるブレーカーのような死ではなく、徐々に削られていって攪拌され、もう戻らないような、不可逆の恐怖だ」

     ドラルクは続けざまに雄弁な舌を動かし続ける。吸血鬼にとって海は弱点そのものであり流水によって敷かれた結界の中に足を踏み入れるのは一苦労だし、海という果てのない青の中で一度溶けてしまえば死から戻ることはできない。海の中で揺蕩う自我の残骸はもうどこにもいけやしないのか。無量大数の広がる自我は拡散され、闇に覆われて行き場を失う夢を幼い頃に見たのだとドラルクは語った。闇の中で息をするいきもののくせに、導を失くす事が幼き頃はひどくおそろしかったのだと。それでも愛は際限なく与えられる。おとうさま、おかあさま、おじいさま。だから恐ろしくなどはない。その内、訪れる闇は恐ろしくはなくなった。一瞬の内に訪れて、ひらけていくやみとひかり。その繰り返し。

    「気にした所でどうしようもないんだよね。だからまあいっか、って。怖い怖いと言ったところでどうあ私は死ぬし、怯えてチャンスを無駄にするより一歩踏み出して楽しんだ方がよほど有意義だ」

     海面を撫でる手のひらは優しかった。飲み込まれないラインを見極めながら、恐怖の対象を慈しんでいる。ロナルドは口にしなかった。死の違いを。死を日常に取り込んだ吸血鬼の言葉をただ黙って聞いていた。

     そんなこと知ってるよ、お前は一時的な享楽のためなら何度だって死ねるやつだ。浮かんだ返事を言葉にはしなかった。水面を見つめる吸血鬼の横顔を黙って見つめていた。ドラルクがロナルドに共有しようとした美しさではなく、目の前の吸血鬼の横顔をただ。夜の海は綺麗だ、夜空だって。既知の景色の美しさを知った。けれどもロナルドにとってそれよりも重要だったのは。

    「楽しくない?」
    「何が?」
    「今」

     見透かされたような気がした。気づいているのかいないのか。海を見つめていた瞳は今やロナルドを捉えている。ロナルドにドラルクの表情は読めない。だが見えなくともこの男はきっと楽しそうに笑っている。その笑顔を己に惜しみなく自信満々に向けている。

    「べつに」
    「つまらん男だな君は、こうして含蓄に富んだ畏怖いドラドラちゃんが語り聞かせていると言うのに」
    「うるせえ恩着せがましいわ」

     不釣り合いな静寂が二人の間に横たわっている。楽しいさ、綺麗だと素直に口にするのはなんだか負けた気分だったから。だがドラルクには伝わっているのだろう。闇の切れ間に一瞬吸血鬼の表情が視界に入り込む。したり顔をして笑ういつものムカつく表情。新しい玩具を目の前にしてはしゃぐ子供のような。想像通りの笑顔がそこにはあった。

    「足が疲れてそろそろ死にそうだし、帰ろっか」
    「さっさと帰るぞクソ砂」
    「はいはーい」

     吸血鬼が終わりの時を告げる。知らなかった景色。暗闇だと思い込んでいただけのもの。吸血鬼が指指す方向には何が広がっているのだろう。見つけられなかった宝物が埋まっているのかもしれない。かけがえのない宝物がうまれるのかもしれない。そんな変化が今日はとびきり嬉しく思えてロナルドは歩き出す。足取りは軽く。二人並んで帰路につく。海に背を向け歩き出す。水面は未だ白と黒をかき混ぜて揺らいでいた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works