神在月から
「きて」
とだけメッセージが入った。
彼が三木に助けを求めるのはいつものことだが、ただならぬ様子に三木は神在月のアパートまで文字通り飛んだ。
玄関の前で異変に気付く。普段ここには無縁のもの——人間の血の匂いだ。目を凝らすまでもなく、血痕を見つけた。ドアホンを鳴らすと、そろっとドアが開いて神在月が顔をのぞかせる。
「ミッキー」
と三木を呼んで体を引いたので、後を追って中に入った。
家の中に入ると血の匂いが濃くなった。出所をたどって進むと、ベッドに人間の若い男が横たわっていた。血塗れで意識はないようだ。
「この人、そこで倒れてて、すごい怪我で」
神在月はごきゅっと喉を鳴らした
「止血はできてると思うんだけど」
玄関で顔を見せた時から、話す声まで神在月はどこか上の空だった。
食が細いこの吸血鬼は、人間の血にほとんど反応しない。人間と同じ食事をするが、なにせ食が細いので当然栄養が足りなくなる。純度の高い血液パックを三木の伝手で入手しても、味が濃いといって少量しか飲めない。100%人工血液のパックをおいしくないと言いながら啜っている。食が細いのに、その限定された食事量をおいしくないもので占めるなんて難儀なものだ。
そんな神在月がこの人間に食欲を感じている。
三木は男の容態を確認した。腹に傷がある。出血量の割に小さい気もする。
「おまえ……だらだらヨダレたらしたな」
「ひいっ、なんか必死に手当てしてたら、垂れちゃって」
そのおかげなのだろう。唾液の治癒作用で傷は元より小さくなっているようだ。止血はできている。押さえ込んだタオルを外してもすぐに溢れることはなかった。だが、それでも自然に塞がるようなものではない。脈と呼吸は安定しているが、さすがに弱い。
病院に連れて行くのが最良の判断だ。
意識を取り戻してもらわないと、彼がどこの誰で、いったいどこの誰にやられたのかは不明だ。やばいトラブルをかかえているかもしれない。通り魔の純粋な被害者としても、吸血鬼の犯行なら……神在月が容疑者にされたら、いま三木が繋いでいる吸対との協力体制も危うい。
そして、もしも冤罪などではなく、神在月が吸血したら——どう考えてもここで抱え込む存在ではない。なんで救急車でも警察でも呼ばなかったのか。
血に染まった服を見つめ、意識も血の気もない顔を見る。
三木の知る限り、神在月が初めてそそられた相手。
「…目を覚ますまでここで匿おう」
三木が静かに告げると、神在月はほっとしたように笑った。安心した表情に、三木は殊更厳しく詰める。
「絶対吸うなよ。体調と意志を確認するまで絶対だぞ」
とんでもないというように神在月はぶんぶんと首をふる。
「もし吸ったらこの人はお前の知らないどこかへ連れていくからな」
神在月は急激な角度の変化で首がもげそうなほどガクガク頷いた。
「…外の痕跡始末して、治療に必要そうなものを持ってくる」
「ありがとうミッキー! 頼りになる! 大好き!」
三木は深く溜息をついてから、口の端を上げて神在月の称賛を受け入れた。