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    @kusaka_Cage

    二次創作腐字書き | 雑食 | 落書き未満置き場 | X:@kusaka_Cage | Bluesky:@cage42k.bsky.social

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    布はち/ぐら○あーとキャラデザオマージュ/なんいゃってうさみみファンタジー/進捗見て見て早漏マン

    #腐らみちお兄さん
    #布はち
    clothPocket

    時は金なり時々恋なり賑やかな中心街の大通りから、ひとつ、ふたつ路地を入った先。まばらな楡の木立の中に、その茶屋はあった。
    名目上の店主は裏道だ。四季折々の菓子や茶を見繕い作るのは池照が、力仕事は兎原が、細々とした裏方は兄であるみつ夫が、飴色をしたアンティークのテーブルや椅子を置いた店内をくるくると給仕して回るのは詩乃が勤める、ちょっとちぐはぐで、不恰好で、なのになんとなくしっくりと廻って、日々寂しくないくらいの客入りのある、そんな茶屋だった。
    はち太自身はというと、兄の後ろにくっついていって時折店に顔を覗かせては、みつ夫が担っている小麦や果物の仕入れを手伝ったり、その帳簿をつけたり、あるいは詩乃とともに給仕をしたり、池照の隣で助手のようなことをしたり。その時々で手のたりない仕事を少しずつ、そしてたまに失敗したりしながら手伝って過ごしていた。
    本当は、父が書いてくれた手紙を持って大通りに程近い大きな大きな喫茶店に行き、父の古くからの知り合いだというその立派な店のコック見習いになったのだけれど、どうしてなかなかうまくいかなかったのだ。そうして、結局は兄にくっついてこの茶屋をあれこれくり回すのを微力ながら手伝っている次第である。
    春、雪の降る故郷からひとり街に出てきたはち太は、夏の始まる頃から兄の後についてまわり、この小さな茶屋で過ごす時間が増えた。夏の盛りには、みんなと一緒に店を盛り上げてる気がして楽しくて。そして暑さが過ぎ去ってあちこちの葉が、紅に黄金に染まりだす頃、初めて彼にーー布隅に、出会ったのだ。



    「これはまた…ずいぶん可愛らしい店員さんが、新しく増えたんだね」
    秋色に染まる木立の中。そう声をかけてきた男の深紫の髪色が、まるで一足早い冬の夕暮れを伴っているように見えたことを、はち太は今でもよく覚えている。
    看板を出している表構えと真反対の勝手口だ。裏手に回ってくる客はほぼいないから、一体全体誰なんだろう。傍らの井戸、きんと冷えた水で玄関扉の嵌め硝子を拭いたばかりの雑巾をすすいでいたはち太は、耳の先から爪先までその男を、おどおどと眺めるしかできなかった。
    街では特に珍しくもないーー故郷の海の村では観光客がしているのしか見たことのないーー淡い色付きグラスの眼鏡の奥で、三日月型になるくらいに細めた双眸。朝と晩はもう息が白むくらい寒いのに、薄鼠色の着物を大胆に襟を抜いてはだけさせ、胸元には髪とよく似た色の墨で星が彫られている。その軽薄そうな表情と相俟って異質な…少なくとも、これまではち太の身の回りで見かけたことのない性質の持ち主であろうことが、伺えた。
    「あ、あの…お店はまだ、やってないんです」
    故郷の訛りが出ないようたどたどしく応じながら、はち太は雑巾をきゅうと握りしめ、店で1番背の高い池照と同じかそれ以上の上背がある彼の顔を、上目遣いに見ながら答える。兄のみつ夫やはち太と同じ漆黒、けれど自身の折れ気味の垂れ耳とは違うすらりと真っ直ぐ伸びた立ち耳が、傾いだ小首に合わせてひょろりと揺れた。
    「ううん、大丈夫。お客じゃないんだ、裏道お兄さんいる?それか、木角」
    「え、あ、2階に…き、昨日の夜から」
    「!…ああ、ふぅん。じゃあまだ描き終わってないのか」
    ああ見えて裏道は絵を描く…本人は本当に乗り気ではなくて嫌々描いているのだけれど。池照はそれを温かく見守ってるし、街の中心部で大きな商売をしている木角が悪態をつきながらもそれを買い取っていくのが、一つの季節のうちに一度か二度てんやわんやと繰り返されているのだ。
    「あの、うらみちお兄さんの絵の…ファンの方、ですか?」
    木角の名前と、木角に責め立てられて夜な夜な部屋に篭らされて筆を取る裏道のことを知っているらしい言葉に、はち太がそう尋ねるたけれど彼はくすりと笑うだけだった。
    「違うよ、木角の同業者…みたいな?」
    俺も絵を売ってるんだ、と続けて、彼は袂から立派な革の小物入れを出した。そして品のいい革小物の中からそれはそれはまた美しい、光沢のある墨色の紙片を差し出してくるものだから、はち太は条件反射のようにして受け取って視線を這わせる。
    「が、…ぬ、…?」
    「"画廊 布隅"ね」
    街の北の方、静かな一等地に小さな画廊を構えているらしい彼は、布隅冬作と名乗って、にこりと笑う。
    「絵だけじゃなくて、壺でも石でも水でも、いいなって思ったものはなんでも買うし、売る」
    言って、布隅は腰を折るようにしてはち太の顔を覗き込んだ。秋の朝、肌寒さの勝る冴えた空気の中で、彼の纏う甘い香りがはち太の赤らんだ鼻先をふわりと掠める。
    「君も高く売れそうだよ、どう?俺に買われない?」
    眼鏡越しに間近に見えた三日月型の瞳が、殊更愉快そうだ。
    「でも、あの、えっと」
    鼻梁の先が触れそうなほど近く。つくりものじみた笑顔を貼り付けた布隅の冬の夕暮れみたいな色の髪や、きらきらと朝陽を反射する眼鏡の縁や、頬骨がはっきりとわかる引き締まった顔の形や、首にくるりと沿って刻まれた墨の色を、くるくると忙しなく瞳を瞬かせて眺めながら、はち太は。
    「布隅、さん…の方がすごく綺麗だからきっと、高く、売れると思い、ます」
    言ってから、なんだかとても失礼なことを口走ってしまったんじゃないかと。はっと口元を両手で隠そうとしたはち太を、布隅は細めていたはずの瞳を大きく丸めてそして。
    「ふっ、あは!あはははッ」
    木立にこだまするくらいの声で、笑ったのだ。
    作りものめいた表情から一変して、くしゃりとした笑顔は真っさらで。だけどその声は、姿形と同じ、綺麗な音のままで。
    そんな布隅を見ていると、不思議なくらい胸がどきどき脈打ち始めて、なんだかとんでもないことが始まりそうな気持ちになって、変わらず握ったままでいた布巾を、はち太はまた一層きゅうと握りしめたのだ。
    どうしてだか分からないけど、はち太の一言で涙が出るほどに笑った布隅がやっと呼吸を整えてから、「ねえ、裏道お兄さんが降りてくるまで、待たせもらっていい?」と尋ねてきた。そういうことなら、と店の中、入口に程近いテーブルへと案内する。眩しげな顔で頬杖をついた布隅が、掃除に戻ろうとするはち太の割烹着の裾をちょい、と指先で摘んで引いた。
    「店員さんの名前は?」
    「へ?え、あ、はち太です。熊谷、はち太」
    「ふぅん、はち太くんか。ねえ、はち太くんを買わせてよ」
    「…えぇ?」
    「言ったでしょ、俺はいいなって思ったらなんでも買うし、売るんだよ」
    売るとか買うとか…繰り返される布隅のその言葉は本当なのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか。布隅の纏う空気からは、真も嘘も分かりづらくて、なにか答えようとする声が口の中でつい、もごつく。布隅の人形めいた出立ちを、美しいと思う自分の気持ちは本当なのだけれど。
    閉じたり開いたりする唇とともに、癖のようにして傾げた小首に合わせて黒色の耳がいつも以上に垂れおちる。はち太の揺れた耳の先を面白そうに眺めてから、布隅は頬杖をつき直して微笑んだ。
    「はち太くんの時間を、俺に買わせてよ」
    そんな、買ったところでどうするんだろう。ただ、兄の後にくっついて回るしかできない自分のことなんて。思ってけれど口には出さず、布隅の考えることもその言葉たちの意味も分からないままで、はち太は促されてすとんと向かいに腰掛けたのだ。
    裏口から井戸へ向か雨たまに出て行った弟がいつまで経っても戻ってこないことを訝しんだみつ夫が、布隅を見つけるまでの間。彼はただただ、他愛もないことを、けれど街に来てようやく半年経つはち太にとってはとても面白おかしい話を、いくつも続けてくれて。
    そしてこの朝の風景はいつの間にか、開店前のいつもの風景にまでなっていった。
    ひょこりと店の裏手から顔を覗かせた布隅がはち太の肩をひょいと抱き、ある時は井戸の傍らで、ある時は扉のすぐ側で、ある時は客を入れる前の店内で。布隅はただはち太を、伴い、隣り合い、あるいは座らせて、話をするのだ。最後にはいつもきちんと、チップのようにして紙幣を一枚渡してくる。布隅の言う通り、これは"時間を買っている"からとのことだが、ただ楽しくおしゃべりしてるだけのはち太にとってそれはひどく受け取りづらかった。
    一応名目上は木角の同業であり、裏道の作品の卸先にあたる布隅だけれど、はち太へ急激に接近したことを警戒し邪険にしはじめたみつ夫とは反対に、池照は2人の他愛もないおしゃべり姿をカウンターの中でのんびり開店準備をしながらにこにこと眺めていた。
    そしてある時、布隅の話に一生懸命相槌を打つはち太を優しく呼びつけて、店で使うまあるい木目のお盆に、ティーポットと二客のティーカップを乗せて渡してくれたのだ。
    「布隅さんに、どうぞお出ししてください。はち太くんの分はまかないということで」
    「おい、池照…!」
    店の様子に聞き耳を立てていた厨房のみつ夫から、すぐさま諌めるような声が飛ぶ。しまったという顔をしながらそれでも、えへへと誤魔化すようにして微笑み振り返った池照の顔を見て、兄はそれ以上口を開かなかった…むすっとした顔はしていたけれど。
    渡された盆の上のティーポットと兄の顔とを見比べ、おどおどしていたはち太にすぐまた向き直った池照は安心させるようにしてにこ、と華やかな笑みを浮かべた。
    「お茶をお出ししてお代をいただいてるって思えば、はち太くんも少し気が楽でしょう?」
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    @kusaka_Cage

    MOURNING池裏/「きみが羽撃く眩い季節の先で」の原型を考えてた時に打ち出したワンシーン/裏卒業コンサートに池が来てくれたら?という妄想袖からやってきたスタッフから受け取ったマイクを、彼が持っている。花束を抱えたまま未だぼんやりと佇んでいる自分の隣で、彼があの頃のように、マイクを持っているのだ。輝きに満ちた笑顔で、観客席を見渡して、聞き慣れたはずの曲のイントロが流れて会場が沸いた一瞬、こちらに目配せ。そしてウィンク。馬鹿馬鹿しいくらいに気障なその仕草が、どうしてこんなにも似合うのだろう。
    「一緒に」
    ーー"歌って"
    声が入らないように囁かれてはっとする。インカムタイプの自分のそれ、癖で確認した腰の機器はきちんとオールグリーンだった。それでもまだ、並んで立っていることを夢でも見ている気分でいる自分の唇は戦慄くだけだった。
    歌い出し、何度も聞いた彼の歌声が。音の始まりも言葉の始まりも明瞭で高らかな聞くものを魅了する歌声が、ホールに響き渡る。またより一層観客が沸いたその瞬間、歌い続けている池照が手を差し伸べてくれた。
    子供みたいに、胸が高鳴る。
    あの日死んだはずの想いがまた、芽吹こうとしている。
    ーーほら、はやく
    短い間奏、また唇だけで囁かれるから。
    「っ……」
    花束を右の手で抱えなおす。そうして左の手を、あの日伸ばせなかっ 673

    @kusaka_Cage

    MAIKING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/短い/宴の最中に捕まえるシーンのみその夜催された宴でも、煌びやかに着飾った年頃の娘達と幾人も引き合わされ、熊谷にとってはくだらないとしか思えない話を聞かされ、心底うんざりとしていたのだ。「夜風に当たりたい」と言ってやっとその場を辞して広間を後にし、遠く回廊の灯だけが差し込むテラスへ出る。オアシスの緑に囲まれ夜闇に沈んだ東の宮が見えて、このまま自室に帰ってやろうかとすら思った、その時だった。‬
    ‪視界の端を掠めた、白い人影。「あ」と小さく声をこぼして立ち去ろうとした姿。声を聞き間違えることも背中を見間違えるわけもなかった。
    「池照!」
    「まって、だめです…!」‬
    ‪掴んだ手首に引っ張られて、頭から被っていた白布が翻る。光沢のある象牙色の上衣、細くくびれた腰の濃紺の絹紐、月を溶かしたような淡い金色の宝飾が、波打つ黒髪と白色の首筋に掛かっていて、恥じらうように俯いたからしゃらりと涼しげな音色が奏でられた。
    「ごめ、んなさ…ちがうんです、ちがくて…」‬
    ‪なにを謝り、なにに言い訳をしているのか。そんなこと、今の熊谷には関係ない。ただ、ただ一言を伝えたくて、口を開いた。‬ 471

    @kusaka_Cage

    MOURNING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/服をあつらえてくれる話王の午後の政務というのは、政の報告を受けたりとか書き物机に向かって書簡に署名をしたりとかそういったものが大半なようだった。それゆえ、執務室に篭っていることがほとんどだ。もちろん外遊に出たり忍んで市政に降りたりすることもあるけれど、大半の日々の午後というのはそうやって過ぎていくから、池照は池照でやはり、女中と二人細々とした掃除や洗濯をしたり、竪琴を爪弾いたり書物を読んで日がな過ごしていた。
    だから、昼食を共にしたその日。さて、ひと通りのことを終えてしまって今日は夜まで何をして過ごそうと考えたところで、女中から「王がお呼びです」という声がかかった時にはその珍しさに驚いたのだ。昼日中、政務に忙しいはずの彼が自分を呼ぶ用向きとはなんであろう…思い当たる節がないまま、通されたことも片手で足りるほどの執務室の前までやってきた。脇に控えていた近衛兵が、慇懃無礼に扉を開けてくれる。
    記憶が正しければ、そこには確か、正面に遥か北方の大陸から運ばれたという大きな書き物机があって、左右の壁には種々の決まりごとや法に関する書簡や書物が大量に詰め込まれていたはずの、飾り気のない彼の"職場"だったはずだ。けれどど 2808

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    @kusaka_Cage

    MOURNINGぽい試運転/熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/すべての発端/雰囲気でどうぞ「こんなに遠くまでやってきたのは初めてです」

    夜風に揺れるランプのさやかな灯りに、美麗な横顔が照らされる。
    夜伽の意味すら分かっておらず小首を傾げていた青年にすっかり毒気を抜かれた今、2人は広い寝台の上、揃って寝そべっていた。ぽつりぽつりと語らう声は低く、甘く、美しい。
    「父は、あまり外遊や外交などはしてこなかったので」
    「…ふぅん」
    彼が語る父とやらはもういない。その首を撥ねて晒すことに特に反対をしなかったのは王である自分だ。手を下したのは、やたら血の気の多い百人隊長だと聞いている。手柄を讃え、褒美をたっぷりとらせた記憶は新しかった。
    そんな。
    親の仇が寝そべる隣、怯えるでも命乞いをするでもなく、媚びるでもなく、潔く受け入れるでもなく、彼は凪の川面のような穏やかな表情で、同じく体を横たえていた。形の良い双眸は、まるでオニキスの宝玉のようだ。美しい装飾品じみた、長い睫毛に縁取られた瞳が懐かしさに眇められている。
    「川を下って、荒野より先の砂漠に出たのすら初めてなんです。一面の砂の世界で、夜は寒かったけれど…故郷の森から見上げる星空とは比べものにならなかった。広く砂しかない土地では、星 2412

    @kusaka_Cage

    MOURNING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/いまいち噛み合わない王様と捕虜王子様の夜の過ごし方のはなしあなたは俺を風のようだと言う。
    灼熱の中、蒼穹を疾り抜ける一条の風のようだと言うけれど、俺はあなたの月になりたい。毅然と玉座に座る真昼を経て、ひとり窓辺で憂える夜のあなたを寄り添うように照らす月になりたい。
    あなたは俺を鳥のようだと言う。
    美しく囀り、広げた翼で砂丘を越えていつか見た海へまで飛んでいってしまいそうだと言うけれど、俺はあなたの花になりたい。愛しいあなたの胸に、枯れることなく永遠に咲き続ける一輪になりたい。

    召し上げられたあの夜以降、寝台の上で語らう日々が続いているけれど、最近宮廷の中でどうやら俺は皮肉を込めて"王様の金糸雀"と呼ばれているらしい。
    らしい、というのは回廊を渡りながら薄鼠色の噂話を漏らす宮仕えの役人達がいて、彼らはその回廊のすぐ脇にある水辺で、日中はお役目らしいお役目のない池照が女中を伴って、手慰みに竪琴を弾いていたことに気付いていなかったからだ。直接言われたわけでもなければ、競い合うように形も脈絡もない話を交わして歩き去って行った彼らが広い宮廷のどこに仕える誰なのかも分からない。だから、"らしい"としか言えない。
    弦に指を這わせ懐かしい故郷の曲を口ずさん 3044

    @kusaka_Cage

    MOURNING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/服をあつらえてくれる話王の午後の政務というのは、政の報告を受けたりとか書き物机に向かって書簡に署名をしたりとかそういったものが大半なようだった。それゆえ、執務室に篭っていることがほとんどだ。もちろん外遊に出たり忍んで市政に降りたりすることもあるけれど、大半の日々の午後というのはそうやって過ぎていくから、池照は池照でやはり、女中と二人細々とした掃除や洗濯をしたり、竪琴を爪弾いたり書物を読んで日がな過ごしていた。
    だから、昼食を共にしたその日。さて、ひと通りのことを終えてしまって今日は夜まで何をして過ごそうと考えたところで、女中から「王がお呼びです」という声がかかった時にはその珍しさに驚いたのだ。昼日中、政務に忙しいはずの彼が自分を呼ぶ用向きとはなんであろう…思い当たる節がないまま、通されたことも片手で足りるほどの執務室の前までやってきた。脇に控えていた近衛兵が、慇懃無礼に扉を開けてくれる。
    記憶が正しければ、そこには確か、正面に遥か北方の大陸から運ばれたという大きな書き物机があって、左右の壁には種々の決まりごとや法に関する書簡や書物が大量に詰め込まれていたはずの、飾り気のない彼の"職場"だったはずだ。けれどど 2808

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    MAIKING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/短い/宴の最中に捕まえるシーンのみその夜催された宴でも、煌びやかに着飾った年頃の娘達と幾人も引き合わされ、熊谷にとってはくだらないとしか思えない話を聞かされ、心底うんざりとしていたのだ。「夜風に当たりたい」と言ってやっとその場を辞して広間を後にし、遠く回廊の灯だけが差し込むテラスへ出る。オアシスの緑に囲まれ夜闇に沈んだ東の宮が見えて、このまま自室に帰ってやろうかとすら思った、その時だった。‬
    ‪視界の端を掠めた、白い人影。「あ」と小さく声をこぼして立ち去ろうとした姿。声を聞き間違えることも背中を見間違えるわけもなかった。
    「池照!」
    「まって、だめです…!」‬
    ‪掴んだ手首に引っ張られて、頭から被っていた白布が翻る。光沢のある象牙色の上衣、細くくびれた腰の濃紺の絹紐、月を溶かしたような淡い金色の宝飾が、波打つ黒髪と白色の首筋に掛かっていて、恥じらうように俯いたからしゃらりと涼しげな音色が奏でられた。
    「ごめ、んなさ…ちがうんです、ちがくて…」‬
    ‪なにを謝り、なにに言い訳をしているのか。そんなこと、今の熊谷には関係ない。ただ、ただ一言を伝えたくて、口を開いた。‬ 471