さよならフェザー「あれ」は誰にでも等しく降りかかる。
「……思いながらも他人事でー」
北村想楽の呟きに五七五のはじめの言葉はない。声に混ざる羽ばたきの中で、古論クリスは想楽の手を握っていた。
体に羽が生えて飛び立つ奇病に想楽が冒されて数ヶ月、想楽の両手の指はすべて羽ばたいた。突起のない手ではクリスの手を握り返すこともできず、想楽はクリスの感触を受け止めるばかりだ。
「あれ」の発症に伴い、Legendersはクリスと葛之葉雨彦の二人で活動していくことになる。二ヶ月後に控え、練習していたライブに出られないのだと思うと悔しいはずなのに、それよりもクリスの手を握り返せないことが惜しかった。
「……クリス、さん?」
「はい」
目は片方が飛び立ち、もう片方も羽を生やしているのか時おり瞳からはささやかな羽毛が落ちる。羽毛のせいか、片目は残っているはずなのに想楽の白く滲んでいた。
「私はここにいます」
「うん」
飛び去る「あれ」を捕まえたところで、身体に戻すことはできない。せめて空を自由に翔けるようにと開け放たれた窓の向こう、雲はゆったりと流れていた。
「僕の体、どこに行ったんだろうねー」
「――大海原を越えて、旅をしているのかもしれません」
「どうかなー。僕はクリスさんより体力がないから、旅の途中で力尽きちゃうかもねー」
「そんなことは……」
言いかけたクリスの目の前で、また、羽毛がひとつ。
「力尽き、落ちた先は、海の中」
指も。
目も。
これから失うすべては。
「海の中に、溶けたかもしれないから――海に潜って、会いに来てくれるー?」
「……もちろんです、想楽。海を見、そして潜るたびに、私は――」
言いかけたクリスの手のひらを、想楽の手から生えた羽根がくすぐる。
「、」
「ふふ」
目を細めれば、羽根がこぼれる。
「よかったー」
軽やかな笑い声と共に、残されたもうひとつの瞳も飛び立った。