ラーメン 琥珀は八重に連れられて繁華街を歩く。自分に一本取れたから、とお祝いでお昼をご馳走すると言われ、創務省を出て、今に至る。どこに連れられるのだろうか、なんてぼんやりと思いながら琥珀は先程のことを考えていた。
あの八重から一本取れた、それは現実とは思えなくて、夢なんじゃないかと。けれど、実際に八重が握っていた木刀を飛ばしたのは琥珀自身だ。
だが正直、あの時は無我夢中だったため、どうやって一本取ったかあまり記憶にない。あの時は、八重が反応するより速く動かなければ、と考えて、そして、八重の木刀を飛ばしていた。
それを使いこなして、没を討伐すれば、いずれ創の手がかりが見つかるかもしれない。
「琥珀くん、着きましたよ」
八重から声をかけられ琥珀は店の外観を見た、その店はラーメン屋で、いかにも老舗、といわんばかりの店がまいだった。赤い暖簾をくぐり、中に入る。中に入ると食欲をそそるようなスープの香りが鼻に入る。店主は体格のいい男性だった、どこか怖い印象を受けたが、八重をみてニカッ、と笑う。
「おー! 八重また来たのか! ん? そこの若いのは?」
「店主さん、また来ちゃいました。彼ね、僕のお弟子さん」
「あ、どうも……灰野琥珀です」
「ほーん? 八重に弟子ねぇ? 明日槍でも降るんじゃないか?」
「ちょっと」
苦笑いする八重とうってかわって、豪快に笑う店主。八重から教えてもらったが、この店主は元創務職員だったという。昔怪我をして、色んなことがあり辞めてラーメン屋を開いたと。まだ免許は持っているらしい。それを聞いて後で店主の作品を見せてもらおうかな、なんて思った。
そして、弟子という言葉に琥珀は思わず照れていた。胸がどこかくすぐったく、顔が赤いかもしれない。カウンター席に座った八重の隣に座る琥珀。コートをどうしようかとキョロキョロ見回すと、店主から教えてもらい壁にかかってたハンガーを借りて、そこにかけた。
「僕いつもの、琥珀くんどうします?」
「え、えっと……」
琥珀は壁にかかっていたメニューを見た、あまりこういったお店に行かないため、どうしようかと迷う。少し悩んで、店主に聞いた。
「あの、八重さんがいつも頼んでいるのは……?」
「ん? 豚骨の麺硬めだな。なんだいあんちゃん、同じにするか?」
「そうですね……俺もそれで。あ、麺は普通で」
「はいよ!」
そう言って店主はラーメンを作り始めた、作りながら店主は話し始める。
「いやぁ、あんたみたいな若いのがねぇ。それにしても、あんた変わった格好するんだな。そのコート、あんたにはサイズが大きいだろ」
「……あ、えっと……」
琥珀は言いにくそうに口を閉じた、琥珀の態度を見て八重は店主に苦笑いをする。
「あー、えっと、でも似合ってるでしょ? 琥珀くんに」
「……なんだ、訳ありだったか」
「……あはは、相変わらず鋭いや」
八重はお冷を飲んでさてどうしようか、と考えていた。店主は八重の表情と、黙り込んでしまった琥珀の反応を見てすぐに分かったのだろう、先程の笑顔から一転、真面目そうな、いや、どこか心配そうな顔をする。
すると、琥珀が口を開いた。
「……あのコートは親友のものです。……親友は、没討伐の時に姿を消しました。……周りは死んだって言うけれど、俺はどうしても……生きてるって……」
ぎゅっ、と琥珀は自分の腕を掴む。生きてるって信じてる、その言葉が出なかった。すると、黙っていた店主は話し始めた。
「がはは! そんな泣きそうな顔すんじゃない! あんちゃんがそう言うんだろ? なら生きてるさ。なんなら見つけた時連れてきてくれ! だからそんなしけた顔するんじゃない」
「……!」
琥珀の驚いた顔を横目でみた八重は、どこか胸を撫で下ろす。何も心配するようなことでもなかった、この人は、こういう人だ。
すると、ラーメンが出来たのか二人の前に置いた。湯気が立っており、美味しそうなラーメンだ。八重は嬉しそうに割り箸を割ると、ラーメンを啜る。
「相変わらず美味しいですね」
「まずい日なんてないからな!」
琥珀も割り箸を割ってラーメンを啜る。豚骨なのに油ぎとくなく、どこかさっぱりとしており食べやすい。
「……おいしい……」
琥珀が微笑んで言うと、店主は笑って言う。
「俺が作ってるからな! 八重の特訓なんてキツイだろ。しっかり食え、果たしたいことがあるならな! がはは!」
「店主さん〜、最後ので台無しですよ……」
初対面だというのに、琥珀に背中を押すような言葉を言ってくれた店主の言葉と、自分の言葉を信じてくれた八重の姿を見て、涙ぐむ琥珀。
「なんだ! 泣くほど美味しいか!」
「……はい……すごく美味しいです……」
「……琥珀くん、これからも頑張りましょうね」
泣きながらラーメンを食べる琥珀を横目に、八重は考えていた。あの時一本取った事を、あの時の琥珀の目は、気迫に満ちていた。今までの、どこか親友を見つけないと、という焦りの目でも、自分から一本取れなかった時の、どこか諦めに似た目でもなかった。
あの時の目は、必ず自分から一本取る、という何かきっかけを見つけた目でもあった。その目にどこか圧巻しそうにもなっていた、そして、現に琥珀は自分から一本取っていた。本人は無我夢中でしたようにも見えたが。
───この子、化けるかもしれない。
自分より低い身長、恐らく腕力も低いだろう。けれど、あの時のスピードは、この子を化かすきっかけになる。この子の成長が楽しみだ、と一人笑った。