花陰に寄す処 列車は、延々と連なる桜並木の中を走っていた。
ひどく古びた車両だ。吊り革は色褪せ、座席はところどころ破れ、窓枠には錆が浮いている。
その見た目の割になめらかな、たたん、たたん、という規則的な走行音だけが、花明かりの向こうに続く宵闇へと消えていく。
「なぁ先生」
擦り切れた座席に姿勢よく座り、単調な揺れに身を任せていた朝尊は、隣から呼びかける声に視線を下ろした。当たり前のように並んで座る肥前は、冷めた目つきで周囲を見渡す。
「これ、どこに向かってるんだ?」
「さて。列車くんに訊いてくれたまえ」
からかったわけではなかったが、肥前ははぐらかされたと感じたのか、僅かに眉を寄せてじとりとした目を向けてきた。あからさまな溜息がひとつ漏れて、角度を変えた問いが続く。
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