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    S.E.M/学べ学べと心が渇く:嫌々オープンキャンパスに来た私の話

    #モブ視点
    mobViewpoint

    S.E.M/学べ学べと心が渇く:嫌々オープンキャンパスに来た私の話 手を抜けば良かったんだろうか。
    「広くて賑やかでいいねえ! ね?」
     ママは三者面談のときだって着てこないスーツを着てキョロキョロ周りを見回している。親連れってだけでも恥ずかしいのにママがそんな態度なのはもっと恥ずかしくて、「ちょっと」と小声で注意したけどママには全然聞こえていないみたいで、ずんずん先に歩いていく。
     大学だったらこのくらい広いのは当たり前で、賑やかなのはオープンキャンパスで人が多いからだ。楽しそうにはしゃぐママとある程度距離を置きながら、私はスマホに短く文字を打ち込む。
    『はやく帰りたい』
     投稿ボタンを押してママの後ろを歩く。私のつぶやきが、誰かに届くことはないだろう。
     一年生から二年生に上がるときのクラスの振り分けは成績順だ。ABCのクラス番号とは別に、成績上位者が集まるE組は『理数科』とも呼ばれている。
     私はE組に振り分けられ、ママは『理数科』の呼び名に魅入られた。
     E組に振り分けられるまで、高校受験のときも定期テストのときもママは成績や進路に口出しはしなかった。『さおちゃんの行きたいところならどこでもいいのよ、大人になったら学校の勉強なんて使わないんだから』なんて言ってたけど、あれはママが高卒のバカなのを正当化しているだけだったんだ。大輔の家のお父さんから、私が振り分けられたE組が『理数科』と呼ばれていることを知った瞬間、ママはこれまでとはすっかり変わってしまった。
     通知表の成績も模試の結果も『ママはよくわからないから』と適当にしか見ていなかったくせに、大学の偏差値をランク付けしたサイトを見て私の偏差値がどこにあるのかを値踏みするようになった。ママの親、つまりおじいちゃんとおばあちゃんが出た大学の偏差値より私の偏差値は高くて、数学が飛びぬけて得意なこともママの何かを刺激したらしい。高校二年からであれば現役は伸びるのよ、なんてどこかで読んだことを丸写しにしたようなことを言いながら、ママは私の志望とはまったく違う大学のオープンキャンパスに私を連行した。
     連行、まさにその通りだ。
     理数科と呼ばれているけど、クラスは文系と理系に分割されて履修科目は違う。私は理数科の文系クラスにいて、志望学科は歴史学科だ。世界史、特にイスラエル王国とユダ王国に興味がある私は志望校も既に明確だから、歴史学科はあるとはいえ近代日本史の研究がメインのこの大学にはまったく用事がない。偏差値的にはこの大学の方が上だとしても、学びたいことが学べないなら何の意味もないってことにママは一切気付いていないらしい。
    「見て!」ママが声を張り上げて建物を指さす。「学食ですって、行ってみましょう!」
     大学に来るのすら初めてらしいママは、どの大学にだって間違いなくある学食だとか生協にまで目を輝かせていて滑稽だ。確かあと十分で模擬授業、しかもママの喜びそうな数学科の模擬授業があるはずなんだけど、そんなものには目もくれない。そして私も行きたくないので、自分から模擬授業の話を振ることはない。
     ママに付き合って学食に入って出ると、人の流れが明らかに一方向に動いていた。
    「さおちゃん、行きましょう!」
     立ち止まることを知らないママは大股で歩き出す。大勢の人が向かっているからといって私達にとって何か良いことがあるとも限らないのにママはすっかり乗り気で顔にかかった髪を耳にかけて背筋をわざとらしく伸ばしていた。
     がやがやとした人の集団は屋外の特設ステージに続いていた。何があるのかは分からないのに、浮かれた雰囲気の人たちに浮かされてママはステージ前を陣取ろうと人波をかきわける。私は後ろでいい、なんならステージだって観なくてもいいくらいの気持ちなんだけど、離れすぎるとママはきっと大声で私を呼ぶ。仕方ないから、他人のふりがギリギリ通用する距離を開けて私はママについて行った。
     最前列とまではいかずとも前方、ステージの真正面に立つ。
     しばらくすると男の三人組が現れた。アイドルと呼ぶには若くなく、俳優と呼ぶには貫禄のない、それなのに芸能人のオーラだけは纏った三人組。立ち位置の調整か何かをして、手短なMCを終えるとすぐにライブは始まった。
     軽妙な音楽に、彼らの身体が躍りだす――目を見開いたのは、照明のせいだけではなかったと思う。
     音も歌もダンスもどこか滑稽なのに、飛び散る汗と表情がこの人たちの真剣さを物語る。なんでこんなに本気なんだろうと思ううちに爪先はリズムを刻みだす頃、特に真面目ぶった顔の眼鏡の人に光が集まる。


    「――!」


     そうだ。
     学問はエンタメ――面白いから、だから学びたいんだ。


     理数科にいても、どんなオープンキャンパスに行っても、私の心を躍らせるのは紀元前の世界ばかり。あの世界に溺れるためにヘブライ語を知りたい。ダビデを知りたい。キリスト教に派生する前の古代宗教であるところのイスラエル宗教を知りたい。まだ死後の世界の概念を持たなかった彼らの死生観に触れたい――この熱烈な渇きは、学ぶことでしか癒せない。
     ママの横顔を盗み見る。
     ママはこの歌から何を読み取っているんだろう。何であっても、私はママに、この大学には行きたくないと告げようと決めた。
     学びたいことは、私の中にもうあるんだから。
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