ノースディンと体を重ねること数度、クラージィは疑問に思うことがあった。
ノースディンの屋敷のノースディンの寝室のベッドで睦みあう。体力はあるはずだが、今の体質のせいか、終わるとクラージィはほどなく寝てしまう。事後にうとうとしてそのままもあれば、どうにかシャワーで体を清めてからベッドに戻りバタリ、という朝もあった。
そのどちらででも、日が落ちて目を覚ませば、クラージィ用の部屋のベッドにいる。恋仲となる以前の、友として泊りに来ていた頃と変わらない。
寝落ちてしまった日でも目を覚ました時には体を清められていて、クラージィが寝ぼけて自分で歩いたのではなく、ノースディンによって為されたことが察せられる。そのことで礼を述べた時には、ノースディンは「ああ」と素っ気なく受け入れていた。やはり知らぬうちに世話をされてるようだ。
クラージィは閨の作法に疎い自覚はあった。おまけに現代に馴染んだといっても、ノースディンほどの古い吸血鬼なら貴族のように暮らしていたこともある。寝室が分かれるなどあっても不思議ではない。この移動はそうしたものかもしれないと考え、確認もかねて同じように他に作法があるのか訊ねてみることにした。
「…そうした作法はない」
「そうなのか」
覚えるべきややこしいものがないようで、クラージィはひとまずほっとする。
「しかし、それなら私のことは放置しておいてくれてかまわない」
言ってから、自分が気が回っていなかったと気付く。
「いや、そうだな、普段一人なのに私が横にいては寝づらいこともあるな。シャワーを浴びたら、自分で部屋に戻るとしよう。寝てしまったときは、悪いが叩き起こしてくれ」
これで解決と思ったが、ノースディンは目を剝いて口をパクパクさせている。何か行き違いがあるらしい。時折見せる、感情を出しながらでも齟齬をなくそうとしてくる態度を、クラージィは好もしく思っている。ノースディンは言いたいことがどれほどあるかわからないが、最終的に選び取って言葉にした。
「…お前がどうとかではない」
「そうなのか」
応じてクラージィは首をかしげる。
そもそも疑問に思ったのは、ノースディンが必要なさそうな手間をかけているからだった。だから作法かと思ったのだ。
ひとまず自分が邪魔しているのでないのは喜ばしいが、ノースディンがクラージィを運び出していることに変わりはない。なにか理由はありそうだ。なぜクラージィが自分の足で歩いてはいけないのかと考えていると、ぽつりとノースディンが言葉を洩らした。
「…………棺桶」
「棺桶?」
聞き返すと、ボソボソとしながらも流れるようにしゃべりだす。
「棺桶でないと眠れないんだ。最初の朝、ベッドで共に寝ようとして結局寝付けなくて、別に寝ることにして、それで」
「…それで、どうして私は運ばれるんだ?」
告白には驚いたが、それでは理由に繋がらない。疑問符を浮かべてクラージィが訊ねれば
「直前までさんざんやってた私の寝室のベッドで、お前を一人寝させるのが耐えられない」
「…」
しばし沈黙が流れた。
明かされた本心の勢いに押されてしまったが、まだ説明は足りていない。クラージィは様子見に、同じ提案を繰り返してみる。
「やはり、私が自分で戻ろうか…?」
途端にぐっと口を引き結んだノースディンの、傷ついたような瞳を見て、その対応が間違いだと知る。こちらも、感情が理由の行動なのだ。
クラージィなりに、ノースディンの理屈を考えた。
「お前の手で運ぶことが重要なんだな?」
「…ああ」
「自分で仕切り直すことで、私の一人寝を受け入れられると」
「まあ、うん」
さすがにきまり悪げに頷いた恋人を、じっと見つめる。
再びの沈黙の間、クラージィは考えた。ふむと自分の中で頷いて、口を開く。
「私が隣にいることは問題ないのだな?」
「ああ…たぶん」
ノースディンの返事には小声で弱気が付け加わったが、今まで実践してないのだから仕方ない。できるだけ何気ない調子で、クラージィは続けた。
「ならば私も棺桶で寝てみたい」
ノースディンが目を瞬かせる。
「やはりお前はずっと使っているものに愛着があるだろう。二人で狭いなら、小型の変身を眠っている間も解けないように練習しておく」
「な」
「お前が変身してくれてもいい。猫がいいな」
目を見開いていたノースディンは、振り絞るようにようやく返事をした。
「…二人用の棺桶のカタログを揃えておく」