君に、伝えるよ 真っ白な世界にポツン、とディリーは立っていた。明かりはなさそうにみえるが、不思議とこの空間は明るかった。ディリーは今いるこの空間は夢なのだろうか、なんて思いながらゆっくりと歩く。誰かいるかもしれない、なんて思いながら。
コツ、コツ、とディリーの歩く音だけ虚しく響く。音も聞こえないのだ、音も、なにか物もないこの空間。寂しいな、なんて遠く思う。
すると、誰か座り込んでいるのが見えた。その後ろ姿でディリーはすぐに分かる、鶉だと。鶉はディリーに気づくことなく、小さく縮こまるように座り込んでいた。鶉の周りには無数の窓があったが、外の風景は真っ暗で何も見えない。ディリーはそっと、近寄る。
「鶉?」
ディリーの声に聞こえていないのか、鶉は顔をあげない。近づいて分かったが、鶉の周りにはなにやら紙が散らばっていた。紙にはなにも書かれていない、真っ白な紙だった。
「鶉、聞こえる? 鶉?」
鶉にそっと触れるディリー、鶉は触れられてかゆっくりと顔を上げたが、瞳にディリーが写ってないかのような、そんな瞳をしていた。ポロポロと涙を流している鶉。その涙をぬぐい取るようにディリーは触れる。
なんて目をしてるのだろう、ディリーは胸が激しく痛む。鶉はもっと痛んでいるのだろうか。鶉は目を伏せるとまた顔を埋め、泣き出す。
何に対して泣いているのか、ディリーは分からなかった。鶉は何も言わない、まるで、聞かれるのを拒んでいるかのようにも見えた。
ディリーは、鶉の手に自分の手を重ねる。
「鶉、君の声をきかせて。僕は、受け止めたいんだ。君の言葉、君の心の内を」
ディリーの言葉が聞こえたからか、またゆっくりと顔を上げる鶉。鶉はゆっくりと口を開く。
「……息を、するだけでやっとなんです。自分のせいだって、ずっと……」
「……」
なんて悲しい声だ、なんて痛い言葉だ、とディリーは泣きそうになる。一体、この子は今までどんな風に生きていたのか、ディリーには想像できなかった。だって、自分は人間ではないのだから。作り物の、存在だから。けれど、鶉の事を考えることは出来る。
自分という存在は、琥珀の願いで出来ているのだから。そしてその願いは、自分も同じように、鶉を救いたいと思っているから。
自分には、何ができるか?
「……鶉」
ディリーは、優しく鶉の手を握る。
「鶉、君のせいじゃないよ。そんなに、自分を責めないで。息をするのが難しいのなら、僕が息をしやすいようにするよ。……鶉、僕の目を見て?」
ディリーは優しくそう微笑む、ふと、先程まで真っ黒だった外の風景がほんの少しだけ、明るく見えた。まるで、夜明けの空みたいな風景に。
もしかして、鶉の心境に変化が訪れたのではないか、と。
すると、なにやらオレンジ色の暖かい光がディリーと鶉の前に現れた。とても暖かく、ディリーはそれをまるで琥珀の認知に似ている、なんて思った。なんて優しい光だろう。それを優しく受け止めると、鶉に差し出そうとする。
「……触れてもいいですか」
鶉は涙を流しながらディリーに聞いた、答えは、ひとつしかない。
「……いいよ。これは鶉が、持つべきものだよ」
ディリーはそう微笑んで、鶉に渡そうとして───。
パチリ、とディリーは目を覚ました。いつもの部屋で起きたが、ディリーは自分が泣いていることに気がついた。ポロポロ、とあの空間で泣いていた鶉のように。
鶉のあの苦しい思いをヒシヒシと伝わったからか、胸が苦しく、泣くのが止まらない。ディリーはしばらく泣いた後、決意したように顔色を変え、部屋を出る。
「琥珀」
「ディリーおはよう……どうした?」
琥珀はリビングでコーヒーを飲んでいた、ディリーの普段と違う様子に怪訝な顔をして近寄る。目元をそっと触れられた。泣いていたことがわかったのだろう、心配そうな顔をして冷やしてくれた。
「ディリー、どうした? 何か嫌なことがあったのか……?」
「……違うよ、嫌なことじゃない。胸が苦しくて。……ねぇ琥珀、便箋ある?」
ディリーの言葉に琥珀は拍子抜けするような顔をした。そして待ってろ、と声をかけられ引き出しをあける琥珀。いつも整頓しているからか、すぐに見つかったのか白いシンプルな便箋をもってきた。
「あるけど……これでいいのか?」
「うん、頂戴」
「いいよ、はい」
琥珀は何かを察してくれたのか、優しくディリーの頭を撫でて笑ってくれた。ディリーは部屋に戻ると、椅子に座り手紙を書く。まさか、手紙を配達する自分が手紙を書くとは思わなかった。けれど、書かずにはいられなかった。いや、書かないといけない。これは、鶉をあの真っ白な世界から、色のある世界へと連れ出すために。自分が、ずっとそばに居るから、と。
そう、書き出しは───。
『親愛なる、鶉へ』