Toca mi espalda:クリ←想。想楽がクリスさんの背中の毛を剃る話 ベッドの上で、クリスさんはうつぶせになって背中を見せている。
明日はビーチでグラビア撮影があり、僕達は現地に前日入りしている。ビジネスホテルの部屋は一人ひと部屋割り当てられていて、狭い一室で僕は居心地悪く立ち尽くしていた。
「ああ、」
クリスさんの吐息が漏れた。
「これでは、難しいですね」
呟いたクリスさんの手が後ろ手に回る。放射状に広がっていたクリスさんの髪がすくい上げられてシーツの上に流れると、クリスさんの上半身の裸の輪郭線は浮き立つようだった。
「想楽、お願いします」
「――うん」
何も気にしていないようにうなずいて、僕はベッドに膝を乗せる。
クリスさんの腰を跨いだ。思ったよりも大きく足を広げなければいけないことに、クリスさんのがっしりした胴の形を思い知る。心臓のうるささを無視して、僕は握りしめたもののスイッチを入れた。
――エアコンすら点いていない部屋に、駆動音が響く。
何のために呼び出されたのか、どうして雨彦さんがいないのかは分かっている。
汗の気配を感じて顎をぬぐった。まだ滴るほどの汗はないけれど、額が湿っているのが自分でも感じられる。
「首からいくよー」
手にしたものを、クリスさんの首筋へ押し当てる。
ブ、と音を立て続けるそれ――シェーバーの音が濁った。首の下の皮膚はなめらかに見えるけど、シェーバーの刃は目にも見えない薄い毛を刈り取っていた。
明日の撮影に向けたボディケアの一環として、無駄毛を剃る必要があることはプロデューサーさんから聞いていた。明日、ヘアメイクのついでにお願いしても良いとも聞いている。
クリスさんは明日ではなく今日のうちにケアをすると決めて、自分では出来ない背中の処理のために僕を呼んだ――それだけだ。
汗に濡れて睫毛が重い。ここに来る前に天気を見たら、今の気温は二十六度らしい。乾燥を防ぐためか今はエアコンは点いていなくて、体内の水気は少しずつ失われていくようだ。
水気が失われるほど、内側にある欲望は存在感を増す。
こんなに暑い部屋に雨彦さんは耐えられないだろう。だからクリスさんは僕だけを呼んだ――それだけのことだと分かっている。
他に、クリスさんは何の意図も持っていない。
肩甲骨をなぞると刃にまとわりつく毛が増す。そろそろ毛を捨てようと枕元にティッシュを引き寄せて、刃の上に溜まった毛を払い落とした。
ティッシュの上にうす黄色のものが落ちる。ただの毛の塊のくせにやけに淫靡に見えるのはこの状況のせいか、これがクリスさんのものだからか。
「――」
「……」
刃が進んで、僕は跨る位置を腰から脚へと下げた。
シェーバーの刃を押し当てても肌は切れない。それでも、僕がやろうと思えばこの髪の束を剃り落とすことだって出来てしまう。
そう分かっていてもクリスさんが僕に背中を委ねるのは、僕がそんなことをしないと信じているからなんだろう。
僕がクリスさんにどんな気持ちを向けているか、想像もしていないんだろう。
シェーバーの終着点は腰だった。スイッチを押して振動を止めて、残った毛をティッシュに取る。ティッシュではクリスさんの背中に生えていた毛が小さな山を作っていて、それなのにクリスさんの背中は部屋に来た時とほとんど違いが見えないことがどこか不思議だった。
「終わったよー」
明日、クリスさんはカメラのレンズに囲まれる。太陽の下でシャッターが切られてフラッシュを浴びる。毛のない背中を晒した写真は多くのスタッフさんの手を渡ってから雑誌に載って、たくさんの人の目に触れるんだろう。
「ありがとうございます、想楽」
――でも、この身体を初めて見たのは僕だ。
こんな機会でもなければ身体に触れることも出来ないけど、それだけは確かなことだった。