合成音声
「ね、イデアくん。あれやらせてよ」
「あれ……とは?」
研究発表が終わって完全にOFFモードの僕にケイト氏が尋ねてくる。内容はほとんど理解できなかったと言っていたが、ケイト氏も僕の発表を聞いてくれていたらしい。質疑が終わるなり秒で会場を離脱した僕のもとに、ケイト氏は大量の駄菓子を抱えて現れた。
「文章打ったらイデアくんの声でしゃべってくれるやつ!」
「な、ケイト氏気づいて……? もしかしてバレバレだった!?」
もしそうなら運営委員長様に何を言われるかわかったもんじゃない。せっかく激重タスクを終えたというのに、また鬼畜イベとかありえんのだが。
「ううん。オレ以外気づいてなかったと思うよ。さすがイデアくんの技術だね!」
「ホント!? 良かった……」
心から安堵していると、恋人なのにわからないと思ったの? とケイト氏が文句を言ってくる。僕は僕の技術を信じてあの合成音声を使ったし、技術者として見破られたことに若干の悔しさを感じているのだが、正直に言うとケイト氏が拗ねるので黙っている。
「ねえねえ、一回だけでいいからやらせてよ」
「やだよ……絶対変なこと言わせるでしょ」
「ねー。お願い!」
「否定して!?」
いったい何を言わせる気なんだ……。しかし各所から拾い集めた膨大な会話データから学習モデルを作っているとはいえ、僕のような陰キャには絶対に思いつかないような文章を入力してもスムーズに喋れるのかは少し気になる。録音でもされなければ別に良いか、減るもんでもないし。
「……一回だけだからね」
「やったー!」
ケイト氏は子どものように両手を上げて喜ぶ。そんなにやりたかったのか。まぁ……ケイト氏になら一回とは言わず何回かやらせてあげてもいいような気もする。
僕はケイト氏をディスプレイの前に座らせ、合成音声のソフトウェアを立ち上げる。一通り使い方を説明し、喋らせたい文章を入力するよう促した。
「えーと。……よし。エンター!」
『好きだよ、ケイト』
「ちょっと、やっぱり変なこと言わせて!」
やけに早く打ち終わったと思ったら、とんでもないことを入力していた。文句でも言ってやろうとイスを回転させると、頬をほんのり赤らめたケイト氏と対面する。
「……ケイト氏? ちょっと、なに照れてるの」
「だ、だって……。こんなにはっきり言われたこと、無いから……」
うつむきがちにつぶやく。こんなに歯切れの悪いケイト氏はなかなか貴重だ。
「それは合成音声ですぞ?」
「でもでも、イデアくんの声だもん! イデアくんだって自信あるんでしょ!」
もちろんある。しかもさっきは見破られて悔しいとか思っていた。これはおそらく技術者としては最高に名誉な反応。だがしかし……だがしかし! 合成音声ごときがケイト氏を赤面させるなんて、さすがの僕でも嫉妬する。技術者である前に僕も人の子なのだと、こんなところで自覚することになるとは。
「ケ、ケイト氏……」
「なに!」
なぜだかキレ気味のケイト氏が僕を見上げる。……こんなことを僕がやるとかイタすぎるか。しかしいくら自分が精魂込めて手掛けた技術であっても僕の恋人であるケイト氏を……。
……もう考えるのはやめよう。僕は腹をくくりケイト氏の耳元に顔を近づける。
「……好きだよ、ケイト」
「えっ……」
言葉にした途端顔面が発熱する。ダメだこれは流石にリア充ムーブしすぎた。少女漫画か恥ずすぎワロタ。今すぐこの場から消えたい。ケイト氏も絶対引いてる。
消え去るの無理だから、僕はそのままベッドに潜り込もうと体を起こす。
「ま、待ってイデアくん!」
「ギャ!」
瞬間、ケイト氏が思い切り首元に抱きついてきた。いきなりのことにバランスが取れず、そのままケイト氏に思い切り体重を掛けてしまったが、ケイト氏は気にしていない様子で更に強く僕を抱きしめる。
「ふふ。やっぱり本物のイデアくんに言われた方がずっと嬉しい」
「そそ、それは良かった……」
本当かな。心のなかで陰キャが何キモいこと言ってんのとか思って……るわけがない。ケイト氏はそんなこと絶対思わない。この嬉しそうなケイト氏の声色が何よりの証拠だ。僕は卑屈な考えを振り払い、ケイト氏を抱き返す。
「でもあんまり言ってくれないから、やっぱりこれほしいな」
「こ、これからはもっと言う。今までの三割増しで言うから」
「三倍ね!」
「ぐ……。……善処します」
また合成音声ごときにケイト氏を赤面させられたらたまらない。自分の大切な作品をもうすっかりごとき呼びしてしまっているが、ケイト氏が絡んでいるから致し方ない。これからは口下手なりにちゃんと気持ちを伝えよう……と僕は心に誓うのだった。