花見「桜綺麗ですね理人様ー!」
「そうだな」
「桜と理人様……凄く儚げに見えますわー!」
「……」
またコイツは……と言いたげな顔をしている理人と、そう思っているとはつゆ知らず、興奮したように話す九子がいるのは、桜で有名なスポットである公園だった。公園と言っても、敷地は広く、その広い敷地にはたくさんの桜が植えられている。毎年桜で有名になるこの公園には、花見目的の人で溢れるほどだった。理人と九子が来た頃は満開だったため、あちこちで弁当を食べながら花見を楽しんだり、お酒を飲む人。そして屋台なども出て賑やかだった。
花見など行く気がなかった理人だったが、九子が行きましょう! や、お弁当作りますわ! と決まってもいないのに話が進んでしまい、今に至る。九子の手には作ってきたであろう弁当の包みが握られていた。
「座るところ探さないと……」
「……こっちこい」
「理人様?」
理人がひょい、と九子の持っていた包みを片手に持ち、もう片方の手で九子の手を握ると、スタスタと歩く。これ程にない人の多さ、座るところを探すのか大変かと思いきや、理人が着いた先には人があまりいなかった。座るところも丁度よく桜の真下が空いていた。
「こんな所あったんですね……! きゃー! 理人様と二人きり……。手も繋いでしまいましたわー!」
「情報屋やってるならこのくらい知らないとな。おーい、早く意識戻ってこーい」
相変わらずの九子に呆れつつ、理人はレジャーシートを広げつつ、荷物を置く。九子もいそいそと包みを広げて弁当を出していった。中身をみて、理人はすぐに気づいた。自分の好きなおかずしか入っていない事に。そしてふと、卵焼きに目がいった。卵焼きを一切れとった時、九子があっ、と声を出す。
「ん?」
「あ、えーと……それから食べますの?」
「食べるけど」
「そ、そうですのね……」
「いただきます」
そう言って口の中に入れ、食べた。口の中で広がる甘さ。自分が甘い卵焼きが好きなのを理解しているんだな、と思いつつ、果たしてそれを九子に言った覚えがあっただろうか、なんて考えてしまう。さっき九子が歯切れが悪かったのは、おそらく、この卵焼きを失敗したとかだろう。これなら失敗に入らないような気もするけどな、と理人は思っていた。
「美味しい」
「ほ、ほんとうですの……?」
「俺が嘘つくと思うか?」
「お、思いません!」
九子の手料理は懐かしい味がする。もうこの世に居ない母の味と違うのだが、食べる度にそう思うのだ。母以外の、手料理を食べた記憶が思い出せないからそう思うのだろうか。母と九子を比べる気は無い。例えるなら、母の手料理は懐かしい思い出となっていて、九子の料理は、これから知っていく新しい味なのだろう。
「この唐揚げ、この前のより味が違うな。醤油じゃないんだな……?」
「これは塩唐揚げですの!」
「塩唐揚げ……こういうのも美味しいな」
「きゃー! 理人様に褒められましたわー!」
「人が全く居ないって訳じゃないからなお前……」
こちらを見てくる人の視線を横目で見つつ、理人は箸を進める。食べる度にニコニコと笑っている九子を見る、勝手に進められた話だったが、弁当を作るのは大変だっただろう。今日は付き合ってやるか、と思いつつ食べた。
弁当を食べて暫く桜を眺める。いつもは事務所の窓から眺める程度だったが、ヒラヒラと桜の花びらが舞っていく様子は儚く綺麗だった。九子は、桜と理人様が云々、と言いながら写真を撮っている。ふと、九子が理人を読んで遠くの方を指さす。
「理人様! あそこの桜も綺麗ですわ! 人もいなさそうですし……」
「桜なんてどこも一緒……」
そう言いつつ、目線を向けた先の桜を見て理人は固まる。九子が気づいてないのは幸いだったかもしれない、と。その先の桜は、確かにどこかここ周辺の桜と違う気がする。九子は綺麗と表現したが、理人からしたら、どこかおぞましさを感じ取った。あの桜は、自分らを喰おうとしている。そう、直感が働いた。理人は九子の腕を掴む。
「理人様? どうされましたの?」
「……さっきの所でパフォーマンスあるんだってよ、そっち見に行くか?」
「え! そうなんですの?」
「あぁ、曲芸師のショーがあるんだってよ。あと手品とか……」
「いいですわね! なら片付けて行きましょう!」
九子は嬉しそうにそう言うと、片付け始めた。これでなんとかなった、と理人は思いつつ一緒に片付けをし、九子の手を握ってその場を去る。そして、九子に気づかれないように後ろを向いた。相変わらずのおぞましさを感じる、それに負けずに睨みつけボソリと呟く。
「コイツに手出すな」
「凄かったですわね! 興奮しましたわ!」
「いつも興奮しているのは俺の気のせいか?」
夕方、パフォーマンスを見終わった二人は桜並木をゆっくりと歩く。夕方になっても人の多さは相変わらずだった、夜桜を目当てにまた人が多くなるだろうな、と理人はそう感じた。あの後、自分の知り合いの祓い屋である四季に連絡をとった。早急に祓いに行くと言っていたため、もう安心だろう。
「それにしても……理人様は凄いですわ……あんな綺麗な桜の場所知ってたなんて……」
九子はうっとりしながらそう言った。理人は少し考えつつ、ポツポツと話す。
「……仕事で知ったんじゃない。……あそこは、母さんの思い出の場所なんだ。母さんから教えてもらった」
「理人様の?」
「あぁ」
九子にどこまで言っていいのか迷い、言葉を選ぶ。実の所、あそこが教えてもらった時と変わってなくて安心したのだ。ただ、あんなおぞましい一部を除いては。
「理人様のお母様……素敵な人なんでしょうね……」
「……そうだな、素敵な人だったよ」
「……理人様……?」
母のあの顔を思い出してしまう。思い出の場所だ、と綺麗に笑った母の顔を。あの時が、母と行った最後の花見だったのも思い出す。今日は母の事ばかり思い出す日だ。けれど、不思議と虚しさはなかった。黙り込んだ理人を心配そうに見つめる九子。いつもだったらグイグイと来るというのに、理人は薄らと笑ってしまいそうになる。
「……ま、今度聞かせてやるよ、母さんの事。それよりも、夜桜まで見るんだろ? 一旦荷物事務所に置いていくか? 少し休んでから夜行くか」
「理人様と夜桜……ロマンチック……きゃー!」
「おーい、返事をしろー」
理人は呆れつつ、桜の花びらが舞い降りる並木を歩いた。