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    Maririna65

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    不穏シリーズ
    没案

    #不穏シリーズ
    disturbingSeries

    貴婦人と御令嬢(没) オンボロ寮に新しい住人がやって来た。痩せっぽっちの子供と品のない魔獣。
     彼らは2階の一室を最低限片付けて住み始めた。無断で住み始めたなら脅かして追い出そうという意見が多かったが彼らは仮にもこの学園の長からここに住むようにと手配されて来たのだ。
     ゴースト達との会話を盗み聞けば、あの子供は別の世界から来たらしい。
     これには怪異一同驚いた。
     更に子供は記憶の欠落も目立ち、身体も痩せ細りあまりいい状態ではないという。
     これを聞いて真っ黒が同情した。真っ黒は弱い者を庇護する性格だ。それに釣られてか手も子供を住まわせる位はいいのでは?と言い出した。
     意見は割れ、怪異達は騒がしく言い合った。

     パンっ

     オンボロ寮の主人である黒衣の貴婦人が手を叩いた音だった。

    『一度様子を見る。魔獣やゴーストの扱いから悪い者では無いと思うが、念の為だ』

     やや低めの通りの良い声がサロンに広がり、集まった怪異達はやや躊躇いつつも頷いたのだった。

     しかしながら、多くの者がいれば逆らう者が出て来るというものだ。

     彼らは知らなかった。野暮ったい眼鏡を掛けた痩せっぽっちで貧相な子供が自分達を滅ぼしかねない存在である事を。

     オンボロ寮の監督生が住み始めた部屋。監督生は一日中動き回って疲れてしまった。
     魔獣グリムはすでにベッドで大の字になって熟睡している。
     明日の準備も終わったしお風呂に入って寝ようと監督生は思いバスルームの扉を開いた。
     
     バスルームの脱衣場には大きな姿見があった。その鏡面がぼやけ揺らぐ。
     監督生はそれに気付かず制服を脱ぎ始める。姿見に住まう怪異はその者の心の内側を映す。どんなものか見てやろうとその瞬間まで、嘲りを浮かべていたのだが、

     ワイシャツがはだけ、素気のないキャミソールタイプのブラジャーに包まれた慎ましやかな膨らみを見て動揺した。

     ——まさか……乙女!!

    「ん?」
     姿見に異変を感じた監督生がジッと見つめた。眼鏡を外した瞳は平凡なアンバーから月色、黄金と次々に色合いが変わっていく。

     ——ひっ!?なんだ!この眼は……!?

     内側を暴かれる。隠しているモノが露わになる。姿見の怪異の核が剥き出しにされる。

     ——やめろ、やめて、見ないで、暴かないで。

    「いやっっ見たくないっ」

     だが、悲鳴は監督生からも上がった。彼女は眼をキツく瞑ってしゃがみ込んだ。

    「いやいやいやっお母様、お父様、おばあ様たすけて……見たくないの、こわい……いやっ」

     その悲痛な叫びに姿見の怪異は痛みを覚えた。彼は元々ある令嬢の婚礼道具として造られた存在だ。

     ——レディには笑っていて欲しいのです……。

     令嬢が婚礼の直前病に倒れそのまま儚くなり、彼は令嬢の無念が取り憑いたと噂された。

     ——違います。あの子はそんな子ではなかった。

     様々な者に売り買いされて気付くとこの学園にいた。怪異達が住むここは居心地が良かった。この静かな生活を守りたかった。

     ——レディを泣かしたくはないのです。

     怯える少女を見て、姿見の怪異は決意する。

     黒衣の貴婦人を呼び寄せると彼女は泣きじゃくり怯える少女を見て事態を悟った。

     ——私を割るのは後にして欲しい。この子を守らねば。

    『全く先走りおって……部屋に下がっていろ。レディ、眼を開けずにいて欲しい。私はここに住まう者だ』

    「……だあれ?」

    『仲間達からは貴婦人と呼ばれている。君は?』

    「わたくしは……だあれ?思い出せない……どうして……?」

     虚な少女を見て貴婦人は舌打ちをしたくなった。あの道化者、こんな状態の少女を一人放置するなど何を考えている?
     白衣の男が整えてなければこの寮だってもっとボロボロのままだったろう。

    『あの道化め……今度この寮に足を踏み入れたらいじめ倒してやろう』

     貴婦人は少女の服装を整えてやり、そっと身体持ち上げるとあまりの軽さに衝撃を受けた。

     腕の中で少女は眼を必死に瞑って痛々しい表情だった。

     貴婦人は彼女の使っている部屋のドアを手に開けさせて、呑気に熟睡する魔獣をソファに移動させた。
     ベッドに横たえると彼女はボンヤリとした表情で眼を開けた。
    「あ……」
    『っ』
     
     彼女は貴婦人を見て花の様に笑った。小さく唇が「お母様」と動いた。
     貴婦人の胸は潰れた様に痛んだ。そのまま寝入ってしまった少女は汗をかきこのままでは風邪を引いてしまうだろう。
     少し悩んだが、手や真っ黒に命じてタライに湯と身体を拭く布を用意させ、貴婦人は彼女の身体を拭き清めた。

     恐ろしく小さく痩せた身体だ。傷がない事にホッと息を吐く。
     地味で安っぽいパジャマ着替えさせてやり、短い髪を撫でると彼女はふにゃりとくすぐったそうに笑った。

     貴婦人は少女の身体に掛布団をしっかりと首元まで覆うと、部屋を出た。後ろに控える真っ黒に一言告げる。
    『夜会を開く』
     真っ黒は静かに頷くと準備に向かった。

     3階には怪異達が集まり、着飾った怪異達は銘々好みのグラスを手に取り、雑談に興じていた。

    『やあ!貴婦人、本日も麗しいね』
     裏購買の亭主である伊達男が気障ったらしい微笑みを浮かべて貴婦人の手に口付けた。

    『それで?本日の名目は?』
     ニンマリと微笑みながら縦に裂けた瞳孔を光らせる伊達男が貴婦人に問い掛ける。
     貴婦人はスッと息を吸って朗々と宣言を行った。

    『この屋敷に新しい住人が来た!私はあの子の庇護を宣言する!手出しは無用!』

     鮮烈な言葉に怪異達からざわめきが生まれる。

    『なんと!!中々【良い眼】を持っている様でしたのに!』
    『しかし貴婦人と敵対するのはうまくない』
    『おや、そんな少年が?』
    『ご存知ない?数日前からここに住み始めた痩せっぽっちの子供の事ですわ』
    『ああ!入学式で騒ぎを起こした?』
    『どうも、あの子は我らをはっきりと認識しているらしい。魔法も使えない様だから、眼を欲しがる者達もいたが……』

    『貴婦人。あの子は少女だね?』
     伊達男の一言に怪異達の間に沈黙が降り、そして一拍を置いて動揺が走る。

    『なんと!!このNRCは伝統ある男子校だぞ!あの烏は何を考えている!?』
    『何かあってからでは遅いんだぞ!』
    『この学園の生徒は悪童揃い。そんなケダモノ共の中に魔法も使えない娘を置く気か?』
    『……信じがたい……理事長は何をしている?放任主義にも程がある!』

     怪異達は元々人間であった者も多い。彼らにとって男子校に少女が一人などと云うのはとても受け入れ難い話だった。

    『あの子の眼は我らにとって致命傷にも福音にもなるだろう。忘れていたモノを思い出す事にも忘れていたかったモノを思い出す事にもなる。故にここに協定を結びたい』

    『協定だと?』
    『そうだ。あの子は魔法も使えず非力な少女だ。そしてあの眼。奪い合いになれば大きな災いになるだろう』
    『それは……よくないですね。今は湧きの時期です』
    『うむ。ただでさえ場が荒れやすい。む!あの少女を学園外に追っ払えば……』
    『それは許さん。あの子は異世界からこちらに攫われ、身内も後ろ盾もない状態だ。帰るにしろこの世界で暮らすにしろ、まずは生活基盤を作らねばならない。その為にもこの学園で学ぶのは良い事だろう』
    『しかし、少女を置いて置くのは……』
    『あの子がこの学園にいる事を望むのであれば私はあの子を庇護しよう。この事はあの子には私から説明をする。良いな?不要な接触は我が名に於いて禁ずる』
     傲慢ともいえる宣言であるが、彼女の実力を考えれば妥当であろう。
     賢者の島の【彷徨える貴婦人】。濃霧の夜に出現すると言い伝えられる世界的に有名な怪異である。
     見た者は必ず発狂して死亡すると謂れる彼女。古い時代からこの島共にある格式高い怪異。あの小娘手を出せば、普段はあのオンボロ寮に家臣と共に引きこもって出てこない彼女が本気を出すと言っている。

    『よろしいでしょう!あのお嬢さんとの対話はその内に、という事で』

     落ち着かない怪異達ににこやかな伊達男が話を纏める様に言った。
     それを聞いて怪異達も些かの不満を残しつつ、頷いた。

    『で?何が望みだ』
    『やだなぁ。そんな怖い声を出さないで下さい。私の小鳥の様な心臓が縮み上がってしまいます』
     貴婦人の刺すような視線を物ともせずいけしゃあしゃあと伊達男がわざとらしい仕草をする。
     貴婦人は内心滅ぼしてやろうかと思いつつも、この男の有用性も理解しているから黙って話を聴く姿勢をとった。
    『あのお嬢さんと話をさせて貰いたいなぁと思いまして、ね?』
    『……今はまだ許可出せん。もう少しあの子の状態が落ち着いたら場を用意しよう』
     貴婦人の言葉に伊達男は手を叩いて喜んだ。
    『それで構いません!では日程が決まりましたらご連絡を』
    『分かったからさっさと帰れ』
     しっしっと手を振って犬にする様に追い出したが、笑顔のまま伊達男は去って行った。
    『さて……あの子にどう説明するか』

     貴婦人から話を聞いた少女は最初はぼんやりとしていたが、話すにつれて目が輝き知性と鋭さが目覚めるようだった。
     記憶が蘇るにつれて彼女は麗しい令嬢になって、いや、戻って行った。

     かくしてオンボロ寮には貴婦人と御令嬢が一緒に暮らすようになったのだった。
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