秘密の夜を共有した二人は、静かに身を寄せ合って朝を迎える。
『秘密』と言うだけあって、空が白み始めた頃、晶は一人自室へと戻っていく。眠っているオーエンを起こさないように静かに、一言声を掛けて。
けれど、この日はいつもと様子が違っていた。眠っているオーエンの髪に恭しく触れたかと思えば、そこから覗いた白い頬に口付けを落とす。一度だけならまだしも、頬から瞼、額へと、餌を啄む小鳥のように唇は場所を変えた。
「……しつこい」
何度目かの口付けの後、布団で顔を覆い隠すようにして、オーエンが身動いだ。常ならば、晶はここで身を引くのだけれど、そうはしなかった。まるで、逃げられることもわかっていたかのように、布団の上からオーエンの頭を撫でて、向けられた背に声を掛ける。
「外、明るくなってきましたね」
「……早く戻れよ」
「もう少し、いたいです」
背を向けたままのオーエンに、晶にしては珍しく、素直にはっきりと、ここにいたいと言った。オーエンにとって、自分の場所や時間を誰かと共有したり、占拠されるようなことは、手に掛けるには有り余るほどの理由になることを、晶は理解している。
それでも、近頃はこういったことを素直に言うようになった。秘密の夜を共有することで、ほんの少しだけ、信頼が生まれているのだろう。
「……いつもはこんなことしないくせに」
向けられた背から漏れた言葉は、聞き逃してしまいそうになるほど小さかったけれど、晶の耳にはしっかりと届いていた。
それが、少しだけ寂しげで、拗ねた子供のようで、布団ごとオーエンを抱き寄せて、くるりと方向を変えれば、困惑した瞳がかち合う。
「おい、なにす……ん、む」
こういうとき、多くは語らずに何かを言いかけるオーエンの口を塞いでしまうのは、晶の悪癖だ。時と場合が違えば、それはオーエンの悪癖になる。お互いに、これ以上言葉はいらないと言う代わりにそれを塞いでしまうということは、良くも悪くも似たもの同士ということだ。
そうして交わす口付けは、次第に激しく、深く絡み合っていく。絡み合うのは唇や舌だけではなく、繋いだ手も、足も、絡み合って解けないように、まるで、二つを一つにするかのように、二人は夢中で貪り合う。仕掛けるのがどちらでも、それは変わらなかった。
そして、先に音を上げるのはいつだってオーエンであった。上がるはずのない心拍数を全身で感じて、呼吸すらままならなくなる。潤んだ瞳を隠す余裕もなく、見つめてくるその瞳が、晶はとても好きだった。
まだ足りなくて、一度離れた唇を重ねようとすると、オーエンの手がそこに押し当てられた。まるで、飼い主のスキンシップを拒む猫のように、オーエンは目を細めて不満を訴える。
「もうおしまい。寝る」
オーエンは瞳を涙で揺らめかせたまま、淡々と言葉を紡ぐと、頭から布団を被って完全に潜り込んでしまった。
「……おやすみなさい」
すっかり顔が見えなくなってしまったオーエンに語りかけて、晶は静かにベッドから降りる。そうして一人分軽くなったベッドは、なんだか心許ない気がして、オーエンはちらりと晶を盗み見た。
すると、それに気付いた晶は身を屈めて、唇の触れるだけの口付けをして、頬を撫でた。
「名残惜しい朝もあるんですよ。俺にだって」
その言動が予想外だったのか、瞬きを繰り返して固まるオーエンに、晶はにこりと微笑みかけて、もう一度「おやすみなさい」と言い残して部屋を後にした。
部屋に一人残されたオーエンは、枕に顔を埋めて、処理しきれない出来事を打ち消すように呟いた。
「賢者様のくせに、生意気」
それが晶に届くことはないけれど、届いたとしても、晶はきっと笑って受け止めてしまうのだろう。
一方で晶は、部屋に戻る道すがら、強気に迫りすぎてしまったかと、少しだけ自分を省みる。それでも、名残惜しい気持ちがあったことは本心なのだから、せめて胸を張って歩こうと、まだ寝静まる魔法舎の中を静かに進んでいった。
生まれた場所も、育った環境も、生きてきた時間さえも、何もかもが違う。けれど、求め合う心だけは、同じものを持っている。
それが本当の二人だけの『秘密』