琥珀は何も音もない空間で起きた。起きてすぐにわかる、ここは夢だと。最近は見るのが減ったが、あの母親の夢だと。わかった瞬間顔を歪めてしまう、そして背後から聞きたくない声が聞こえた。声と言っても、それは言葉になっていない。いや、本当は言葉を発しているのかもしれないが、琥珀の耳では聞き取れない。もしかしたら、聞きたくないがための防衛反応かもしれない。本当はその場から逃げたいというのに、琥珀の足はまるで鉛のように、何か重しでものっているかのように動いてくれない。
そうしているうちに琥珀の細い首に冷たい何かが触る。細い指、大きくもない手、そして伸びた爪。嫌でも母親の手だと分かってしまう。琥珀の耳元で何か呟きながら手に力を込めようとする、恐怖で震えてしまった。母親と会わなくなってもう何年というのに、こうして夢で縛られている。もう痛まないはずの右腕があの時傷つけられたように痛み出した。思わず右腕を握りしめ目をつぶった。逃げたい、怖い、目を覚ませ、覚めて、誰か──。
「ぐっ……!」
突然お腹辺りに蹴られたような衝撃で目が覚めた琥珀。お腹をさすりつつ息が出来なかったからか軽く咳き込みながらゆっくりと起き上がる。相当うなされていたのか汗をびっしょりとかいていた。その隣ではリインが気持ちよさそうに寝ている。今日はリインが泊まりに来ていたのだ。リインは子供のため琥珀と一緒に寝るのが泊まる時のいつものパターンだ。だが、リインは寝相が悪く。こうやってリインの足で蹴られたりする。だが、今日はその寝相で助けられた。
「……」
リインに毛布をかけ、寝顔を見ながらぼぅと見る。自分の大好きな物語の主人公、リインの「オレが、いるだろ!」の言葉に何度も救われていた。母親からのあの恐怖から何度も、何度も救ってくれた。そして今も救われた。
「……リインはいつまでも俺のヒーロー……。……ありがとう」
「……んー……オレが……いるだろ……んん……」
「……はは、寝言でも言ってる」
そっとリインの頭をなでる。リインのおかげか、いつもだったら薬を飲むのだが、飲んでいないにも関わらず呼吸も落ち着いていた。汗で気持ち悪くなってしまったため、風呂に入ろうとそっと音を立てないように起きて部屋を出る。部屋を出たあと、軽く深呼吸をする。リインにこんな姿をみせてしまったら心配されるのだろうなと思いながら、先に水を飲もうとキッチンへとゆっくり歩いた。