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    sgmy_koko

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    sgmy_koko

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    南条光ちゃん素晴らしい新曲とこだわりの詰まったMVおめでとうございました。 
    光ちゃんのためのお話ですが、モブ語り手が9割関係ないことを喋り続けています。 2023-7-6

    #南条光
    nanjoLight

    ホープデリバラー來仁 寂しい夕食の賑やかしにとテレビの電源ボタンを押すと、過飾気味のごちゃごちゃした画面に判を押したような複数人の笑い声が流れ出した。この時間帯によくある芸能バラエティーだ。舌が回る中堅の芸人司会者が、番宣に来たらしい若い女優の若干たどたどしい語りを受けては返し拾っては投げと忙しそうに立ち回っている。低い雛壇に並んでいるのは若手芸人や話題の動画配信者、知らない顔ばかりだと思っていたら国民的アーティストや有名声優なんかも混じっている。画面端を見れば「特撮特集!今夜限りの激アツトーク」なんて文字が踊っていた。そういえばこのアーティストは数年前のニチアサ系ドラマで歌った主題歌が話題になっていた。見ているわけではないからタイトルは忘れてしまったが、曲は私でも知っている。なんだかキャッチーなサビが頭から離れなくなるのだ。
     何が十品目なのか分からないがとにかく十品目は何かが入っているらしいサラダのトレー蓋をひっぺがえそうと躍起になっていると、画面向こうの話題は最近見ている作品から好きな特撮ソングへと移っていた。司会者の背後にある大きなスクリーンが調査方法の分からない「名曲人気ランキング50」を映し出す。50曲。それだけ出てくるならば、あの曲も入っているかもしれない。
     開かないトレーを放り出してテレビへにじり寄ると、41位から50位までがずらりと並んだ画面に切り替わった。下から順に発表というわけでもなくただ並べられたタイトルと作品名の中に、探す曲は無い。続いて31位から40位、やはり無い。食卓に戻りつつ一応次の表も確認したが、まあ予想通りだった。
     ランキング発表が中断され、ゲストたちが思い思いの曲を取り上げて話しだす。世代故に作品を当時見ていた、歌詞がアツい、イントロが天才、エトセトラ。私は特撮ファンではないし、幼い頃も熱心に見ていたわけではないから内容が分からない。ついでに言うと邦楽は聞くが歌詞は少しシニカルだったりする方が好みなので、特撮ならではのアツさだの真っ直ぐさだのもよく分からない。やっぱりそういう感じが大勢に好まれるんだろうか。王道らしいものが。


     ホープデリバラー來仁、という作品があった。小学生の頃に見ていた数少ない特撮ヒーロードラマだ。既に特撮といえば綿々と続く超有名シリーズ達を指すような時代になっていて、そのどれでもないホープデリバラーは周囲でも見ている子が殆どいなかった。何かの番組内企画だったのかもしれない。
     放送後に一時期VHSで発売され、私はそれを当時親に買ってもらったり自分で揃えたりで全巻所持しているのだが、DVD化はされておらず、現在見られるのは動画サイトに違法アップロードされている数話分だけである。違法な上に回も飛び飛びでストーリーは把握できそうにないが、把握できたとしても今更人気が出ることはないだろう。
     ぶっちゃけ物語はつまらなかった。時世の影響か全体を通してどことなく薄暗く、社会派なエピソードが多い。大人になってからも何度か見返したのだが、大筋のストーリーも定まりきらずなあなあで終わり、印象は短編集に近かった。映像やキャラクターに特徴があるわけでもなく出演俳優は大成する前に引退、しかし見るに堪えない駄作というわけでもなく、総合点星五つ中二つ半といった風情で、新規ファンが生まれる見込みは限りなく低い作品だった。
     テレビの中では既に11位〜20位のランキング発表(ここからは一曲ずつ順番に発表していく方式に変わっていた)が済んでいて、声優の男性がランキング第12位だった曲の独自分析を披露していた。なんでも、OPでは流れない二番Bメロの歌詞が本編折り返し辺りでの敵ボスが抱える思いを表しており、それは一番Bメロでの主人公の思いと対比になっている、とか。成程、ストーリーが絡むことで単純明快に見える歌詞でも意味が深くなるということか。
     止まらない彼の話を半ば遮るように司会者が前列の一番端に座っていた少女に話題を振った。少女は前の話を引き継いでそのタイトルについて熱く語り出す。私は話を聞き流しながらすっかり冷めたご飯を口に運んだ。せっかく温めたのに。


     ホープデリバラー來仁の主題歌は、タイトルそのまま「ホープ・デリバラー」という題名だった。歌詞では固い決意を力強く唱えているが、所々に仄暗い表現や後ろ向きな言葉が混じり、明るい曲調に合わせて朗々と歌われるメロディーもどこか空元気に聞こえた。歌曲としては少し古いザ・普通の特撮主題歌という感じで、別に悪くないのだが耳にも残らないというテーマソング的には残念な仕上がりであった。
     それでも二十年以上、頭の片隅で流れ続けるこの曲が私は好ましかった。最早刷り込みに近かった。あまりにも脳内で流しすぎていてCDを持っていないことに大人になってから気付き、廃盤になったそれを中古で買い求めた。配信は無かった。
     初めて聴いた二番以降の歌詞は、それまでの空虚なパズルを鮮やかなピースで置き換えていくような、そんな心地がした。前半で歌われた理想と現実を掘り下げ、想いと希望で昇華していく。なんという王道、なんという真っ直ぐさ。何度も何度もリプレイして、高らかなテノールを耳に染み込ませた。空元気なんかじゃなくて、清濁全てをすくい上げて守る覚悟を歌った曲だった。キャッチーさや覚えやすいフレーズなんてこの曲には必要無かった。
     ふいに、ホープデリバラー來仁のとある放送回を思い出した。本編の後半、折り返してすぐ辺りの回だったと思う。毎度それなりに人を助け事件を解決していた來仁が、救済を成し遂げられなかった回。
     原因は彼自身だった。救うべき相手は手を伸ばせば届くところにいたのに、來仁が意欲喪失していたせいで間に合わない。彼は自分の失敗にショックを受けその後数話引きずるが、突然気持ちも新たに以前のように人助けを再開する。その心の変化などは描かれず、そんなだから評価もいまいちなのだろうとは思うが、もしかすると本編の補完をこの主題歌でやっていたのかもしれない。いや、曲が先に在ったのだから、あの作品は本来そういうテーマを描くつもりだったのだろう。
     好ましいどころではない、今更ながらあまりにも衝撃と感動を覚えた私はとにかくネットを漁った。誰か、同じようにあの作品と歌に心動かされた仲間を。未だ來仁を思い出の中に住まわせている同志を。


     もう番組の内容は殆ど頭に入ってこなかったが、そもそも賑やかしのためにテレビをつけただけなのでそのまま放ったらかしにしていた。ご飯もおかずも半分以上減っていたが、電子レンジの中に味噌汁を置き去りにしていたのを思い出して取りに向かう。
     味噌汁のラップを剥がしながら、もうあの曲を、あのタイトルを自分以外の口から聞くことは無いかもしれないなと考えた。私が出会ったものがたまたまあの作品だっただけで、あの程度の感動は世の中にたくさん転がっている。そもそも自分が來仁のファンと言えるのかも怪しい。VHSは結局数回しか見ていないし、覚えの悪い私は主題歌も所々あやふやでフルを口ずさめたことが無い。CDの存在も長年すっかり忘れていたのだから、本当に好きな人に失礼な気もする。そんな人が、存在していればの話だが。
     特撮オタクを名乗るブログをいくつも回ったが、ホープデリバラー來仁に触れている記事は数える程しかなかった。あっても内容紹介やパッとしない評価ばかりで、一番詳しいネット記事がウィキペディアといった有様だ。例のアップロード動画もほんの数分で目を通せるコメント数で、「昔見てた気がする」「懐かしい」なんて内容ばかりだった。思い入れのある人は私だけなのだろうか。私だけがずっと來仁を待っているのだろうか。
    『……、この歌を贈るよ!!』
     いつの間にかスタジオが簡易なステージになっていた。歌える出演者が特撮ソングのカバーを披露するコーナーのようだ。
    『來仁を待ち続けてきた人達に!』
     画面の向こうでスタンドマイクの前に立つ、少女と目が合った。





     前も後ろも人、人、人。前に並んだ小学生、低学年くらいの少年が合体ロボのおもちゃを振り回して何やら決めゼリフを唱えている。ぶつからないよう少しだけ後ずさった。整理券と、買ったばかりのCDを落とさないようしっかり掴み直す。リュックの中には予約注文で買ったものがしっかり入っているのだが、会場の雰囲気でそういうルールなのかと思い先ほど販売ブースで買い直してしまった分だ。
     アイドルファンである友人に「この子のサイン会に行きたい」と言ったら、瞬く間に何から何まで手配してくれた。同じサイン会に参加する別のアイドルが友人の推しだったらしい。申し込みから行き方から心得から丁寧に指南され、何だかんだで共に行くことになった。その友人は離れた別の列に並んでいるため、私は一人緊張と不安で黙りこくったまま賑わう人々に流されている。なんだか私だけ場違いな感じもする。
     本当に視覚的にも私は浮いているようだ。私の並ぶこの列だけ三分の一程が子供で、また何故か赤色を身につけている人が多い。目立つまいと全身黒のシンプルな服装で来てしまったから、逆に目立つようになってしまった。友人には不審者かと揶揄されたし、スタッフには警戒されているのか訝しげな目で見られている。
     一人ずつ持ち時間があるのか、列は思ったより早く進み、私の番は直ぐに来た。前の少年が机に置いていたロボを抱え、親に手を引かれながら例の決めゼリフを叫ぶ。ポーズ付きでそれに合わせて返した彼女が、私に向き直ってニッと笑った。
    「すまない、待たせたな!」
     今日は来てくれてありがとう、サインはそのCDケースでいいかと続ける彼女に、ほぼ何も返せないまま両手でCDを渡す。頭の中で最初の一言が谺している。
     豪快なペン捌きであっという間にサインを書き上げた彼女は、キュッとキャップを閉めるとCDを渡した姿勢のまま空中に揺れていた私の片手にそのケースを差し込み、もう片方の手を握った。
    「今日は来てくれてありがとう! アタシの新曲、沢山聴いてくれよ! ……どうしたんだ? 大丈夫か?」
    「あ……え、と……!」
     目の前の小さな輪郭があっという間にぼやけて、変に力の入ってしまった顎が震える。恥ずかしくなって下を向くと、黒いスニーカーに向かって水滴が落ちていくのが見えた。
     顔を上げると、彼女は眉を吊り上げていた。気持ち悪がられたかと一瞬不安になったが、一度涙を落としてクリアになった目でよく見ると、それは怒りの表情ではなく、真剣に私を気遣う顔だった。私だけを真っ直ぐ見ている。
     どうにも涙が止まらなくなり、頬を拭いたかったのだが、彼女は握った手を離してはくれなかった。
    「…………ら、らいとを、」
     何とかこれだけは伝えたいと、声を絞り出した。
    「ずっと來仁を、待ってました、ありがとう……!!」
     やっぱり前は見えなかったが、その小さな手からは想像もつかないような力が込められたのを感じた。
    「ああ、アタシは來仁にはなれないけど……でも、來仁を大好きなアタシはずっと、ここにいるからな!」
     持ち時間が終わってしまった。そのまま來仁について語り出そうとした彼女をスタッフが二人がかりで引き剥がして、私はブースを後にした。
     合流した友人が良すぎて泣くだの良かったけど疲れただのコラボ眼鏡買うか悩むだの言うのを右から左へ聞き流しながら、私は手に残る力強い感覚を何度も何度も思い返していた。


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