コーヒーと共に 開店して数時間、外の天気は少し冷えているが晴れておりいい天気だった。開店する前に、水をやった植物の葉っぱについている雫がきらりと光る。珍しくまだ客は入っていない。たまにはこういうのんびりとした日もいいだろう、と経営者らしかぬ事を考えて、月は試作品のスイーツを見る。
月の出すコーヒーセットにはコーヒーと共にスイーツがつく。コーヒーお代わりの際、さらに追加料金を払うと別のスイーツが食べれるのだ。月の作るスイーツはそこらの菓子店より美味しい、一人で経営しているため、数は作れないが、人気メニューの一つだ。
苺がよくスーパーなど並ぶようになったため、苺を使ったスイーツがキッチンの作業台に並ぶ。定番のショートケーキ、苺のムース、苺のタルト、小さなパフェ。どれも美味しくできている、全部採用してもいいだろう。
だが、月は腕を組んで考える。別に今作ったスイーツに不満がある訳では無い。悩んでいる事の一つに、多くの数を作れないのだ。先程言ったように、人気メニューだ、最近注文も多くなった。仕込みはするが、一人でやりこなすのが難しい。かと言ってバイトを雇うのは……なんて頭をかく。
そんな事を考えていると、扉が開き、来客を伝えるベルの音が耳に入る。月はカウンターに行って相手の顔を見て思わず眉を顰める。
「……いらっしゃいませ」
「そんな嫌そうな顔しないでよ」
そこにいるのは古金映李───エリーだった。荷物をちらりと見てまさかな、と嫌な予感が頭をよぎる。エリーは原稿に詰まると月のカフェに行く。だから嫌な予感が過ぎったのだ。エリーは近くの席に座るとコーヒーを頼んだ。月はコーヒーを淹れてテーブルに行くと、思わず顔をひきつらせた。
案の定、というか、エリーが原稿を広げていた。ただの漫画の原稿ならいい、どうみても、言葉では出せないような内容だったからだ。いかがわしい、と言った方があってるのだろうか。エリーはコーヒーがきたことに嬉しそうに笑ったが、月は頭痛を引き起こしながら大声で言う。
「個室があるからそっち行けバカタレが!」
「やー、こわーい」
そう言っていそいそと原稿を集めて個室の所に行く。月の店内には席数は少ないが、個室がある。無免の人がたまにそこに行き原稿作業をするからだ。もちろん、無免以外の人も自由に使える。月は苛立ちをなんとか押さえつつ、奥の少し広めな個室へとエリーを案内する。
「……コーヒーおまたせしました」
「ごめんねぇ、ありがとう」
そう言って原稿をすすめるエリー。月は呆れたようにため息を吐くと一旦個室を出た。月は少し考え、キッチンに行き先程の試作品をお盆にのせて、またエリーの所へと行った。
「あれ、頼んでないけど……」
「試作品だ、食ってもいい。原稿手伝おうか」
「え、いいの? お客さんは?」
「今日は客の入りがゆっくりだからな、来るまでだ」
そう言って原稿が汚れないように少し離れたところにお盆を置くと、腕まくりをして手を差し出す。原稿を寄越せ、と口には出さなかったはエリーは渡してくれた。
月はエリーの原稿を見る、内容はいかがわしいが、エリーが才能に満ちている事はよく知っていた。星と同じ分類の人間だ。才能に恵まれなかった、自分とは大違いだ。羨ましい、なんて汚い感情が芽生えそうになる。
つまらないことを考えてしまった、なんて月は思いながらペンを持つ。