■ 八月十五日今年も浅間高原の空は綺麗に晴れていた。
数ヶ月前、皆が集まり今年は敵に目標とされる心配もないと賑やかに鯉のぼりを掲げた場所も今は水を打ったように静かで、周囲から聞こえてくる蝉の声だけが響いている。
そんな中で夏休み中の元気に付き合っているラジオ体操が始まる前にと、早乙女博士から半旗の掲揚を引き受けた隼人と竜馬の二人がロープに旗を括り付けていた。
朝日に目を細めながらガラガラと音を立てて青空に旗を掲げ半分まで降ろせば、夏とはいえこの時間であれば肌寒くすら感じる高原の風が、青の中に浮かび上がらせるかのように日の丸の旗を靡かせる。
「そういや、半端に降ろすのはなんなんだ?」
「半旗って言ってな、弔意を表すんだとよ」
へえ、と感心するような声を上げて空を見上げる竜馬を横目にロープを片付け、隼人は自分もその横に並んだ。
今や表立って明確に政府と関わりがあるこの研究所では、それ以前の設立当時から早乙女博士の方針によりこの日に半旗を掲げているという。
八月十五日。終戦記念日。
ほんの数ヶ月前、その主張と一方的な侵略に「植民地主義の復活」「選民思想の亡霊」などと世界各国で騒がれた恐竜帝国や百鬼帝国との戦いは彼ら――人類の勝利という形で幕を下ろしていた。
日本の有するゲッターロボが未曾有の世界的危機を食い止めたという事は、各国からの支援を受けるに充分な理由ともなった。反面、強大すぎる力ではあり、いまだゲッターロボとゲッター線研究を巡っての交渉は続いている。
二年あまり複雑な気持ちで見上げた半旗とこの日を、今年は終わったのだという安堵と感慨をもって迎えることができるのはどれほど幸いだろうか、と隼人は朝風に髪を遊ばせながら思った。
自分達に未来を託し先立ってしまった武蔵がいれば、どれほど良かっただろう。竜二をはじめとする数々の犠牲も。「もしも」など叶いもしない夢想と知っていて、そう思う事は止められなかった。
……焦土と化した土地も失った命も蘇る訳では無い。けれど、これ以上の犠牲は出ないはずだ。
そして、失われたものを無為にしないためにも、まだ自分にはやるべき事がある。
「戦没者を追悼し平和を祈念する」と共に自分にはそう確かめるような日だとも、隼人は感じていた。
「……俺らは勝ったから良かったけどよ、三十年前の親父達や早乙女博士はどんな気持ちだったんだろうな」
不意に耳に落ちてきた声に目をやれば、竜馬が真っ直ぐに空を見上げていた。他意は無く、純粋にそう思ったのだろうとはその目を見ればわかる。
自分たちが産まれるより前に起きた戦争の事は、よく知らない。そこに生きた人達の気持ちも。が、それが起きた事自体が過ちだったのではないかとは、戦場を目の当たりにしてからは尚更に思うようになっていた。
「……俺たちとは事情も違うからな。なんとも言えねえよ」
必要ならば自分では好きではない「わかったフリ」もするが今は必要も無いと、隼人もやはり素直に思うところを口にすれば、ぱちぱちと竜馬が目を瞬かせた。
「俺もわかんねえな」
ニッと笑って返された言葉は口にしてもいない自分の考えへの同意のようでもあった。
生まれも育ちも異なり、ゲッターロボのパイロットとならなければ出会うこともなかっただろう自分達は不思議と、時々よく似ていた。
あの失ったものも数多い過酷な戦いの中で、自分たちの生きる権利、未来以外に得たものがあるなら。
隼人はふと頭をよぎったそんな考えに、傍らの戦友を見る目を細めた。
「俺らの戦いが終わった日も半旗あげたりすんのかな」
「早乙女博士ならやるかもな……けど、俺はわざわざ国をあげての祝日にはしてくれない方がいいね。一年に一回でいいよ、こういうのは」
増えねえ方が、起きない方が良いよ、ああいうのは。
ああ、そりゃあ、違いねえや。
二人並んで見上げた空に、風は血や焼け跡のにおいなど含まぬまま吹き抜けてゆく。
願うならば、遥か彼方まで、これからも、そうであればいい。
今なお、叶わぬ願いと知りながら、隼人は空を仰いだ。
「おっと、そろそろラジオ体操が始まっちまうぜ、隼人」
「戻るとするか……あ、武蔵に持ってく花どうする」
「あいつなら花より団子じゃねえか、弁当多めに作ろうぜ。どうせ弁慶が食うだろうしよ」
「作るのは俺たちだから、そりゃいいがよ」
「わかった! 飾り切りで弁当に花入れりゃ良くねえかキュウリとかのあったろ」
「お前それ俺が前見せた奴じゃねえかよ、やれってのかよ、今から」
「まだ六時過ぎだし」
「お前も手伝うんだろうな」
「自慢じゃねえけど握り飯とか簡単なのしか知らねえ」
正午。
早乙女研究所を望む小高い丘の小さな石碑の前、揃って黙祷する三人の姿があった。