ホームパーティー仙台から少し離れた街に、田中と清水、そしてもうすぐ3歳になる娘ちゃんは住んでいる。娘ちゃんは清水にそっくりのはっきりした目鼻立ちをしており、それでいて人見知りだった。もう何回かあったことのある俺には少しだけ気を許してくれているが、初めて見た190近い大男を見てすっかり清水の脚の後ろにサッと隠れてしまった。影山も子どもが得意ではないので、少し申し訳なさそうに頭を下げながら俺の背中の後ろに回る。
清水は優しく娘ちゃんを抱きあげながら「いらっしゃい」と微笑んだ。
「五輪の時、大地も呼んでここで応援してた」
案内されたリビングでそう話すと、影山は「そうなんですか」と言って部屋を見渡した。コストコで購入した食料はキッチン前のカウンターに置かせてもらう。
「混んでた?」
「まーそこそこ。あ、俺サーモン切るよ」
田中と清水がまるで夫婦みたいな会話をしている。影山がゆっくり立ち上がったので顔をあげる。窓の近くにかけられていた鳥かごには、白い文鳥がいた。
影山の隣に立つと「桜文鳥だよ」と教えてやる。文鳥は影山から距離をとるように奥の止まり木にいたが、俺が指を近づけると飛んで近くに寄ってきた。
「ソンカイノ ソンカイノ」
ジュルリジュルリとさえずっていた文鳥が、突然ガサガサとした声で囁いた。
影山は「え」と驚いて後ずさりする。「いま、男みたいな声でしゃべりませんでした?」
「遊びに来るたびに冗談半分で教えてたら覚えちゃって。呪怨のテーマソング」
「菅原は本当にひどい」と声がする。振り返ると清水がテーブルに彩りの鮮やかなサラダを並べていた。
「あ、俺たち何したらいい?」
「座ってていい……あ、足元にいると危ないからこの子見ててほしい」
娘ちゃんの背中を清水がやさしく支える。娘ちゃんは人差し指をくわえながらじっとしていた。
陰が動いて、影山が一歩後ろに下がったのがわかった。俺は床に跪いて娘ちゃんを抱き上げる。前にだっこしたときより、ずいぶん重くなっていた。
俺の胸にぴったりと顔を寄せ、まだどことなく不安そうな目で影山の姿を追っている。
「あのお兄ちゃん、見たことある?バレーがすっごい上手なんだよ」
影山がぺこりと会釈した。娘ちゃんは首をかしげて会釈を返すと「ぱわーかれーのひと……」と小さな声で呟いた。子どもにはバレー選手としてよりCMの印象が強いらしい。
「影山、やってあげて」と無茶ぶりをすると、影山はCM以上のカクカクした言い回しで「パワーカレーでサービスエース」とやった。
娘ちゃんは声こそあげなかったが、俺の腕の中でおかしそうに笑顔を浮かべていた。
エビのサラダにチキン、サーモンとチーズ、ハイローラーと揚げたてのフライドポテト、コーンスープ、そしてイチゴとサンタが乗ったケーキ。
清水と田中の手料理と、買ってきた料理を並べるとテーブルはいっぱいになった。娘ちゃんは俺の腕から降り、ぴょこぴょこと跳ねながら喜びを表している。
特にロティサリーチキンは娘ちゃんのリクエストだったそうで、「えほんみたい」と控えめながら嬉しそうにしていた。
「そういえば影山の番組、見たよ。免許取るやつ。驚いた」
清水がチキンを小さくむしりながら笑った。
「そうそう、あれ俺も知らされてなくてさ、急に免許出してきてびっくりしたわ」
「俺も見たい」と田中が影山に言う。影山が財布から取り出した免許証を見て、田中が噴き出した。
「お前、相変わらず写真写り悪いなぁ~」
「でも女性誌の表紙はきれいに写ってたよね」
「あれ出たとき、スガさん狂ったみたいに雑誌買いあさってたぞ」
告げ口する田中の脛を蹴とばすと、田中は悲鳴をあげ、娘ちゃんは驚いて顔をあげ、清水は咄嗟に気をそらして「悪影響」と俺を叱った。
脛をさすりながら「バレー以外も色々仕事増えてきたよな、今後どうすんだ?」と田中が話を振った。
影山は口の中の食べ物を飲み込んだあと「シーズン途中ではあるんですけど、アドラーズに戻ることになりました」と答えた。
「え!?そうなのか?」
田中は驚いた様子で影山と俺の顔を見比べる。
「ふたりで引っ越すっていうからてっきり……」
「こっちに来た時にちゃんと帰る場所が欲しかったんで、菅原さんと相談したんです」
「そ!俺もそろそろ広い家に引っ越そうかな~と思ってたしな。影山いない間家めっちゃ広いから遊びに来いよ」
「家族で遊びに行く。影山もいるときに」
口いっぱいにチキンを含んでいた影山は、清水の言葉に手で口元を隠しながら頷き、「ぜひ」とモゴモゴ言った。
ケーキを食べるころには娘ちゃんはすっかり俺の膝の上で寛ぎ、隣にいる影山に微笑みかけるほどには俺たちに慣れていた。
「そのうち菅原と結婚するとか言い出しそう」
清水が冗談を言うと田中があからさまに嫌そうな顔をした。
「まあね、俺モテるから。主に小学生に」
清水は笑っていたが、今後は隣にいる影山が嫌そうな顔をした。
一通り宴が落ち着いたあと、娘ちゃんにプレゼントを渡した。旭に頼んでつくってもらった魔法少女のドレスだった。
娘ちゃんは数人いる魔法少女の中でもあまり出番のない女の子がお気に入りらしく、売っている衣装の中にその子のものがないのことで落ち込んでいたらしい。
今日一番で一番の喜びを見せた娘ちゃんを見て、清水は「さすが東峰。いい仕事するね」と言い、「スガさんもよくデザインとか知ってましたね」と感心していた。
「俺の職業なんだと思ってんだ。目まぐるしく変わる小学生のブームも全部把握してる」
「小学校の先生って大変ね」と清水は違う方向で感心した声をあげた。もしかしたらただの皮肉かもしれない。
先に玄関で靴を履き替えていた俺は、娘ちゃんと清水にお別れの挨拶をしていた。
そのやりとりの向こう、リビングの陰で影山と田中の声が聞こえた。
「俺がいない間、菅原さんのことよろしくお願いします」
「ふ、なんだよそれ」
田中が笑う声が聞こえた。
魔法少女に変身した娘ちゃんを抱えて高い高いをすると、彼女はキャーキャーと声をあげて笑うのだった。
清水は母親のやさしい目で、俺たちの姿を何も言わずに見ていた。
終わり