報告などのために創務省に来ていた琥珀、いつも琥珀のそばに居るフレイと、ついこの前顕現したリヒトは着いてきておらず、自宅で留守番を頼んでいたため一人である。影の中に琥珀の"もう一人のバディ"である彼を除けば。何度来ても創務省独特の空気には慣れず、早く帰りたいと思うほどだ。特に自分の作品を検閲されているあの時間はとても長く感じ、早く終われと願うほどに。
そしてその報告も終わり、早くこの息苦しい空間から出ようと急いで足を運ぶ。急いでいたからであろう、誰かにぶつかってしまった。
「あっ……!」
相手の声が聞こえ、カラン、と軽い音と液体が床を濡らす。だがそれよりも、琥珀は慌てて相手に怪我がないかと相手にかけよった。相手は自分より身長の低い、髪を結んでおり十代半ばといった少年に見えた。少年はざっくばらんの前髪から覗いた目で琥珀を、そして視線を落として琥珀の服が濡れていることに気づいて慌てて土下座をし始めた。
「す、すみません……! お許しください……! 命だけは……!」
「え、ちょ、おい……!?」
まさか服を濡らしただけでここまで謝れた事がなく、琥珀は慌てて少年に声をかけたが、少年は琥珀の声が聞こえていないのか、先程の言葉を繰り返すだけだった。流石にここで土下座はやめてほしい、と願いつつ声をかける。
「大丈夫だから、俺がよそ見してた。怪我してないか? 立てるか?」
「すみません……命だけは……」
少年は泣き出したのか鼻をすする音が聞こえる、琥珀は慌てた様子でハンカチを取り出すと少年の涙を拭く。ふと、床を見ると先程飲み物で濡れていた床がいつの間にか綺麗になっており、空のコップも見当たらない。もしかして、と思いつつ琥珀は少年に優しく声をかけた。
「落ち着いたか?」
「うぅ、すみません……あれ……床濡れてない……? 綺麗になってる……?」
「あ、えーと……それよりも立とうか。ここで座りっぱなしは危ないから」
「あ、すみません……でも貴方のコート濡れてしまって……クリーニングに……!」
「いい、少ししか濡れてないから」
大丈夫だと何度か言ったのだが、少年はどうしてもと言うため仕方なくコートを脱いで少年に渡した。そこまで気にしなくていいのだが、と思いつつ相手の名前を聞いた。鶉と言った少年は創務省に務めているという、必ず返しますと言って頭を下げ立ち去って行った鶉の背中を見る。
コートがないせいか、身体が少し軽いような気がした。琥珀はあたまをかきつつも、床やゴミを綺麗にしたであろう"彼"になにかしないと、と思いながら創務省を後にした。