【クラージィ】
仕事上がりにノースディンと待ち合わせると、クラージィはそのまま彼と連れ立って、彼の屋敷で泊まりとなった。明日は休みだった。
日が落ちて、クラージィは一人、目を覚ます。窓を開け、鎧戸を僅かに開けて外を覗くと、しとしとと雨が降っていた。部屋を出ると、ここの住人の白猫が足元に寄ってきた。ひとしきり顔周りを撫でて解放すると、猫はにゃうーんと鳴きながら階段をおりていく。後を追うようにクラージィも寝間着のまま階下におりて、洗面所に向かった。顔を洗って吸血鬼用の鏡を見れば、見慣れた自分のモジャモジャ頭は、湿気を帯びてぼふぼふに膨らんでいる。日本に来て増えたこの現象も、変身能力の応用で出勤用に髪を抑えることも、すっかり慣れた。
だが今夜は、櫛を通すだけにする。
ダイニングに顔を出すとノースディンがいた。
「おはよう、クラージィ」
先に声をかけてきたノースディンは、クラージィが起きたことに気付いていたのか、目覚めの食卓を整えている。
「おはよう」とクラージィは応えながら近付いて、挨拶のキスを交わした。
顔を離すと、ノースディンがクラージィのこめかみのあたりの髪に指を通して、軽く梳く。その表情は穏やかだ。
クラージィは微笑んでその仕草を受け入れ、今夜はぼふぼふの頭でゆったりとした休日を過ごすのだった。
【ノースディン】
ノースディンが目を覚まして棺の蓋を開けると、空気がどことなく重かった。寝室を出て階段の明かり取りの窓を見ると、外は雨のようだ。
正直、雨はそんなに好きではなかった。まず移動が制限される。濡れながら飛びたくはないし、地上を行けば足元に跳ねてくる。おまけに小さな流れが出来ている場所は、吸血鬼の性として足が止まる。
家にいても、山の中の一軒家は多少冷える。吹雪の吸血鬼が何を言うかという話だが、寒い日は心が重いのだ。
雨雲で暗いせいもあるのだろう。少し目覚めが早かった。ノースディンは身支度を調えると、猫の世話をして、次いで泊まっている客人のために夕食を用意し始める。
やがて、いつの間にか姿を消していた猫が、どこかで「にゃうーん」と声をあげた。客人が起きたらしい。
中身をセットしてあったトースターのスイッチを入れて、牛乳を注いだミルクパンをコンロにかける。ほどなくして、昨日泊まったクラージィが、ダイニングを覗き込むように顔を出した。
「おはよう、クラージィ」
ノースディンは声をかけ、副菜を並べてあったテーブルに、ホットミルクのカップを置く。
「おはよう」
応じて近付いてきたクラージィは、寝間着にガウンをまとっていて、雨のせいだろう、整えてきただろうにモジャモジャの髪はいつもよりボリュームがある。挨拶のキスを交わして、増えてぼふぼふの髪にノースディンが指を通せば、クラージィははにかんだようだった。
席に着かせてオープンホットサンドを二種類並べると、クラージィの目が輝いた。ノースディンは向かいの席についてクラージィを眺める。
起き抜けのままの格好でホットサンドにかぶりつく休日のぼふぼふ頭を見ていたら、雨の日もそんなに悪くないと思えるのだった。