笑うなら隣で陸を歩いてるいるだけでも、自分たちは頑張っていると思う。
なのに、この上……空を飛べ、と?
アズールが「自分たち」と思ったのは、反射的に双子の顔が脳裏に浮かんだからで。
今、運動場で飛行術の補習を受けているのは実際には自分独りだった。
「……やれやれ。やるとしますか……」
気を取り直すと箒にまたがって、地面すれすれの所を浮く。
海の中なら滑るように移動できるものを、全く陸ときたら不便な場所だ。
目の前の芝生の緑が忌々しい。
気を抜くと間近に迫ってくるし、肌に触れるとウニの刺のようにチクチク痛い。
箒から降りて大きく息を吐き。
息を整えて、再びまたがって浮いて。
先生が設定した目標の高さに浮くまで、それを何度も繰り返した。
「よし、本日はここまで!」
目標の高さまであと数センチ、という所で補習の終了が告げられた。
次はきっと、この続きからだろう。
アズールは芝生の上に仰向けに寝転がる。
同じ青でも、陸と海では大違いだ。
……そんな事をぼんやりと考えていると、白いものがふわりと視界を横切った。
鳥、ではなさそうだ。
そのまま視線で白いものを追いかけていくと、旋回して手の届きそうな芝生の上に落ちる。
「……紙?」
確か、紙飛行機と呼ばれているものだ。
アズールは寝返りをうつと、紙飛行機に手を伸ばして拾い上げ、そのまま空に向けてかざした。
空の光に透けた紙には、何か文字が書いてある。
アズールは、紙飛行機を広げた。
「ラフ ウィズ ミー!」
誰が書いたかすぐにわかった。
アズールの唇から自然と笑みがこぼれる。
「はーい!モストロラウンジまで一名様、ご案内っス」
声の聞こえた方に目を向けると、満面の笑顔で箒に乗って浮かんでいるラギーの姿があった。
そういえば、今日はバイトに来てくれる日だったか。大方、双子に様子を見てくるようにとでも頼まれたのだろう。
「結構ですよ。もう少し休んでから、自分で戻りますから」
ラギーを見上げながら、アズールは上体を起こして体育座りをした。
「でも、ヘトヘトそうじゃないスか。俺も今から行くとこなんで。良けりゃあ、一緒に。と、思って」
その心遣いを嬉しく思いつつも、アズールの心には少しの悔しさが持ち上がる。そうなってしまうと、どうしてもラギーに素直に甘えられなかった。
「ありがとうございます。ですが、ラギーさんは先に行ってホールの準備を始めてて下さい。僕も後からすぐに追い付きますので」
こうなった時のアズールの頑固さを知っているラギーは、渋々……といった様子で心配そうな素振りを見せて飛びさっていった。
その背中が小さくなるまで見送っていたアズールは、もう一度紙を見て呟く。
「ええ。すぐに追い付いてみせますので……」
待ってて欲しい、とは言わない。
「せめて、貴方と空で肩を並べられるくらいにはならないと」
アズールは、紙飛行機だったモノを小さく折り畳んでポケットに入れた。
「一緒に笑うなら、貴方の後ろではなく、隣で笑いたいですからね」
そう言ったアズールの顔は、晴れやかだった。