熱烈に行きたいわけではなかったのだが、ふと漏らした何気ない言葉に三木が強く拒絶反応を起こしたので、吉田は逆に興味を持った。彼がこれだけ否定から入るのは珍しいからだ。
キャンプの話である。
近頃人気とは耳にしていて、三木がキャンプ場で働いたことがあると知り、一緒に行きたい相手が経験者なら心強い程度の、軽い願望だった。
それが完全拒否だ。
キャンプ場にはアレが出るんですよ、と三木は重々しく言う。
「アレって？」
「BBQです！」
もはや怪異の扱いだった。
そういえば以前もBBQを嫌がって炒めるものすらアウトな日があったなと思い出す。あのときの生春巻き作りも楽しかった。
深刻なトラウマがあるようなので、本来はここは退かなくてはいけないのだが、吉田はそこで二人の会話を聞いていたクラージィの方を向く。
「クラさん、焚き火でマシュマロ焼いて食べたことあります？」
「ナイデス」
吉田さん！と隣で叫ぶのを聞こえないふりして、味方を増やすことにした。
「マシュマロをね、串に刺して焚火で少し焼くんですよ…熱くて甘くてトロッとして…」
「オオ…」
クラージィは野外飯の経験などいくらでもありそうだ。しかし、せっかく現代日本に辿り着いたのなら、未知の領域も知ってもらいたい。などといって、吉田自身もまだ知っていないのだけど。
いつになく情けない表情をした三木に良心が咎めたが、三木が三人でのアクティビティに心揺れているのもわかる。
「僕たちがBBQやらなくてもダメですか？」
「う…近くで誰かが絶対やってます」
そこにクラージィがナイスアシストをあげた。
「マシュマロ焼イテ食ベタイデス」
「くっ…、七輪買ってここで焼きましょうよ。それくらいなら大丈夫ですから」
それはなかなか心惹かれる案だったが、あえて乗らなかった。そして猫の安全が確保できれば、七輪で何か炙るのは楽しそうだと頭の中に書き留めておく。
先の季節の予定ができて、吉田はニヤけてしまったのをそのままワルい雰囲気に変える。
「クラさん、なんとね、バウムクーヘンも焼けるんですよ…切っていない長いやつ…」
手で大げさにサイズを示すと、クラージィは素直にテンション高く反応した。
「バウムクーヘン！素晴ラシイ！」
「吉田さん卑怯だ、それは俺も食べたいです！」
続いた三木の反応に吉田は思わず笑い出す。
まだ情けない表情が続いていた三木は、吉田につられるように苦笑した。
「…焚き火OKのところ探しますか。食事は煮込み系で、カレー…豚汁…家で仕込むならロールキャベツとかもいいですね」
「急に洒落たの来ましたね」
一度決めたら腹をくくったらしい。三木は積極的に話を進める。
まだいつ頃とも決めてない予定を、三人であれが要るこれが欲しいと気ままに話していくうちに、計画がどんどん膨らんでいく。三人でできる範囲でこの計画をこなせるキャンプ場などあるだろうか。
ふと、座に空白が落ちた。たぶんみんな同じ事を思っている。躊躇いがちに、三木が口を開いた。
「あの、これって、ノースディンさんのお宅の庭借りられませんか…？」
いくらなんでも無理だろうとはツッコまず、吉田は三木と二人でクラージィを見つめる。
視線の先でクラージィは胸に手を当て、
「交渉シマス」
と頼もしく答えた。

数秒後、誰からともなくクスクスと笑い出す。
三人とも分かっている。
途中からは与太話だ。
ただし何割かは実現される与太話。

そのうち実現した夜も、星空の下でこうして適当な話をしては笑っているだろう。
「まるで青春だなー」と内心でおどけ、こんななんでもない記憶が二人にも積み重なればいいと願ったところで、「やっぱりおじさんだな」と会話に紛れて一人照れ笑いした吉田だった。