この先、猛犬注意!彼はカメラのフラッシュよりも眩い。
良くも悪くも目を引く彼を背に隠す。賑わう大衆の興味の矛先。無遠慮な多数のレンズとの間に入り壁になってみても、厚かましく下品な笑みの撮影者たちは身を乗り出して我先にと彼を追う。奴らにとって人気者の醜聞は金を生む甘美な餌だ。
「大丈夫だぜ」
肩を叩かれ振り向けばカラーレンズ越しの目が緩く弧を描いた。口元を覆うマスクの下でもそうなのか……どうだろう?
「今回の騒動について釈明は⁉︎ 謝罪するのが筋でしょ⁉︎」
興奮したのかニヤつく男がロープパーテーションを股越しカーペットに足を踏み入れ、進行方向に躍り出て目当ての人物にマイクを向ける。マナー知らずで明らかなルール違反。見覚えのある顔だった。ついこの間まで『オクタン』を絶賛し、強引に独占取材を通しおだてていた人間の手のひら返し。主人に視線を投げれば「平気だ」と小声で返されるが、俺が──
「──平気じゃない」
呟いて男の左頬に一発。男を取り押さえるために駆けつけたガードマンは一歩間に合わず間抜けに口を開けたまま呆然となり、騒がしかった場が一瞬静まり返る。吹っ飛ぶ光景も口から飛ぶ歯もスローモーションに見えた。金属製の手だ。さぞ痛いだろう。
「アンタッ……なにし、」
驚く主人が作り笑いを崩し慌てる。倒れた男にいい気味だと中指を立ててフラッシュとシャッター音を浴び爽快だ。
「危険を感じた」
というのは建前。
「凶器を隠し持っている可能性があった」
と、それらしい口実を述べる。俺はレジェンドの一人でもあるが「オクタビオ・シルバ」のボディガードで、文字通り一線を超えた無礼者への対処は間違っていない。中指を立てたのは……多分このご主人様の影響だ。飼い犬は飼い主に似るという。
「馬鹿っ!」
伸びた男がガードマンに引き摺られ退場し、俺は両手を肩の高さまで上げて降参のポーズをとる。主人には従順だ。腕を引っ張られながらオクタビオの乱暴なエスコートを受け早足で歩く。反省している素振りを見せるべきだが、どうにも口角が僅かに上がるのを禁じ得ない。
「悪かった」
「反省してねえだろ。顔が笑ってんだよ」
「…………」
『しおらしい』ふりをして主人の機嫌をうかがう。
「ったく、……マジでスカッとしたぜ!」
「当然だ」
はしゃいで足踏みするオクタビオのカシャカシャと鳴る義足の音が小気味好い。賢い忠犬らしく背筋を伸ばし、無言で主人を見つめ『ご褒美』を期待した。