■ 手のひらの温度 雪が降る頃になると最新設備で建設された早乙女研究所とはいえど流石に整備エリアなどのだだっ広く外に繋がる場所は暖房も追い付かず冷え込んでくる。
片隅に出された大きなストーブ(これすらもゲッター線を動力にしているらしい)に整備班へとミチルから持たされたお茶の入ったヤカンをかけて、寒暖差に身を震わせた隼人は今にも冷えきってしまいそうな長い指をそっと擦り合わせた。何か羽織って来るべきだったと思いながら手をかざした円筒状のストーブには誰が持って来たのか缶コーヒーなども置かれている。そんな様子は冬の教室の片隅も思い起こさせて彼はふと笑みを浮かべた。確かにここはガレージにも似たような場所で飲食物の持ち込みなどにそこまでうるさくはない。そのうち体育会系のメカニック達の誰かが干し芋や餅を炙り出しても驚きはしないが、早乙女博士かこの区画の責任者の怒号が飛ぶのはいただけない。などと思いながら辺りを見渡す。
広い整備エリアでは綺麗に洗われたゲットマシンやコマンドマシンが照明を反射しながら並んでいる。金属を加工するような作業音を背景にちらほらと人の姿はあれど目当ては見つけられず、隼人は歩み寄った深紅のイーグル号へ向かって声を張り上げた。
「リョウ、いるのか!?」
「呼んだかい、ハヤト?」
隼人の声に応え、ゲットマシンの内部からひょっこりと竜馬が顔を出した。私服の上にフライトジャケットを羽織り、片手にはゲットマシンのマニュアルが握られている。
ゲッターロボのパイロットとなってから半年を過ぎ、師走も近かった。日頃の整備に加え、緊急時の応急修理などもできなければパイロットは務まらないと学校の勉強の間にゲットマシンやゲッター線について学んではいるが、取り分け竜馬は熱心だった。いつか聞いた時「そりゃあ、三人揃って生き延びたいじゃないか」と、笑って返した彼はリーダーという自覚も相まって生来の真面目さを発揮していた。実際、それで三人が助かった場面もあった。
元より、三人でなければ満足に動かせない機体なのだ。彼がリーダーであることに反感を持ち意地を張ってはいたが、その責任感や生真面目さ、武蔵とは違いそこまで親しくはなかった自分にも変わらず寄せられた信頼に、自分よりも彼がリーダーに向いているとは隼人も早くから理解していた。
思い返しながら近寄って手を当てた真紅の機体はひんやりと冷たく、今は静かに戦いの時を待っているように隼人は感じた。いつかこの戦いが終わり、本来の目的通り、宇宙へ飛び立つ日は来るだろうか。三人で。
そうして見上げていれば、ハンカチで手を拭いながら降りてきた竜馬が隼人の隣に並んだ。
「ハヤトはイーグル号に乗りたかったかい?」
「……いや、俺よりお前の方が似合いだよ」
隼人が横目で見やって返した言葉にふふっ、と笑みを浮かべた竜馬が同じように手を伸ばし触れた深紅の機体を見上げながら「そうかな」と呟く。
助けを求める人間や時には敵にさえ分け隔てなく向けられるものも、理不尽を前に苛烈な怒りとなって表れるものも、その根は結局明々と世界を暖かく照らし燃える太陽のような彼の気質によるものだろう。
「そうさ」とだけ返して、隼人は金属の冷たさとは裏腹に温度さえ感じそうな赤い色から指を離した。嫌いでは無い色だ。私服のシャツに選ぶくらいに。けれど、この機体は自分のでなくていい。どうにも棘を抜かれてしまったような感覚がこそばゆく、しかし嫌では無いのだから絆されたものだと自嘲をいつものような口の端の笑みに変えて、隼人は竜馬に声を掛けた理由を伝えた。
「ミチルさんからお茶を持たされたし、ひと息着くといいぜ。あっちにかけてある」
「ああ、それはありがたいな。上着を着てはいるけどやっぱりあまり動かないでいると寒くて。ハヤトもそれじゃ寒くないか」
「正直こっちに来る途中で部屋から上着取ってくりゃ良かったって後悔したぜ」
並んで歩きながらそう言って肩を竦めれば、自然とその手を取られて驚きに隼人の足が止まる。目を丸くしていれば一歩先に出た竜馬が振り返り首を傾げた。
「どうした?」
「いや、そりゃあ、こっちの台詞だぜ、リョウ」
軽く腕を動かして主張するがしっかりと握られた手は離されなかった。じんわりと伝わる体温は温かく、冷え切った指先が痺れるように熱くすら隼人には感じた。むず痒さと面映ゆさを持て余して顔まで熱くなりそうだと思うが、見返した先の当の竜馬は事も無げな様子のまま口を開いた。
「ん、ああ、冷たそうだなって」
ハヤトの指は白くて長いから、ただでさえ冷たく見えるんだよなぁ。やっぱり冷えてるじゃないか。
そう言いながら握り直された手が優しく、しかし力強く引かれ、隼人は苦笑した。これだから、と。
「ほら、早く行こうぜ」
「……手は離してくれよ、子供じゃねえんだからよ」
「いいじゃないか、寒いんだから」
「そんなの理由になんかなりゃしねえよ」
「ならいいさ、俺が繋ぎたかったんだから」
ふふ、とまた楽しそうに竜馬が笑う。ストーブまでの短い距離の間、その温もりはそこにあった。