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    @kusaka_Cage

    二次創作腐字書き | 雑食 | 落書き未満置き場 | X:@kusaka_Cage | Bluesky:@cage42k.bsky.social

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    熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/服をあつらえてくれる話

    #腐らみちお兄さん
    #熊池
    bearsPond

    王の午後の政務というのは、政の報告を受けたりとか書き物机に向かって書簡に署名をしたりとかそういったものが大半なようだった。それゆえ、執務室に篭っていることがほとんどだ。もちろん外遊に出たり忍んで市政に降りたりすることもあるけれど、大半の日々の午後というのはそうやって過ぎていくから、池照は池照でやはり、女中と二人細々とした掃除や洗濯をしたり、竪琴を爪弾いたり書物を読んで日がな過ごしていた。
    だから、昼食を共にしたその日。さて、ひと通りのことを終えてしまって今日は夜まで何をして過ごそうと考えたところで、女中から「王がお呼びです」という声がかかった時にはその珍しさに驚いたのだ。昼日中、政務に忙しいはずの彼が自分を呼ぶ用向きとはなんであろう…思い当たる節がないまま、通されたことも片手で足りるほどの執務室の前までやってきた。脇に控えていた近衛兵が、慇懃無礼に扉を開けてくれる。
    記憶が正しければ、そこには確か、正面に遥か北方の大陸から運ばれたという大きな書き物机があって、左右の壁には種々の決まりごとや法に関する書簡や書物が大量に詰め込まれていたはずの、飾り気のない彼の"職場"だったはずだ。けれどどうだろう、開け放たれた扉の向こう側に広がっていたのは、緋色、瑠璃色、象牙色、黄金色、薄紅色に菫色…目に飛び込んできた色の洪水に、池照は息を飲む。
    それは全て布だった。色も様々ならば、素材も麻、綿、シルクに紗など様々。ありとあらゆる色と素材の布に部屋は埋め尽くされていた。その真ん中で数人と、あれでもないこれでもないと言葉を交わしている熊谷が、ぽかんと入り口で佇んだままの池照に気がついてちょいちょいと手招いてくる。
    「池照、こっち」
    「…どうされたんですか?これ」
    側仕えたちが足元にまで広がる布を避けてくれてようやく出来た道を辿り熊谷の側までやってきたけれど、その途端に彼が手にしていた空色の布を胸に当てられる。
    「服を仕立てるから、布の行商と仕立て屋に来てもらった」
    もう一つ、今度は縹色の麻布を肩にかけられた。上質なそれは毛羽立ちもごわつきもない。「ちょっと違うか」なんて呟いた王の横合いから、満月のような顔ににこにことした笑顔を浮かべた行商人が「こちらはいかがでしょう?」と海の色をしたシルクを差し出してくる。
    「あの、仕立てられるのは王のお召し物なのでは?」
    「なに言ってるんだ?お前のだよ」
    心底不思議そうに言われるけれど、その声色はこちらが使いたいくらいだ。「青も悪くないがしっくりこないな…別の色はないか?」とまた行商人を振り返る王の横顔に、池照は慌てて言い募る。
    「あの俺、今のもので十分です…!替えもいただいていますし、困っていません…」
    「普段使いなら十分だろうけどな…ああ、ありがとう」
    応じながらも熊谷がまた新しく差し出してきたのは、故郷の森を思い出させるような深い緑色だった。ふむ、と頷いた彼が、肩にその布を掛けてきて手で抑えるように示される。言われるがまま艶やかな緑の布地を当てた胸元に手を添えていると、もうひとつ更紗の布をあてがわれた。翡翠の宝玉をもっとずっと淡くしたような、きっと風の色が目に見えるならばこんな色だろうと思えるような、ほのかな色だ。重ねあわせられ、更紗織りの翡翠色に、深い森の緑が透けて覗いている。
    美しい色達だ。
    この国へ連れてこられてから目にするものといえば、烈しい太陽の黄金色、それに負けじと色を深める濃い空の色、そしてどこまでも続く砂丘の黄色。
    水辺に生える葦の色が揺れる柳の葉が、どことなく褪せて見えてしまうのはきっと、生まれ育った深い深いあの森の静謐な緑色を覚えているからだろう。
    ああそうだ、朝露に濡れる木々の葉は城の窓辺からの臨むとこんな色をしていた。窓を開ければ、瑞々しく涼しい香りが押し寄せて、森に抱かれた渓谷のせせらぎの音色が聞こえてきて。
    ああ、懐かしい…幼い頃から暮らし過ごしたあの森を思わせる緑に、まるで抱かれているみたいだ。こんな色を身に纏ってしまったら自分は。
    ーーーーーかえりたい、なんて。
    「よく似合うな」
    芯のある王の声、その満足げな声色に池照ははっと我に返る。
    茫洋と彷徨っていた視線をあげた先、満足げに頷く熊谷の後ろで、行商人もふくふくと笑いながら「ええ、よくお似合いですとも。さすがお目が高い」なんてしきりに関心していた。
    ああ、そうだ。ここは砂漠の国だ。痛ささえ覚える強く激しい太陽とどこまでも続く砂の国なのだ。
    「どうかしたか…?」
    「いえ……素敵な色ですね」
    「ああ、いい色だ。まるでお前のためにあるような色だな」
    「っ…」
    その言葉を、素直な賛同と受け取っていいのだろうか。数瞬の思考の旅路を見透かされた気さえする。いけない、今この身の全ては彼のものなのだ。亡国を憂い思う気持ちなど捨てなくてはならない…そうでなければ、いけない。
    手のひらに小さく爪を立てて、郷愁に滲みそうになった涙を懸命に堪える池照の体から、王の手によってその二種の布地はばさりと取り払われ、脇に控えていた仕立て屋にどっさりと渡された。
    「まずはこれで上衣を二、三仕立ててくれ。色や布の掛け方は違っていい。あともうひとつ、白か象牙色の布地でも同じように」
    彼の指示の通りならば、三、四着出来上がってしまうのではないか。戯れにしてもそれは賜りすぎる。「い、いえ!そんなには」と慌てて口を開いた池照を、熊谷は見向きもせず陽に焼けた腕で留めると、次いで仕立て屋にこんな命を下したのだ。
    「仕立ててもらうのは正装の衣だ、1番良いものを与えてやりたい」
    開き掛けた口が止まる。目を見張って、少し低い目線にある王の後ろ頭に視線を注ぐ池照を振り返って、熊谷は口元を緩めた。
    「あ、の…俺はそんな…そんな立派なものを賜っても、着ていくような所が…」
    「着ていくような場があるから、誂えるんだよ」
    わさわさとあれやこれやと布を当てられて乱れてしまった池照の、波打つ黒髪を整えてやりながら彼は告げる。
    「次の満月の夜に催す晩餐会、お前も出ろ」
    「っ…え?へ、ぁ、わっ」
    素っ頓狂な声は、笑顔の仕立て屋の容赦のない採寸が始まったせいで剥かれた服に遮られた。「じっとなさってください!」とぴしゃりと言われて萎縮している間に、熊谷は灌漑工事の計画について話し合いがどうとかなんて上級役人と言葉を交わしながら颯爽と出て行ってしまう。
    「お任せください!一等美しいお召し物に仕立てますよ」
    脱がされめくりあげられた上衣をやっと取り払って顔を上げた時にはもう、背中の端すら見えなくて。
    「ば、晩餐会って……そんな……」
    誘うなんて易しいものではない、降って湧いたように下されたその命令に呆然とした池照の呟きは、職人気質な仕立て屋の、勢いよく巻尺を繰る音にかき消されてしまった。
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    @kusaka_Cage

    MOURNING池裏/「きみが羽撃く眩い季節の先で」の原型を考えてた時に打ち出したワンシーン/裏卒業コンサートに池が来てくれたら?という妄想袖からやってきたスタッフから受け取ったマイクを、彼が持っている。花束を抱えたまま未だぼんやりと佇んでいる自分の隣で、彼があの頃のように、マイクを持っているのだ。輝きに満ちた笑顔で、観客席を見渡して、聞き慣れたはずの曲のイントロが流れて会場が沸いた一瞬、こちらに目配せ。そしてウィンク。馬鹿馬鹿しいくらいに気障なその仕草が、どうしてこんなにも似合うのだろう。
    「一緒に」
    ーー"歌って"
    声が入らないように囁かれてはっとする。インカムタイプの自分のそれ、癖で確認した腰の機器はきちんとオールグリーンだった。それでもまだ、並んで立っていることを夢でも見ている気分でいる自分の唇は戦慄くだけだった。
    歌い出し、何度も聞いた彼の歌声が。音の始まりも言葉の始まりも明瞭で高らかな聞くものを魅了する歌声が、ホールに響き渡る。またより一層観客が沸いたその瞬間、歌い続けている池照が手を差し伸べてくれた。
    子供みたいに、胸が高鳴る。
    あの日死んだはずの想いがまた、芽吹こうとしている。
    ーーほら、はやく
    短い間奏、また唇だけで囁かれるから。
    「っ……」
    花束を右の手で抱えなおす。そうして左の手を、あの日伸ばせなかっ 673

    @kusaka_Cage

    MAIKING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/短い/宴の最中に捕まえるシーンのみその夜催された宴でも、煌びやかに着飾った年頃の娘達と幾人も引き合わされ、熊谷にとってはくだらないとしか思えない話を聞かされ、心底うんざりとしていたのだ。「夜風に当たりたい」と言ってやっとその場を辞して広間を後にし、遠く回廊の灯だけが差し込むテラスへ出る。オアシスの緑に囲まれ夜闇に沈んだ東の宮が見えて、このまま自室に帰ってやろうかとすら思った、その時だった。‬
    ‪視界の端を掠めた、白い人影。「あ」と小さく声をこぼして立ち去ろうとした姿。声を聞き間違えることも背中を見間違えるわけもなかった。
    「池照!」
    「まって、だめです…!」‬
    ‪掴んだ手首に引っ張られて、頭から被っていた白布が翻る。光沢のある象牙色の上衣、細くくびれた腰の濃紺の絹紐、月を溶かしたような淡い金色の宝飾が、波打つ黒髪と白色の首筋に掛かっていて、恥じらうように俯いたからしゃらりと涼しげな音色が奏でられた。
    「ごめ、んなさ…ちがうんです、ちがくて…」‬
    ‪なにを謝り、なにに言い訳をしているのか。そんなこと、今の熊谷には関係ない。ただ、ただ一言を伝えたくて、口を開いた。‬ 471

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    MOURNING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/服をあつらえてくれる話王の午後の政務というのは、政の報告を受けたりとか書き物机に向かって書簡に署名をしたりとかそういったものが大半なようだった。それゆえ、執務室に篭っていることがほとんどだ。もちろん外遊に出たり忍んで市政に降りたりすることもあるけれど、大半の日々の午後というのはそうやって過ぎていくから、池照は池照でやはり、女中と二人細々とした掃除や洗濯をしたり、竪琴を爪弾いたり書物を読んで日がな過ごしていた。
    だから、昼食を共にしたその日。さて、ひと通りのことを終えてしまって今日は夜まで何をして過ごそうと考えたところで、女中から「王がお呼びです」という声がかかった時にはその珍しさに驚いたのだ。昼日中、政務に忙しいはずの彼が自分を呼ぶ用向きとはなんであろう…思い当たる節がないまま、通されたことも片手で足りるほどの執務室の前までやってきた。脇に控えていた近衛兵が、慇懃無礼に扉を開けてくれる。
    記憶が正しければ、そこには確か、正面に遥か北方の大陸から運ばれたという大きな書き物机があって、左右の壁には種々の決まりごとや法に関する書簡や書物が大量に詰め込まれていたはずの、飾り気のない彼の"職場"だったはずだ。けれどど 2808

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    @kusaka_Cage

    MOURNINGぽい試運転/熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/すべての発端/雰囲気でどうぞ「こんなに遠くまでやってきたのは初めてです」

    夜風に揺れるランプのさやかな灯りに、美麗な横顔が照らされる。
    夜伽の意味すら分かっておらず小首を傾げていた青年にすっかり毒気を抜かれた今、2人は広い寝台の上、揃って寝そべっていた。ぽつりぽつりと語らう声は低く、甘く、美しい。
    「父は、あまり外遊や外交などはしてこなかったので」
    「…ふぅん」
    彼が語る父とやらはもういない。その首を撥ねて晒すことに特に反対をしなかったのは王である自分だ。手を下したのは、やたら血の気の多い百人隊長だと聞いている。手柄を讃え、褒美をたっぷりとらせた記憶は新しかった。
    そんな。
    親の仇が寝そべる隣、怯えるでも命乞いをするでもなく、媚びるでもなく、潔く受け入れるでもなく、彼は凪の川面のような穏やかな表情で、同じく体を横たえていた。形の良い双眸は、まるでオニキスの宝玉のようだ。美しい装飾品じみた、長い睫毛に縁取られた瞳が懐かしさに眇められている。
    「川を下って、荒野より先の砂漠に出たのすら初めてなんです。一面の砂の世界で、夜は寒かったけれど…故郷の森から見上げる星空とは比べものにならなかった。広く砂しかない土地では、星 2412

    @kusaka_Cage

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    記憶が正しければ、そこには確か、正面に遥か北方の大陸から運ばれたという大きな書き物机があって、左右の壁には種々の決まりごとや法に関する書簡や書物が大量に詰め込まれていたはずの、飾り気のない彼の"職場"だったはずだ。けれどど 2808

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    MAIKING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/短い/宴の最中に捕まえるシーンのみその夜催された宴でも、煌びやかに着飾った年頃の娘達と幾人も引き合わされ、熊谷にとってはくだらないとしか思えない話を聞かされ、心底うんざりとしていたのだ。「夜風に当たりたい」と言ってやっとその場を辞して広間を後にし、遠く回廊の灯だけが差し込むテラスへ出る。オアシスの緑に囲まれ夜闇に沈んだ東の宮が見えて、このまま自室に帰ってやろうかとすら思った、その時だった。‬
    ‪視界の端を掠めた、白い人影。「あ」と小さく声をこぼして立ち去ろうとした姿。声を聞き間違えることも背中を見間違えるわけもなかった。
    「池照!」
    「まって、だめです…!」‬
    ‪掴んだ手首に引っ張られて、頭から被っていた白布が翻る。光沢のある象牙色の上衣、細くくびれた腰の濃紺の絹紐、月を溶かしたような淡い金色の宝飾が、波打つ黒髪と白色の首筋に掛かっていて、恥じらうように俯いたからしゃらりと涼しげな音色が奏でられた。
    「ごめ、んなさ…ちがうんです、ちがくて…」‬
    ‪なにを謝り、なにに言い訳をしているのか。そんなこと、今の熊谷には関係ない。ただ、ただ一言を伝えたくて、口を開いた。‬ 471

    @kusaka_Cage

    MOURNING熊池🏜パロ/砂漠の強国の王様×亡国の生き残り王子様/雰囲気でどうぞ/いまいち噛み合わない王様と捕虜王子様の夜の過ごし方のはなしあなたは俺を風のようだと言う。
    灼熱の中、蒼穹を疾り抜ける一条の風のようだと言うけれど、俺はあなたの月になりたい。毅然と玉座に座る真昼を経て、ひとり窓辺で憂える夜のあなたを寄り添うように照らす月になりたい。
    あなたは俺を鳥のようだと言う。
    美しく囀り、広げた翼で砂丘を越えていつか見た海へまで飛んでいってしまいそうだと言うけれど、俺はあなたの花になりたい。愛しいあなたの胸に、枯れることなく永遠に咲き続ける一輪になりたい。

    召し上げられたあの夜以降、寝台の上で語らう日々が続いているけれど、最近宮廷の中でどうやら俺は皮肉を込めて"王様の金糸雀"と呼ばれているらしい。
    らしい、というのは回廊を渡りながら薄鼠色の噂話を漏らす宮仕えの役人達がいて、彼らはその回廊のすぐ脇にある水辺で、日中はお役目らしいお役目のない池照が女中を伴って、手慰みに竪琴を弾いていたことに気付いていなかったからだ。直接言われたわけでもなければ、競い合うように形も脈絡もない話を交わして歩き去って行った彼らが広い宮廷のどこに仕える誰なのかも分からない。だから、"らしい"としか言えない。
    弦に指を這わせ懐かしい故郷の曲を口ずさん 3044

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    「…ふぅん」
    彼が語る父とやらはもういない。その首を撥ねて晒すことに特に反対をしなかったのは王である自分だ。手を下したのは、やたら血の気の多い百人隊長だと聞いている。手柄を讃え、褒美をたっぷりとらせた記憶は新しかった。
    そんな。
    親の仇が寝そべる隣、怯えるでも命乞いをするでもなく、媚びるでもなく、潔く受け入れるでもなく、彼は凪の川面のような穏やかな表情で、同じく体を横たえていた。形の良い双眸は、まるでオニキスの宝玉のようだ。美しい装飾品じみた、長い睫毛に縁取られた瞳が懐かしさに眇められている。
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    あなたは俺を鳥のようだと言う。
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    弦に指を這わせ懐かしい故郷の曲を口ずさん 3044

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    だから、昼食を共にしたその日。さて、ひと通りのことを終えてしまって今日は夜まで何をして過ごそうと考えたところで、女中から「王がお呼びです」という声がかかった時にはその珍しさに驚いたのだ。昼日中、政務に忙しいはずの彼が自分を呼ぶ用向きとはなんであろう…思い当たる節がないまま、通されたことも片手で足りるほどの執務室の前までやってきた。脇に控えていた近衛兵が、慇懃無礼に扉を開けてくれる。
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