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    真央りんか

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    真央りんか

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    便モ三+ノス。彼らは死なないけど、死について語る死にネタです。このノスは物わかりの言いお父さん。

     マンションで隣り合った部屋の住人同士、便利モブの会として、揃っての夕飯が決まっていた日の前日。
     会の一人、吉田から三木に朝からメッセージが入っていた。
    『明日、お通夜に出ることになりまして』
     仕事関連の知り合いだけど、長く付き合いのあった相手であること。お焼香だけですぐ帰るけれど、それから料理を始めると遅くなるので、日付か内容を変えたいこと。
    『あした ゆうがたに、おそうしき いきます。やくそく かえたい です』
     会のもう一人、クラージィ向けの説明も書き添えてあった。吸血鬼である彼は、今は寝ている時間だ。三木の躊躇いは短かった。
    「俺、吉田さんが帰る前にごはん作りますよ」
    「予定とは違うものになりますけど」
     吉田からの返信はすぐだった。
    『それだと嬉しい。よかったらうちの台所使ってください。食材ももう買ってあるので』
    『鉄板は平気ですか。使えそうなら使ってください』
     BBQのトラウマで鉄板に怯えることを心配されている。三木は「がんばります」の一言と張り切るスタンプを返した。
    「あしたはぼくが かえるまえに三木さんが うちで ごはんつくってくれます。クラージィさんも うちに来て 猫にごはんを あげてもらえますか」
     夕方になって、起床したクラージィから返事がきた。
    「ネコチャンのごはん。まかせてください」

     勝手知ったる吉田家も、主がいない時にあがることはまずない。合い鍵で入って、猫に挨拶をして支度をしていると、クラージィもやってきた。猫にごはんと新しい水を用意して、食べてる間にトイレの砂を処理する手際は、さすが猫カフェ店員だった。食べ終えた猫がきれいになったばかりのトイレをさっそく使うので、「アー、ケンコウ、イイコトデス」と言いながら、対応している。
     その間に三木も食事の支度を進めておいた。せっかくなので、鉄板も借りた。鉄板で塩焼きそば、フライパンでミーゴレンを作り、サラダを追加する。
    できあがったところで、二人で食卓についた。帰る時間がわかってないので、先に食べていてほしいと吉田から言われている。いただきます、と揃って挨拶をして食べ始める。クラージィは塩焼きそばは経験ありだが、初めてのミーゴレンも気に入ってくれたようだ。オイシイデスとにこにこしている。
    「この味がいけるなら、東南アジア飯もいけそうですね」
    「ワカラナイデス。デモ、知ラナイオイシイゴハン、大好キデス」
     そこへ、二人のスマホに通知が入った。吉田だ。新横浜についたという。
    「もうすぐ帰ってきますね」
    「食ベル、待チマス」
    「クラさんは食べててくださいよ。吉田さんが帰るまでに食べ終わったりしないでしょう」
     三木がそういうと、クラージィは、少し迷った様子を見せてから、パクっと塩焼きそばを口に入れた。クラージィほどは食べられないので、三木はちょっと休憩しておく。つまみ食いこそしないが、手が空いたと見たネコが構われにきたので相手をした。気持ちいいほど食べる吸血鬼は、もごもぐしながらその様子を眺めていたが、ここの主の帰りを気にするように窓に目をやる。レースのカーテンが閉じてあるだけだが、今は外の方が暗いので景色は見えない。
    「日本 オソウシキ 夜デスカ」
    「んーと、2パートあるといいますか、親しい人やすぐ来れる人が夜に集まって、次の日の昼間に他の人も来て、そこでお別れですね」
     クラージィは神妙な顔で聞いていた。
    「吉田サン、夜行キマシタ」
    「そうですね…ただ、最近は昼間に行けない人も多いので、仕事の知り合いでも通夜…夜に行ったりはしますね。吉田さんはすぐに帰ってきてますから、言っていたとおりに基本はお仕事の知り合いのようですが…」
     そこでインターフォンが鳴った。モニターに喪服姿の吉田が映る。応じる前に、吉田は自分の鍵で玄関を開けていて、三木はそちらに向かった。
     玄関口の吉田に「おかえりなさい」と声をかけると、面映ゆそうに「ただいまです」と返ってきた。
    「塩いるなら持ってきますよ」
    「いや、僕は使わないです。あれ? そのへんのおかしなやつついてないですよね」
    「大丈夫、に見えます」
     そのやりとりの間に、クラージィもやってきた。頬張ってもぐもぐしていた口がようやく落ち着いたようだ。
    「オカエリナサイ、ヨシダサン」
    「はい、ただいまです」
     クラージィは吉田の手を取った。
    「サミシイナイデスカ?」
    「え? ああ…寂しいというか、しんみりというか。これも寂しいの一種なんですかね。いや、でも大丈夫です、ありがとうございます」
     吉田の返事にクラージィは優しく微笑んだ。

     着替えていつもの部屋着になり、食卓に着くと吉田は声をあげた。
    「焼きそばの食べ比べ? 味変、楽しいですよね、嬉しいな」
     三人揃ったところで、改めて乾杯(うち二人はノンアル)となり、食事を再開する。
    「もともとのレパートリーが和食なんで、魚醤好きだけどなかなか減らないなと思ってたんですよね、前までは」
     甘めのソースは吉田にも気に入ってもらえたようで、食べながらうんうん頷いている。
    「でも今は普段食べないジャンルの調味料をもっと試してみようかなって思ってます」
    「和とかアジアだけではなくですか」
    「そうそう。ひとりだとすぐ賞味期限きらすから、前までは買えなかったんです。でも今なら三人で食べられますから」
    「料理で世界一周気分が味わえそうです」
     ね、と楽しい期待を分かち合おうと、三木がクラージィに視線を向けると、もりもり食べながらにこにこと頷いていた。そこから世界の辛いものの話で多少盛り上がったりしているうちに、三人それぞれに腹は一息ついたようだ。サワーの缶をちびちびしながら、吉田はまだ中身の残るテーブルの上の鉄板とフライパンを穏やかに見つめる。
    「…大人になっても友達ってできるものですね」
     三木はまっすぐに吉田を見た。クラージィもだ。言った当人はと言えば
    「今のなし、じゃないですけど、軽く流してください。あー、照れくさい」
     そう言われても、そんな大事な発言をただ黙って見過ごすわけにもいかず、じっと見つめていると、
    「だから…哀しいとかではないけど、やっぱりしんみりなんですよ、おじさんは」
     吉田は苦笑して、缶を呷った。
    「今日の方は、プライベートではお付き合いはなかったんです。それでも若い頃の姿から知っているし、結婚した、子どもが生まれたという情報がなんとなく伝わったりで、ささやかでもその人のことが積み重なって形作られて、大人になってからの知り合いはこういうものなんだろうな、と思ってました」
     吉田は二人をそれぞれ見て微笑む。
    「まさか他にこんな楽しい生活が待っていると思わなかった」
     そして、カーテンを閉じた窓の方を見る。
    「少し年上でまだそんな歳ではなくて、背は三木さんくらいな上に幅もあって、おっきい人でした。明日には両手で抱えられるくらいになっちゃうんだな…」
     吉田は見えない空に向かって、手にした缶を掲げ、 献杯を見守った二人に向き直り、照れくさそうに笑った。

    「死ヌト小サクナルデスカ?」
    ためらいがちに差し出された疑問に、三木と吉田は、ああと微笑んで目配せをし、先に三木が口を開いた。
    「この国のほとんどの人は、火葬といって死ぬと体は焼かれます。焼いて灰と骨だけをお墓に入れます」
     目を見開いたクラージィに、ただ静かに頷いてみせる。
    「百年くらい前かな、昔は土葬…体をそのまま棺に入れて埋めてました。今でも場所によっては土葬です。それに信仰する宗教が土葬の人たちもですね。でもいまはだいたいの場合、火葬です」
     後を次いで吉田がゆっくり説明するのを、クラージィはやはりゆっくり頷きながら聞いていた。新しく知った異文化を飲み込もうとしている。
    「予定では僕らもいずれ灰になる」
     ほとんど空であろう缶を見つめ、しみじみと吉田はつぶやいた。
    「クラさんとお揃いですね」
     灰になった様子は吸血鬼のそれを連想させ、悪くないと三木は口にした。
    「お揃いっていっちゃったら、クラさんも死んじゃいますよ」
    「ああ、そうか、灰になる役割は俺たちに任せてくださいね」
    「三木さんはちゃんとご遺体回収されてくださいね」
    「言うほどヤバいことはしてないミキよー」
     冗談めかしたやりとりに、一緒に笑ってるかとクラージィを見やって、三木はギョッとした。吉田もだ。
    「え、クラさん」
     どことなく呆然とした表情のクラージィの両目から、涙がこぼれ落ちている。
    「なんで、いや、俺が調子に乗りすぎました、ごめんなさい」
     三木の謝罪にクラージィはふるふると首を振る。泣いてる自覚が出たのか、うつむき加減で顔を押さえた。
    「チガイマス、私ガ、」
     押さえられてくぐもった声が途切れた。そのまま体が斜め後ろに倒れるのを、隣の吉田が咄嗟に支えて、ゆっくりと床におろす。三木も立ち上がって反対側から回り込んだ。倒れた拍子に覆った手が外れていて。口元に三木は手をあてがう。吸血鬼の呼吸はわかりづらい。その中でも更にわからないほどの、集中してようやく感じられるほどの気配を確認して、三木は息を吐いた。
    「呼吸は、してます」
     しかし、あてがった手に違和感があって、顔色の悪いクラージィの頬にそっと触れてみた。異様に冷たい。
    「冷たいです」
     鸚鵡返しのように、ただ感じたものを口に出す。状況の異常さを感じて、猫が鳴いた。
    「VRCに連絡しますか」
     吉田の声に、三木は少し我を取り戻した。
     クラージィが食後に眠り込むのは珍しくない。しかしこれはいつもとは違う。誰かに診てもらわなくてはいけない。
    「まずノースディンさんに知らせましょう」
     身体の冷たさは、クラージィの能力が関係しているに違いない。同系統の能力を持つ、クラージィの<父>の名を挙げた。
     吉田は頷くと、
    「三木さんはクラさんをベッドまで運んでもらえますか。布団に入れた方がいいかもしれない。僕はノースディンさんに連絡します」
    「はい」
     三木はすぐさまクラージィの服を探って鍵を見つけ出すと、いったんクラージィの身体をうつぶせにする。そこから引き上げ、肩に担ぎ上げた。その間に吉田はスマホでメッセージを送っていたようだが、通話に切り替えたらしい。玄関を出るときに「もしもし」と声が聞こえた。
     服越しでも肩に担いだ体の冷たさが伝わって、焦りが生まれる。吉田の隣室のクラージィの部屋にあがると、寝室として使ってる部屋に入って、ベッドに寝かせ布団で体を覆った。この季節には一般に使ってないヒーターが出ていたので、スイッチを入れた。少しでも暖かい方がいいだろう。
     椅子が一脚あったので、ベッドの脇に持ってきて座る。
    「クラさん」
     肩をゆすって呼んでみたが、普段なら微かにある反応すら返ってこない。そこへ玄関の音がして、吉田がやってきた。
    「ノースディンさんにクラさんの状態を伝えてVRCについて判断仰ごうとしたら、すぐ行くといって通話切れてしまいました」
    「そうですか」
     ならば到着を待つしかない。
    「あの、食事出しっぱなしで猫と置いてきちゃったので、それだけしまってきます。すぐ戻ります」
    「あ、はい」
     吉田が出ていって、三木はクラージィを見守った。それしかできない。意識を失う直前にほろほろと泣いていた涙の跡が残っているのに気付いて、三木はウェットティッシュでそっと拭った。布団の中に手を差し入れて、クラージィの手を取る。冷たいままだ。少しでも熱が伝わらないかと、両手で握った。
     吉田はすぐに戻ってきて、一度キッチンに行ったようだがほどなく三木の隣にやってきた。暖房がついているのになぜか冷え冷えとした部屋で、静寂が重い。
     長く感じたが、十分を越えた程度だったろう。ガンッと窓で激しい音がした。吉田と二人でビクッとしてから、見に行こうとする吉田を制して三木が窓に向かう。ベランダに通じる窓を開けた途端、冷気に全身叩かれた。
     ノースディンだ。
    「こっちです」
     冷気に押されるようにさがって、三木はノースディンを招き入れた。ノースディンは常よりずっと青ざめた顔で寝室に入ってくると、ベッドに横たわるクラージィを凝視する。枕元に立つとクラージィの額に手を当てた。
     三木と吉田が固唾を飲んで見守る中、ノースディンはそのままの姿勢で、口を開いた。
    「何があった」
    「今夜、僕の知人の葬式があったことから、食後に葬式の話になりまして」
     吉田が会話の内容とクラージィが泣き出したことを委細漏らさず伝える。
     二人に背を向けたままで、ノースディンがどんな表情をしているのかは見えない。沈黙が落ちた。
    「ホットミルクを持ってこい」
    「はい」
     唐突の指示にすぐ返事をして、三木はキッチンに向かった。牛乳を取りだしカップに注いでレンジで温め全て無駄のない動きで戻る。ベッドの脇のチェストに置いた。ノースディンは振り返りもしない。クラージィの額に手を当てたままだ。
    「出てろ」
     従うしかない。吉田と二人、目を見交わして寝室を出る。言われなかったがドアは閉めた。とてつもなく不安だが二人で話すこともなく、声を出すのも躊躇われ、ただ立ち尽くす。じっと見ていた先で寝室が少しだけ開き、ノースディンが顔を覗かせた。
    「目は覚ました。私が先に話をする。待つならそこで待っていろ」
     ドアが閉まって、三木は大きく息をついた。吉田と顔を見合わせて、互いの顔に安堵の色を見る。思わずその場にしゃがみ込んだ三木の肩に、吉田が優しく手を置いた。
     突然、寝室からノースディンの怒声がした。短く激しいそれは、知らない言葉でなんといったのかわからないが、罵ったのは明らかだった。三木と吉田は閉まったドアを見つめていたが、大声はその一瞬で、あとはまた声とも聞こえないぼそぼそとした気配だけが伝わってくる。
     再び寝室が開いた。ノースディンが出てきて後ろ手に閉める。立ち上がった二人の前にやってくると、
    「目は覚めてる。おそらくでしかないが、一時的な心理的防御反応だろう。あれは自覚が人間のときの年齢と変わらん。寿命について思い知るのはこの先だ。その話もした、が…」
     そこで深く息を吐いた。
    「こればかりはいくら私が話そうが、収まるものではない。今後も何度でも起こりえる。お前たちと直接話していかなければ、変わらない」
     最後は忌々しげな口調だった。
     動作に前触れはなく、三木は不意を突かれた。胸倉を掴まれ、爪先立つほど持ち上げられる。喉の周りに冷気が凝った。三木さん、と慌てた声が脇からした。吉田は無事のようだ。そちらに目だけやって、大丈夫ですとなだめてから正面の吸血鬼を見返す。爛々と光る赤い目と、剥き出しにされた乱杭歯。
    「明日をも知れぬことの意味もわからぬ愚かな種族め。あれが貴様らの後を追うようなことがあれば、貴様の魂が何処にあろうと引きずり出してもう一度殺してやる」
     思いもしなかった内容に、三木は目を見張った。
    ――後を追う?クラさんが、俺たちの?
     全身に寒気が走ったのは、氷笑卿の能力のせいではない。
     喉が凍りそうで声が出ない。黙ってなんども頷けば、あっさり解放され床に落とされた。シャツの胸元が握られた形で凍り付いている。
     いましがたの激しい感情など影もないように、興味なさげに三木を見下ろして、ノースディンは「帰る」と窓に向かった。しかし、外を見て動きを止めると舌打ちと共に「吸対…」と小さくつぶやき、踵を返して玄関に向かう。一瞥もくれずに三木と吉田の前を通り過ぎるとき、三木のようやく出せた声に、吉田の声が重なった。
    「ありがとうございました」

     ノースディンが出て行って、三木と吉田は急いで寝室に入った。クラージィは体を起こしていて、二人の勢いに少し気圧されたようだった。ホットミルクは既に飲み干されていた。
     クラージィは手を伸ばすと、吉田の手を取った。戸惑いながら吉田が傍に寄る。
    「ヨシダサン、シンミリノヨル、ワタシノコト オドロクサセマシタ。ゴメンナサイ」
    「いえ、あやまらないでください。僕がうっかりでした」
     クラージィは首を横に振って、もう一方の手を三木に伸ばす。三木も傍に寄ってその手を取った。
    「ミキサンモ、シンパイ、ゴメンナサイ」
    「クラさんはあやまらないでください。謝るのは俺です」
     クラージィは再び首を横に振る。
    「私、教会イマシタ。死ニツイテ語ルコト、死ヲオモウコト、アタリマエデス。何モ悪クナイ」
     そこでちょっとさびしげに笑う。
    「タダ…私ノ死ヌガ変ワッタコト、私ワカッテマセンデシタ。ビックリデシタ。今モ、本当ハワカッテマセン」
     握った手に力が篭もって、クラージィが二人を交互に見つめる。
    「オ話シシタイデス。ウレシイコトモ、タノシイコトモ、カナシイコトモ、サミシイコトモ」
    「そうですね、たくさん話しましょう」
    「たくさん話して、たくさん遊んで、たくさん食べましょう」
     二人の言葉でクラージィが俯いて少し震えた。起き上がった顔は、目こそうるんでいたが微笑んでいた。
     それからしばらく三人で手を繋いだまましゃべり、クラージィの笑顔に屈託のなさがもどった頃、吉田があくびを洩らした。
    「あ、もうこんな時間か。クラさんは起きます?」
    「モウ少シヤスミマス」
    「もしお腹すいたら、冷蔵庫にやきそば入れておいたので、食べてくださいね」
     それがいいと頷いて、三木は握ったままの手に力を込めた。
    「じゃあ、おやすみなさい。また明日」
     毎夜会っているわけではなかった。明日も約束はしていない。ただそれが当たり前のように付け加えたら、クラージィは嬉しそうに頷いた。
    「ハイ、三木サン、吉田サン、オヤスミナサイ、マタアシタ」

     クラージィの部屋を出て、吉田の家の前で三木は声をかける。
    「夕飯の片付けまだですよね。俺、やってきます」
    「三木さん、そういうところですよ」
    「はい?」
     苦笑の吉田に続いて、家にあがらせてもらう。
     二人きりになっても、先ほどまでのクラージィの話は出なかった。ただ、流しに並んで立ったとき、
    「仕事のことはうるさく言いません。ただ、健康診断いきましょうね」
    「はい」
     三木はただ素直に頷いた。頷くしかなかった。



     何かに揺り動かされ、クラージィは自分が冷たい哀しみの淵にいることに気付いた。腕を掴まれるような感覚。一気に引き上げれらる。
     目を覚ますとベッドの上で、傍らにノースディンがいた。顔色が悪い。「これを飲め」とマグカップを出され、体を起こして受け取る。すぐ飲めるほどよい温かさのホットミルクだった。
     温かいものが体に入って、意識がはっきりした。直前までのことを思い出す。
     ノースディンも事情を聞いていたようで、二人で話をすり合わせると、どうやら自分は、隣人二人がいずれ死ぬことと自分は死なないことにショックを受けたのだと理解した。
     意識を失うほど、二人が大事だったのだと思い知る。
     クラージィの表情を見て、ノースディンは立ち上がり、苛立たし気に狭い部屋を歩きまわると、「くそったれ!」と怒鳴った。
     ノースディンがクラージィの前でここまで明確に怒鳴ることはない。珍しい姿に驚いていると、戻ってきて目の前に座ったノースディンは、いかにも嫌そうに口を開く。
    「寿命で離れなくてすむ方法を、お前はその身をもって知っている」
     想像の外の発言にクラージィは目を剥いた。吸血鬼としての<父>は傷ついた顔をしたが、クラージィは否定するつもりはなかった。それがあったから自分は今生きている。
     深々と溜息をついたノースディンは、空になったカップをクラージィから受け取り脇のチェストに置いた。
    「お前は奇跡の存在だ。その気になればお前ならできる」
     そして身を乗り出して、クラージィを抱き締める。
    「…しかし下準備はした方が良い。これからも彼らと親しくありなさい。お前の血を馴染ませることができるくらい。そしてよく話しなさい。同意は余裕あるときに取った方が良い」
     耳元で唆すような囁きは、最後は自嘲の響きがのった。ノースディンの腕に力が篭もる。
    「共に過ごした時間は、お前たちの選択がどうあっても変わらない」
     不意の穏やかな声にクラージィが反応しようとすると、ノースディンは抱擁を解いて余所を向いてしまった。
    「体はもう良さそうだな。私は帰る。…その前にあいつらを少し叱るが、傷はつけないから見逃せ」
    「ノースディン」
     名を呼んでも<父>は振り返らず、クラージィが礼を言う間もなく出て行ってしまった。

     しばらくして、三木と吉田が入ってきた
     二人の表情を見て、本当に心配をかけたなと思う。今の気持ちを正直に打ち明け二人の友情に感謝した。

     クラージィは一人になり、ひとつだけ打ち明けなかったことをに思いを巡らせる。
     隠したのではない。今の気持ちに、ノースディンから示されたそれは、含まれていないからだ。
     だが、いつかこの考えが育つのだろうか。
     空になり今は冷えてしまったカップを手にして、クラージィはただカップの底を見つめるのだった。


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