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    松宮くん

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    松宮くん

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    ロナドラ/ドラロナ/左右不定
    ロナルドくんの武器の話
    ツクモ吸血鬼にあまり好ましくない描写有

    2022-05-09 支部掲載分

    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #ドラロナ
    drarona
    #左右不定
    indefinite

    退治人よ、ペンを取れ「はい、わかりました。ご相談だけであれば料金の心配はいりません。どうもご丁寧に。今週の――、水曜18時ですね。お待ちしてます」
    「おや、珍しくまともな依頼かね。しかも電話までして。丁寧な変態か?」
    「違えよアホ。マジのマジでまともな予約と相談の電話だよ。依頼料の話とか丁寧に聞かれるもんだからひさびさに焦っちまった」
    「変態の相談と対応のボランティア活動に日々追われ常識を失った哀れなゴリラ……」

     煽りには死をもって返す。それが対ドラルクに対するロナルドの基本姿勢だ。勢いよく振り翳した拳を脇に収める頃にはドラルクは復活を遂げ、電話を取りながら書いたロナルドのメモを興味津々で覗き込んでいる。手元のメモをひらひらと掲げてみれば“ツクモ吸血鬼?”とロナルドの字で疑問符が記されていた。

    「ツクモ吸血鬼ではないのかね?」
    「あーまあ、状況的にほぼ確でツクモ吸血鬼なんだけどよ。今回の依頼人どうも吸血鬼にあんま詳しくないみたいでさ。どーも現物見ないことには、って感じなんだよなぁ」
    「そんなわやわやな状態でよく我が城に連絡してきたな」
    「俺の事務所だつってんだろ。それが俺も謎なんだよ」
    「ふむ。吸血鬼は方便で君が目的かもしれんな」
    「それはねえわ」

     自身の実力と外見にひどく無自覚なロナルドはドラルクの言葉をあっさりと否定する。溜息混じりに掲げたメモを見つめながら手袋越しの骨張った指先がロナルドの字を弄ぶように撫でる。読めるのか読めないのかギリギリを攻めたロナルド特有な乱雑な文字を確かめるようにゆっくりとひともじひともじに触れていく。ツクモ吸血鬼?、水曜18時、こわかった。おれしかいない?そこは疑問符をつける言葉じゃないだろう。ピンッと中指でクエスチョンマークを弾き飛ばし、メモを掴んでいた指先を離す。ひらひらと落ちるメモは行き場をなくして今一度ロナルドの手元へと舞い戻った。

    「水曜18時、あけとけよ」

     はらりと落ちたメモを手に取りつつ、ドラルクの方を見ないままぶっきらぼうにロナルドは告げる。
    言われなくともそのつもりだとも。


    **


    おそろしいものをみた。
    喉元を食い破られ、女はどくどくと血を流しながら化け物に抱えられている。うつろな瞳はもう何も映してはいないだろう。女を抱いている異形の生き物は、喉元に牙を突き立て血を啜っていた。鮮血が青白い肌を伝い、指先から滴り落ちる。ぽたり、ぽたり。静寂の中、命を奪われていくその過程をさまざまと見せつけられ、私の中の恐怖心が少しずつ芽吹いていく。じゅるり、ごくん。頸を彩る二つの傷跡。最期まで堪能したのか異形の長い舌が頸をご丁寧に舐め取り、そのまま満足げに微笑を浮かべた。土気色の顔をした、人であったモノは容赦なく用済みとでもいうようにその場に打ち捨てられる。
    映画の中の話だ。当時流行りの吸血鬼ホラー映画。ヒトの日常、生活を脅かすもの、かつては人間と抗争が絶えなかったと言われ、姿かたちは似ていても近づき合うことはない怪物を題材にし好き勝手に脚色された世界が映像として映し出されている。風化していく記憶の中で、鮮明にこの映画と祖父の言葉は私の中で鮮明に残り続けている。幼い私は祖父に縋った。「怖い、食べられちゃう。わたし、殺されちゃうの?」「映画の中のお話だよ。これは嘘なんだ」
    ――よかった、こんな化け物なんて私の世界にはいないんだ、と。私は安心して、それ以降画面の吸血鬼を見ることはなかった。祖父のしわくちゃになりはじめたあたたかい掌が頭を撫でる。幼い私は目を閉じる。小さな私と祖父の細やかな思い出の1ページはこれでおしまい。
    記憶のページをめくっていく。
    懐かしい声がした。トートバックの中で小さなお守りが私の名を呼び続けている。何度も、何度も、何度も。


    **

     結論から言えば、問題は解決しなかった。依頼人が残した擦り切れたお守りは主人に見捨てられ今はVRCの職員を静かに待っている。ままならねえもんだなぁ、溜息混じりに弱音を吐くロナルドと手がつけられることがなかった焼菓子を視界に収めながらもドラルクはゆっくりと瞳を閉じた。ままならないものだ。そう、彼の言葉は正しい。かの依頼人に対する適切な言葉も答えも今のロナルドは持ち合わせてはいなかったのだから。

    話は数刻前に遡る。

    依頼人は四十を少し過ぎたと思われる妙齢の女性だった。こらえるような、周囲の目線を気にしているのか遠慮気味の姿勢は小柄な彼女をさらに一回り小さく見せていた。

    「どうぞ、おかけになってください!いやシンヨコまでわざわざ来ていただいて、本当、ご丁寧にありがとうございます」
    「いえ、お礼を言いたいのは私の方で……、あの、えっと、本当にわたし、ロナルドさんしかたよれなくて」
    「落ち着いてください。大丈夫ですよ。ご心配なさらず。あ、ちょっと待ってくださいね。もう少ししたら来ると思うんで」
    「え?」

     普段ならば非常に、非常に不本意ながらロナルドよりも準備がいいドラルクが事務所に現れない。水曜18時、言っただろうが。わかりやすく悪態を吐くことも憚られ、事務所と生活スペースを隔てるドアを伺うようににらみつければ、視線に合わせるかのように相棒たる吸血鬼は丁寧に焼菓子と紅茶を手に事務所に現れた。数時間前から漂っていた甘く食欲をくすぐる匂いの正体はこれか、俺の分はあるのだろうかと自分本位な感想を飲み込んで目線で早く座れとドラルクを呼びつければ、我慢のできない子を見守るように視線を返された。

    「お待たせして申し訳ない。いやはやロナルドくんが気が利かないせいで。先日頂いた紅茶と焼きあがったばかりのクッキーです。お口に合えばよいのですが。ああ、申し遅れました私このドラルクキャッスルマークⅡの城主、ドラルクと申します」
    「すみません本当にすみません。あ、こいつのことは知ってる?とは思うんですけど実際こんなふざけたやつなんで。あ、でもクッキーは美味しいですよ。シンヨコでも大人気なんで。はい。おいドラ公、依頼人さん固まってんじゃねえか、早く座れ!!」

     依頼人の方へカップを置き、ドラルクはロナルドの隣に腰を下ろす。県外からわざわざ出向いてくれた依頼人に結局いつも通りの騒がしい姿を見せることになってしまった。かくいうロナルド自身も少し緊張していたのは確かだった。しかしながらいつも通りの暴力で返すわけにはいかないのだ。一体この乱痴気騒ぎで何人の依頼人を失っているのかロナルドはいつから数えるのをやめてしまっている。話を戻して依頼人に向き合わなければと改めて依頼人の方を見やればまるで、そうまるで――この世にあってはいけないものを見るような表情で、大きく瞳を見開いてドラルクを見つめていた。

    「ご心配せずとも、こいつ、雑魚なんで。風吹けば死ぬんで。気にしないでください。ほんとに。空気以下だと思って扱ってもらって構わないんで!!クッキーは美味しいですよ!是非!」
     依頼人は目を伏せ、膝小僧の上で握りしめた両の手は小刻みに震えている。彼女の手のひらがカップに伸ばされることはなく、淹れたての紅茶から湯気が寂しげに漂っていた。
    「実際に見るのは初めてで……。ロナルドさんのご本くらいでしか」
    「……早速ですけど詳しくお話を伺っても?」

     依頼人が口を開き事のあらましを語っていく。選択を誤った。約束をとりつけなければよかった。当然のようにそばに居る事が当たり前だったからすっかりと忘れていた。焼きたてのはずだったクッキーは誰にも手をつけられることなく冷え切ってしまっていた。焼きたてが食べれるなんて、滅多にないことなのに。騒がしく喚き立てていたドラルクは依頼人の視線に気づいてから一言も喋らず黙している。何で黙ってんだよ、いつもみたいに喋ればいいだろ。軽口を叩くこともできないまま、ただ静かに依頼人の言葉を聞いている。

     曰く、祖父から貰った思い出の品――手製のお守りが急に喋り始め、名前を呼ぶようになったのだという。最初は幻聴か、それとも霊的な現象か疑ったが愛読書だったロナルドウォー戦記に載っていた“ツクモ吸血鬼”の存在を思い出し正気を失わずに済んだと依頼人は心の底から嬉しそうに、感謝の言葉を述べた。だから、従ったのだという。物語の通りに。

    「わたしは、素人ですから、うまくできなくて。でも声がですね、どんどん弱くなって、聞こえなくなってきたんです。ほら今だって聞こえないでしょう!?」
    「……いるんですか、今日」
    「ええ!ええもちろん!そのためにここまで来たのです!大丈夫かしら、でも大丈夫よね。気づいていらしてませんでしたものね。ほら、見てください」
    「これ、は……」

     健康祈願と書かれたお守りは、銀のネックレスに巻かれ、無惨に締め付けられていた。十字架があしらわれた鎖は間違いなくツクモ吸血鬼にとっては弱点となる。しかし、これでは殺しきることはできない。中途半端が故にじわじわと生命力を削られていく行為に等しかった。微かに、声が聞こえる。助けて、ごめんね、解いて。ゆるして、ごめんね――ちゃん。銀は吸血鬼の弱点である。彼女はツクモ吸血鬼と化し、己が名を呼ぶお守りに銀製のネックレスとロザリオをあしらった。著書において幾度も繰り返された言葉、下等吸血鬼に銃口を向け、銀の弾丸を打ち込めばたちまち怨敵は塵となりこの世界から消失した、というフレーズに従い彼女は銀を吸血鬼への応酬とした。

    「素人だからよくないんでしょうね、ロナルドさんみたいには上手くできなくて」
     お守りを持つ手は震えていた。ロナルドに差し出されたのは瀕死のツクモ吸血鬼だ。ロナルドが手を下さずともじきに命の灯火は消えていくだろう。
    「あの、お守り、戻せないんですか。大切な思い出なんです、亡くなった祖父が私のために作ってくれて、それからずっと大事にしていて、私が辛かったときも、苦しかった時もこのお守りがあったから乗り越えられたんです!」
    「一度ツクモ吸血鬼になった持ち物を元に戻す、ってことはできないんです」

     痛めつけられたツクモ吸血鬼の微かな悲鳴が会話と会話の間に漏れ聞こえている。愕然とした表情を浮かべた依頼人はまるで、そうまるで吸血鬼に思い出を奪われたとでもいうように先ほどまで僅かに残っていた愛おしさと郷愁の目線は失せ、代わりに憎しみを携えてお守りを睨みつけていた。

    「ロナルドくん。この子は一旦うちで引き取ろう」

     ようやく口を開いたドラルクはただ一言、そう言った。ドラルクの大きな瞳からのぞく紅い光が傷ついたツクモ吸血鬼を見つめていた。ドラルクにはそうすることしかできなかった。彼はお守りには触れられない。巻きついた銀は確実にドラルクを死に至らしめる。だからその視線が合図で、意味が理解できぬほどロナルドは愚かではなかったしドラルクを知っていた。

    「そうだな、そうですね。……一応、確認します。貴方が大事にしていたお守りはもう元には戻せません。その上で、どうしますか」
    「引き取ってください、私にはもう」

     言葉がそれ以上続けられることはなかった。死にかけの吸血鬼が机の上で蠢いている。銀の鎖の合間から見える手書きの健康祈願という文字が、解れを何度も直された手縫いの糸が、蓄積された情を物語っていた。

    「わかりました」

     今後吸血鬼に関する出来事が起きれば地元の退治人ギルドか吸血鬼対策課あるいはVRCに連絡を取ればよいこと。問い合わせ先のメモと吸血鬼の扱いに慣れていない場合の簡単な処置方法が記載された初心者向けのリーフレットを手渡してロナルドは依頼人を見送った。
     ままならないものだ。ツクモ吸血鬼を1匹。弱っているので、緊急性は。はい、はい。お願いします。依頼人が立ち去った事務所でロナルドの事務的な言葉が繰り返される。依頼人は感謝の言葉を述べていた。間も無くしてVRCの研究員が訪れて弱りきったツクモ吸血鬼を連れて行った。ロナルドはただ黙々と事務的に全てをこなし、研究員を送り届けたところでようやく溜め込んでいたものを吐き出すように大きな息を吐いた。

    「君、あえて言わなかっただろう。ツクモ吸血鬼を“貴方が”引き取る気はないのかって」
    「俺だってそんくらい空気読めんだよ」
    「あながち間違っていなかったじゃないか。君目的というのは」

     ロナルドくん、君はわかっていたんだろう。ロナルドがもつ銀の弾丸が彼女の思い出を奪った憎き吸血鬼を撃ち抜くさまを依頼人は求めていた。その光景を焼き付けて、取り戻せないのならなかったことにしたかった。終わりを与えるのは己ではなく、ふさわしい人物がいるはずだと願ったのだ。

    「彼女は、君だけが目的だったんだ。おそらく彼女にとって吸血鬼は異物でしかなく恐怖の対象でしかない。トドメを刺してもらうか、あわよくば元のお守りに戻してもらいたかった。まあどちらも叶わぬ願いだったがね」
    「おれは」
     拳がきつく握り締められる。言うべきか飲み込むべきか。言葉に出せず堰き止められていた思いがドラルクの言葉に背中を押され、ひとつひとつこぼれ落ちる。
    「俺はおまえが口を挟むまで、どうすればいいかわからなかった。ただ」
    「ただ?」
    「何もできないと思ったんだよ。俺にはこの人の助けにはならない。どんな言葉をかけるべきか、正しいかがわからない。知らないってわけじゃないんだぜ?吸血鬼を憎む人はいるし受け入れられない人もいて当然なんだ。だからあの人の行動を俺は咎められない」

     ロナルドを襲ったのは無力さそのものだった。適切な言葉を知らない。物を書く時とは違う、フィクション上の脚色で誤魔化してはいけない現実に対しかけるべき言葉を選べなかった。銀に巻かれた思い出を、依頼人の情を苗床に芽吹き、言葉を発した吸血鬼を見て真っ先に思い浮かんだ事は間違えた、ただそれだけだった。彼女は吸血鬼を受け入れられない。吸血鬼を共に生きる隣人として認めることはできない。

    「ごめん」
    「何が?」
    「クッキー、焼きたてだったのに」
    「冷めても私のクッキーは美味しいが?」

     煙に巻き、茶化し続けるドラルクの態度が今日ばかりは心地よさを与えてくれた。ロナルドがこうして打ちのめされて、迷い次に進むべき道への針路をわずかに見失った時、ドラルクは時折闇の中から手を差し伸べて弱々しい力で行き場をなくしたロナルドの手を引く。ドラルクは来客用のソファの上で動けずにいたロナルドの正面に立ちこっちを向いて、とロナルドにしか聞こえないような声で小さくつぶやいた。

    「ロナルドくん」
    「なんだよ」

     鼻先に口づけが落とされる。そのままつむじに顔を埋めて静止した。ひんやりとした指先が頰に触れそのまま髪の毛をくしゃくしゃとかき回す。戯れるような、甘やかすような手つきだった。くるくると癖がついた髪の毛のひとつひとつを指先に巻き付けては放しを繰り返し、ドラルクはロナルドの頭上でくすくすと笑っていた。

    「な、なにして、おまえ」
    「あ、耳熱くなってる」

     襟足を弄んでいた片方の手が温度を確かめるように耳たぶに触れた。ドラルクの行為にロナルドの心臓、胃、頭はパニックを起こし沸騰寸前だ。ただ、触れられているだけだ。簡単に突き放せるはずなのにどんな魔法にかかったのか身体はびくともしない。

    「これから変えていけばいいんだ。君と私が、私たちが、この街から始まる乱痴気騒ぎを君が物語にして残していく。思い通りに伝わらないかもしれない。それでも変わっていくものはある。今はただそれを信じればいい」
    「はは、気が遠くなりそう」

     頭のてっぺんからドラルクの言葉が心の臓を突き抜けて、足先にいたるまで染み渡っていくようだった。蒸気し始めていた顔も落ち着きを取り戻して、見計らうかのようにドラルクはロナルドから身体を離した。ドラルクは微笑を浮かべたままだ。ロナルドはドラルクに与えられた熱を返せないまま、ほんの少し宙に浮いた指先は渡す相手を失ってそのまま墜落した。答えは得た。情けないことこの上ない、傷ついたまま何もできやしないだなんて。吸血鬼に慰められて、気まぐれのような優しさに触れて、ようやく気づくなんて。憂いを帯びて、彷徨っていた瞳は真っ直ぐと行くべき場所を見据えている。「急ぐぜ、今からVRCだ」「おや、どうするつもりなんだい」ドラルクは答えを待っている。

    「あいつの想い出を俺が残してやるんだ」

     ロナルドの武器は銀の弾丸だけではないのだから。


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