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    mame

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    出ロデ プロヒ×パイロット
    ※互いに両想いなのはわかってるけど付き合ってないふたり
    設定・過去作( https://twitter.com/i/events/1431533338406178824)
    完結の巻(後編)前編はhttps://poipiku.com/1356905/6192603.html

     展望デッキ、と書かれている案内を頼りにたどり着いたそこは随分と開けた場所だった。
    ターミナルの六階に設置された展望デッキは、ごげちゃいろの板張りの床が滑走路に沿って長く伸びている。眼下には旅客機が何機も並んでいて、出久が周りをみている今も一機、滑走路を離れ、轟音とともに空へ羽ばたいていった。
    「こんなとこあったんだなあ……」
     本日の天候は晴れ。真冬は過ぎ、わずかにソメイヨシノの蕾がつきはじめた。開花まではまだ時間がかかるが、ずいぶんと過ごしやすくなった。しかし飛行機が離陸すると同時に巻き起こる風はまだまだ冷たい。
    空の下にある展望デッキには薄手のアウターを来た利用客がぱらぱらといて、中にはカメラを構える人もいた。一組一組の間に距離がしっかりあって、会話を聞かれることはないだろう。いい意味で他人に無関心であれる場所だなと思った。カメラを持っている人は飛行機を撮るんだろうか、とまた一機大空に向かって飛び立っていく飛行機を見上げていれば、後ろから声を掛けられる。
    「こらデク、こんなとこで突っ立ってんなよ」
    「ロディ」
     振り返れば、ターミナル内と繋がる扉をくぐったばかりのロディがいた。厚手だったロングコートは春物になっていて、髪の毛は緩くうなじのあたりで結ばれている。ほら、あっちに椅子あるから、と指さされたのは落下防止の柵とは逆の端にあるターミナルのガラス窓沿いにあるベンチ。ベンチを指示したロディはコートのポケットに両手を突っ込んだまま、すたすたと歩いていく。慌てて後を追いかければ、ロディがすとんとベンチに腰を下ろした。無表情にも見えるその顔は何を考えているのだろう。
     出久がロディの隣に腰をかけると、ロディの手はポケットに入ったままだった。わずかに膨らむそのポケットの中に、未だ姿を見せないピノがいるのかもしれない。
     ふたり横並びで柵の向こうの滑走路を眺めながら、しばし無言の間。どう話を切り出そうか、とちらりと隣を見ると、ロディの均衡のとれた横顔があった。その横顔が出久を見る。えっと、と思っていれば、ずい、と手のひらを向けられた。
    「十万ユール」
    「あ、はい」
     言われた通りに一度ボディバッグに片付けていた封筒を再び取り出し、出された手のひらにぽんと置く。しかしロディはというと、その出久の行動を眉間に皺をよせ顎を引いてみている。
    「……マジで渡してくんなよ」
    「……自分で言ってきた癖に、実際に渡したら渡したで引かないでくれる?」
    「デクがこういう出方してくるとは思わないっしょ……」
     はあ、と受け取った封筒を持ちそれをしならせ、出久の太ももを札束の入った封筒でロディが叩く。べちんと鈍い音がした。次いで、大きなため息をふたりの前に落とす。こっちは、どこか、あきらめたような音をしていた。
    「で、なにが聞きたいの」
    「君が僕と両想いなはずなのに、付き合おうとしない理由」
    「そうくるよなあ~~……」
     再びため息を今度は肩と一緒に落としたロディは、顎を上げて頭上を見た。相変わらず澄み渡った空だ。
     そのロディの横顔を見つめていると、ロディがゆっくりと口を開いた。
    「いいかデク」
    ぽつぽつと、まるで独り言のように、誰にも聞かせる気はないように、でも出久に言い聞かせるように。空を見上げたまま、片手はポケットの中。片手は膝の上に十万ユール入りの封筒を持ったまま、言葉を紡いでいく。
    「俺は、お前からいろんなもんをめちゃくちゃ貰ってんだよ」
     表情は、まだ何を考えているのか、わからない。
    「いろんなもの……?」
    「……なんつーかさ、まずオセオンで俺はお前と会って、あきらめていたことをあきらめなくてもいいんだって思えるようになったし、見失ってた……そうだな、人の良心とか、そういうやつ? を、ちゃんと見れるようになった。目をそらさなくなったっていうか……そっから生活は大きく変わらなかったけど、それでも、楽しくなった。家族と一緒にいる時間以外がさ。それは紛れもなくデク、お前のおかげだったよ。お前に再会するまで、勝手にお前の存在を心の支えみたいにして、パイロットになって、興味を持っちまった日本へのフライト担当の希望までだして」
     頭の中を整理するように、ロディが話し続ける。その言葉をしっかり体に刻み付けるように出久は耳に入れる。
     はっと短く息を切って、自嘲気味にロディが笑った。
    「そしたら、お前と会っちまうんだもんなあ」
     今日、ロディが初めて見せた素顔のように思えた。出久はぐっと唇を中に巻き込み前歯で食む。
    「……会いたくなかった?」
     自分で尋ねながら、心がきしむ音がした。ロディはちらりと見て、バカにしたような顔で出久を「まさか」と笑った。
     出久に向けられた視線が、また空に戻される。
    「嬉しかったよ。なにせ、お前と再会することなんて、何回だって夢に見てきてたからな。想像だってした。連絡を取ってみたら、とか、偶然街中であったら、とか。日本にいるときゃ、特にそういう想像しちまってさ……そのたびに、テレビ画面の向こうにいるお前に、現実に引き戻されるんだ。忘れられてはいないだろうが、会わない限り思い出すことはないだろって。それで、そっちの方がいいって結論に、毎回たどり着くんだ」
     口元に、わずかに笑みが浮かんだ。まるでまぶしいものが空にあるみたいに、ロディはそこをみている。
    「俺がどんだけデクに救われてるか知らねえだろ。デクにとっちゃ当たり前のことだからな。救われたこっちの身にもなってみろ。一生モンなんだよ、お前の救いは。どん底だったしがないチンピラの人生を真っ当に生きてみようって思っちまうくらいには、もがきにもがいて、一度諦めた夢のパイロットに本当になっちまうくらいには。でも、お前の中で俺は今までデクが救ってきた人間の中のひとりでしかねえ。もっかい言うけど、元チンピラだぞ。デクが知ってる通り、ヴィランに手を貸したりもしてた」
     ひとつひとつのロディの言葉が重い。ロディの笑みがほんの少しゆがむのを、出久は静かに見ていた。いま、ロディが間違いなく本音を話している。ロディの言葉を、肯定も否定も、どちらもしてはいけない。それがわかっているから、口を堅くとざした。
    「――そいつは、清廉潔白が売りのプロヒーローが、関わり続けていいものか?」
     誰に尋ねているのだろう。ロディのその言葉を耳にした瞬間、出久はそう思った。ロディの視線はやはり何もない空に向けられている。喉の奥が引きつりそうになる。ロディ、君、そんなことを。
    「だって今回の再会は一過性のものじゃねえ。俺の人生を変えてくれた、あの数日とは訳が違う。デク、お前の人生だって変えちまう可能性があるんだ。それなのに再会して、浮かれて、会わない方がいいってわかってんのに日本くるたび連絡して、ついには鍵まで貰っちまってさあ。受け取らなかったらよかったのに、ついつい嬉しくて受け取っちまった。ほんとバカみてえ」
     吐き捨てるように笑ったロディの口はとまらない。まるでダムを開門した湖のように、とめどなく流れ続ける。はぐらかされ続けてきたロディの本音の大きさを知る。
     笑みを浮かべていたロディの顔が、わずかにゆがんだ。思わずロディのポケットに入れている手を、コートの上から触れる。傷つけているのがわかったから。ロディが、傷つきながら、しゃべってくれているのがわかったから。
    ロディは出久の行動を一瞥して、うつむき気味にくしゃりと笑った。泣き出す前の子どもみたいな表情だった。ゆっくりとそのまま出久を見る。きっと、今日初めて、否、もうずっと合っていなかった目と目が合う。
    「これ以上貰っちまったら、俺どうなるんだよ。こえーんだよ。デクの中で俺ってなんなんだ。こちとら元犯罪者の、お前が救ってきた、そしてこれからも救っていく何百何千の人間の中のただのひとりだろ。俺を特別なとこに俺を置くなよ――大体俺との付き合いがあること自体やべえんじゃねえか、なあヒーロー」
     視線が絡み合う。絡み合った視線の間を、風が吹き抜けていった。ロディの長い髪の毛が風にさらわれる。
    「お前と違って、俺は、お前の人生の責任なんてとれねえよ。お前が俺といようとすることで、俺を救ってくれたお前の夢を、つぶしたくなんかねえ」
     そう言葉をつなげたロディは、泣きそうだった表情をひっこめ、随分穏やかに口元を緩めた。揺れる前髪がきれいだと場違いにも思った。
    「人間、誰しも別れが来る。特別な関係にあったとしても、平等にそれはくるんだ。昔、俺が母親と父親と別れたみたいに。……俺たちがオセオン空港でもう会うことはないかもしれないって思って別れたみてえに」
     ロディの言葉に目を見開いた。あのときの話を、ロディが持ち出し、話してくれるとは思ってなかったのだ。きゅっと、ロディの手を布越しに握りこんでしまう。ロディが眉根を上げ、薄く笑う。
    「ほら、デク、お前もそう思ってたろ。あの時、俺たちの出会いは、一回完結してんだよ」
     轟音が、柵の向こうから響く。耳の中の気圧がおかしくなって、蓋がされたみたいだった。ロディは目を緩く伏せながら、まるで歌うような口調で話しを続ける。
    「だから俺にとっちゃさあ。今デクと過ごしてるこの時間は、あきらめきれない俺のボーナスタイムみたいなもんなんだよ。いつどんな形でこのボーナスタイムが終わっても納得できるようにしときてえわけ」
     ふう、と大きく息を吐いたロディが首を横に傾けた。遠くで、子どもの無邪気な笑い声が聞こえた。
    「それは例えばヒーローのお前が任務中に死んじまったりさ、俺が事故でぽっくり逝っちまったりさ。いろんな可能性があって、世の中どうにもならないことがたくさんあんだろ。でもその可能性の中にさ、好き同士なので付き合ってそんで別れました、はありえねえわけよ。デクが元犯罪者と深い仲でした、みたいなスキャンダルだってそうだ。そんで、これらはどうにでもできる。どうすりゃいいってはじめなかったらいいんだ。そんなのが理由じゃ、この嘘みたいなボーナスタイムの終わりとして俺が納得できねえ。だから、友だちでいい。友だちがいい。友だちじゃなきゃ、だめなんだ。言い訳が、きかねえ」
     そこまでしゃべったロディの、動き続けていた口が止まった。出久は熱くなる目の奥を自覚しながら、頬の内側をかみしめる。それでも、出久はロディから目をそらさなかった。そらすことだけは、してはいけないとわかっていた。
     ロディのグレーの瞳が出久に向けられる。その表情は、投降を決めたヴィランの表情によく似ていた。
    「その友だち関係ももう無理そうだけどな! あーあ! お前のせいだぜ、ヒーロー」
     ロディが笑う。笑う。笑う。
    「本音なんか、しゃべれっていうからさあ」
     貼り付けた笑みで、笑って。そして。
    「ほーんと、ひでぇやつ。俺、かわいそ」
     くしゃりと顔をゆがめ、口元だけで、偽りの笑い声を漏らした。
    出久は抱きしめたい衝動をぐっと我慢してから、ロディのコートのポケットにそっと手を差し込んだ。拒否されることなく、出久の手に掴まれてポケットの中から取り出され、外の空気に触れたロディの手はゆるく握られている。その手からはみ出したピンクの塊は小刻みに震えていて、出久は両手でロディの手のひらをほどいた。
    ぽろぽろと涙をこぼすピノに、心が締め付けられる。
    ずっと泣いていたのかもしれない。だって、そんな気持ちで、僕と過ごしてたの。笑っていたの。自分の過去を気にしてたの。僕が君と、ロディと、もっと楽しく過ごしたいと思っていた最中に、そんなことを。
    「ごめん、ごめんねロディ」
     心からの謝罪だった。ピノを持つロディ手を両手で覆うように包み込む。親指の原でピノの羽を撫でた。
    「それでも、それでも」
     引きつっていた喉の奥から、出久は必至に言葉を作り出す。そしてまっすぐにロディを見て、口を開いた。
    「僕は君と恋人になりたい」
     出久の真正面からの言葉に、ロディがあからさまに顔をしかめる。傷つけた。明確にいま、ロディを出久は傷つけたのだ。それでも、それでも。ロディの表情に止まりそうになってしまう口を動かし続ける。
    「だって君の特別になりたい」
     きゅっとロディの手をピノごと握りこむ。ロディの顔がゆがみ、そしてへたくそな笑みを向けられる。
    「もうとっくに特別だっつってんだろ。これは一生モンだって。安心しろよ」
    「僕だってロディの存在は一生ものだよ。君に救けられたのは僕だってそうじゃないか。なんで自分ばっかりって思うの? 変なとこでネガティブになるのやめなよ、世界救ってるくせに。僕がどれだけロディの存在に救われたか、君こそわかってない」
    「うるせえ、バカ」
    「わあ、シンプルな悪口」
     きっとロディの本音は何年も蓄積された換気扇の油みたいに、なかなか溶けないだろう。ロディの暴言に苦笑しながら、出久は自分の中にある言葉を探し続ける。言葉の引き出しは結構あるつもりなのに、人に伝えるというのはいつだって難しい。ロディ相手だと、余計に。
    「あと、そうだな。うん。確かにロディは昔悪いこと、してたね」
     うつむき気味だったロディの顔が上がる。出久をうかがうように見るロディを安心させるように、出久は微笑みかけた。
    「でも罪を問うのはヒーローの仕事じゃないし、第一君はその罪をちゃんと背負ってここまで生きてきた。あんな酷い傷を負って世界まで救ってさ。法に問われなかった罪の贖罪って難しいね。でもちゃんと償えてるんじゃないかなあ。だってロディ、君は時効を迎えたってずっとその過去を忘れないだろ。現に今引き合いに出した。それに僕だって清廉潔白じゃないよ。叩けば埃は結構出てくる」
     ほんの少し、ロディが目を丸くした。その表情が幼くて自然と頬が緩んだ。目を左右に泳がせた、迷子の子どもの顔をしたロディは、すねるような口調で思い当たる節を口に出す。
    「……バスの上乗ったし?」
    「そうそう、秘密にしててね」
     ギリギリ無賃乗車を免れた異国のバスの上を脳裏に思い描き、出久はくすりと笑う。
    「あとはそうだな。行ってはダメだと言われたところに大人に無断で行ったり、夜中に寮を抜け出して大喧嘩したり、なんてこともあったよ」
    「立派な不良じゃねえか」
    「改めて並べたら結構やばいね」
     こくりと神妙にうなずけば、ロディが苦笑を浮かべた。それに少しだけ安心してから、出久は息を大きく吸い込んだ。
    「だからね、君がネックとしている元犯罪者と僕が付きあっってどうこうっていうのは、僕の選択だ。僕が今みたいな考えで、ロディと一緒にいたいっていう僕の選択。だから君が責任を取る必要なんて元々ないんだ。あとなにがあるとも正直思えない。だって君はいま立派なパイロットとして空を飛んでいるんだ。悪意を持った人間が意図的に暴こうとする以外、きっとなにもなくて、何かあったならその悪意を持った人間に否があるよ」
     ロディがぐっと言葉を詰まらせたのがわかった。その様子に、出久は先ほどロディを傷つけさせるものかという視線で出久を見てきた、ロディの仕事仲間たちのことを思う。ロディを大切に思う人間はたくさんいるのだ。
    きっとこれで、互いのカードを出し合った。状況はイーブン。あとは、攻めの一手。
    「ねえ、ロディ」
     涙を流し続けるピノをもう一度撫でる。ピノがやっと出久のことを見上げてくれた。それが嬉しくてらまらなくて、ロディへ視線を戻す。
    「君のこと好きだなって思った時、抱きしめたくてたまらないんだ。そして君にも抱き返されたい」
    「愛情不足なら親御さんに頼めよ」
    「そうじゃないってわかってるでしょ。ロディ、君だからだよ」
    胸は締め付けられるし、呼吸だってなんだか苦しい。こんなの、ロディにしかならない。もうとっくに特別で、手遅れで、ボーナスタイムなんかじゃ収まるはずがない。
    「ロディを喜ばせるものはこの世界にたくさんあるよね。だからそれを独り占めしたいなんて言わないよ。君の笑顔はあればあるほどいいもの」
    日本の四季だったり、ロロとララの成長を喜んだり、慣れない料理だったり、フライトの着陸が完璧だったり。いくつもその要素はある。でも、恋人なら。恋人になれたのなら。
    「でも、その笑顔のきっかけを作る理由に僕もなりたい。君の笑顔の理由をいつだって知りたい。そして、君の涙を見るのも拭うのも、君を傷付けるのも、僕だけがいい。僕だけがいいんだ」
     簡単に人を傷つけるには距離が近くなければならない。その覚悟を持ってそばに行くのだ。それをいつだって許される立場は限られている。
     もっと一緒に楽しいことをしたい。あふれる気持ちがあったときは触れたい。傷つけあってでも、本音をぶつけ合って、ちゃんとそばにありたい。最後の想いは、轟と飯田と話して、ロディの情報収集をするときにたどり着いた答えだった。
    「……俺、泣いてねえけど」
    「うん、もちろんピノのことも含んでるよ。ほんと、素敵な個性だよね。教えてくれて、本当にありがとう」
     ピノが小さく高い声で鳴いた。そのピノに笑いかけてから、出久はロディの両肩を掴んだ。ロディの目が驚きで丸くなる。視線が再び絡み合う。
    「僕は、全部とりたいから。ロディと友だちでいることも、君と過ごす時間も。友だちから変わるのがいやなら、恋人は付け加えよう。全部欲しい。全部許されたい」
    「強引すぎんだろ」
    「こういう屁理屈こねるの得意なんだ」
    「自分で言うなよ」
     呆れたようにロディが言うから、出久はへへ、と笑う。ロディのこわばりが、緩くなったのがわかった。それが嬉しくて、出久はロディの言った言葉を脳内で反芻する。
    「ロディが言う通り、もしかしたら恋人として別れる日が来るのかもしれない。あ、いやもちろん別れる気はないよ。ないんだけどさ、君が言うから想像してみるよ。でもさ、恋人として別れてもさ、大丈夫」
     掴んでいたロディの肩をぽんぽんと手のひらだけ浮かせて叩いてみる。ロディが理解できないとばかりに片方の眉を上げた。その表情に、出久は唇で弧を描いた。
    「だって、僕ら、お互いに一生ものなんでしょ。別れは、どっちかが死ぬ時だけだし、なんなら死んでもさあ、遺ってる方の一生がまだあるわけで、きっとずっと続くんだよ」
     掴んでいた両肩からするりとロディの二の腕をたどり、ゆっくりとロディの両手の甲を撫でる。次いでピノと十万ユールを握るそれぞれのアンバランスな手をやさしく上から握った。このアンバランスンな手を作らせてしまった自分がおかしくて、甘んじてそれを受け入れてくれているロディが嬉しくて、出久は口角を思い切り上げる。
    ロディの拒否はない。さらけ出すものはさらけ出して、今できる傷つけあいを全力でして。責任も無責任も許容したのなら。
    「ボーナスタイムはおしまいにしよう、ロディ。確かに一回は僕ら、完結したのかもしれない。でもさ、また会えた。じゃあ、ずっと続いていくよ。あの時はあの時で、いまはいまだ」
     きょとんと、ロディが出久を見る。呆気にとられて、わずかに口が開いている。ゴオッとまた一機、視界の端に捉えている滑走路を飛行機が離陸していく。その間にもロディは出久の言った言葉の意味を考えて、かみ砕こうとして。そうして数秒。口元をむずむずとさせ、一度目出久から目をそらし、視線を板張りの床に投げる。
    「しっつこいねえ、ヒーロー」
     吐きだす息と一緒に、ロディは諦めの音色を混ぜてその言葉を吐き捨てた。でも、その表情は明るい。
    「知らなかった?」
    「知ってた。出会った時から知ってたさ」
     柔らかく微笑んだロディが顔を上げた。ピノが、ピピッと鳴いて、出久とロディの手から飛び立つ。そのままくるりとふたりの頭上を旋回したピノはしっかり羽ばたき、速度を調整しながら出久のくせ毛のてっぺんに着陸した。
     ピノが移動したことでロディの手がひとつ空いた。その手が、指が、ロディの手を包んでいた出久の手を掴んだ。驚きに目を見張り、出久がその手を凝視すれば、ロディの細い指がするりと出久の指と指の間に絡まりきゅっと掴まれる。ドッと激しい音を立てて心臓が存在を主張してくる。だらだらと服の中で冷や汗が出ているのが分かった。
    「確かに、全部とるっつってんのに、ここだけとらねえのもおかしな話かあ」
     観念しました、と言わんばかりの声がロディの手を見つめ続けている出久の頭上に振ってくる。ピノが歌うように出久のつむじの位置で鳴いている。高鳴る鼓動を抑えられないまま顔をあげると、無邪気に歯を見せ目を細めるロディの姿があった。
    「デクと恋人かあ。ぜってえヤキモキすんじゃねえか、やだなあ」
    「え、じゃ、じゃあ」
     視線を上げロディを見るが、冷や汗がとまらない。視界から消えたロディの指が、出久と指を絡めたまま出久の手の甲をすり、と撫でた。
    出久がロディと恋人になりたいと言った。そして抱き返されたいといった。ロディに、出久と同じ気持ちがあるのなら、返してほしいという意味だった。そんな出久の発言に正しくロディが応えてくれた一歩目だというのに、いざされてしまうと攻撃力がすごかった。
    なんだこれ。なんだこれ。出久の一方的な気持ちじゃないというのが、予測でなく確実なものになった瞬間。ロディからの直接的なアクションがこんなにも出久を動揺させるなんて思っていなかった。出久が見つめるロディはなんだか清々しい顔をしている。
    「これ以上逃げらんねえよ。考えてみりゃ、とっくにお前には捕まってんだ。好きにしろ。俺がぐだぐだ考えたって、デクにぶっ壊されるんだ。そんなんなら、もう、いいや」
     絡めた指先に力が籠められる。ピノが空に歌う。
    「好きだよ、デク。ずっと前から、お前が好きだった。恋人って肩書、増やそうぜ」
     ロディの瞳がとろりと溶けた。その表情にたまらなくなって絡んだままの手を引く。自身の体よりずいぶん細いその体を抱きしめれば、ぐえ、とロディの情けない声が聞こえて出久は笑った。ばくばくと煩い心臓はそのままに、ロディ越しに見る空は青い。世界の彩度が上がっていく。腕の中でロディが体を揺らして笑った。なんだか泣きたくなるくらい嬉しくて、それで、声を上げて笑いたくなるくらい幸せだった。


    *  *  *


    「で? この十万ユール、本音開示料っつーことで貰っていいんだよな?」
     ここが他の利用客もいる展望デッキだということにふたりで気づいてほんの少し照れながら体を離したとき、ロディがあっさりとそういった。ロディの手にあるのはずっと持ち続けていた札束入りの封筒だ。出久はそれにぐっと言葉をお詰まらせる。
    「エッ! アッ、エット、」
    「ははっ! 冗談だっつーの!」
     おそらくひどい顔をしていたのだろう出久をロディが全力で笑って、ほい、と封筒を返してくる。それにほっとした。正直本気でロディに渡すつもりではいた。でもそれとは同じくらい、ロディが受け取ってしまったら、関係に偏りが出てしまうなとは思っていたし、ロディは受け取らないだろうとも思っていた。
     いそいそとボディバッグの中に出久が封筒を収めていると、ロディがベンチから緩慢な動きで立ち上がり、両手を前に組んで空に向かってぐっと伸ばす。それを見上げてから、出久もピノを頭にのせたままゆっくり立ち上がった。
     ロディがもうなにも入っていないはずの薄手のコートのポケットに両手を突っ込む。滑走路を一瞥してからロディが隣に立った出久を見てにやりと笑った。
    「貰えるんなら、頭金にしようと思ったのに」
     冗談だとわかる声色で告げられた言葉の意味が分からず、出久は首を傾げる。
    「へ? なんの?」
    「俺が買うマンションの」
    「え、マンション買うの? どこに?」
    「日本」
     どこかの国で、突然落ちる沈黙のことを天使が通ったと表現するらしい。まさにいま、ロディと出久の間を天使が通って行った。
     ロディの言葉の意味を理解すべく思考回路をぶん回す。え、なにをどこに買うって?
    「……えっ!? 日本でマンション買うの!?」
     理解した瞬間、素っ頓狂な声がでた。出久が目を見開くと、ロディが頬をかく。
    「いやあ、なんつーか……この度、日本便の機長に就任することになってさ。次の春から、月に三回日本に来ることになったんんだよ」
    「え、機長!? は!? えっ!?」
    「俺もびっくりしたわ……オセオン航空最年少だってよ……さっきデクに話しかけきた人いたろ? あの人が機長でさ。早期退職するんだよ。空いた席をどうするかって話のとき、俺は機長資格を既にとってるし就航時間も十分だし、このまま機長に着任させたらいいって上に言ってくれたらしくて、まあ、そういう話」
     苦笑まじりにロディが話す。出久は、はく、とエサを求める金魚のように口を動かして理解につとめる。
    「ここのところ連絡なかったのは?」
    「気まずいってのもさ、まああったんだけど、普通に忙しかった。着任前の研修とか色々あったし、マンション探しも件の機長が一緒に回ってくれてさ」
    「え、ロロくんとララちゃんは?」
    「別に日本に引っ越すわけじゃねえよ。オセオンに住むのは変わらない。でもロロはもう成人してるし、ララもすっかり大人になったし、家を空ける期間が開いても問題はなくなった。でもふたりが独り立ちするまでは俺が守ってやりたい。ただ日本にくる頻度が高くなるし、ウチは機長になったらステイ中のホテル代全額負担と家賃補助のどっちかを選べるようになるんだ。つまりマンション買ったら補助金毎月出るってわけ。それなら買わなきゃもったいねえだろ」
    「ロディってそういうところ本当にしっかりちゃっかりしてるよね……!!」
     ローンの申請も通ったんだぜ、と自慢げに言うロディに感嘆のため息を出久は吐いた。すごい。そりゃパイロットだ。簡単にローンは通るだろう。ロディが日本にマンション。いくら家賃補助が入るといっても日本で買ったマンションのローンを返済しながらオセオンで弟妹を養うなんてすごすぎる。さすがロディだ、なんてそこまで考えて、はたと気づいた。
    「っていうか、もう部屋決まったの!?」
    「ん? おう、当たり前だろ。言っても中古の格安マンションだけどな。滞在中の寝床にするくらいだし……」
    当たり前みたいにロディは、デクんち参考にしたんだぜ。中古でリノベーションしてあるとこ。立地よくてもマジで値段抑えられるのな、なんて言葉を続ける。
     ピノが頭の上から出久の肩に移動してきた。ふるふると震える出久を不思議そうに小さな瞳が見つめてくる。その瞳を横目に、くわっと口を開いて隣に立つロディに叫ぶように尋ねる。
    「僕と一緒に住むって選択肢は!?」
    「なにいってんだ。いまこういう関係になったのに、探してる時点で選択肢に入るわけねえよ」
     呆れたようにロディが言うので、出久はがっくりとうなだれる。ぐずぐずしている間にロディと一緒の家にすむチャンスを逃していたらしい。うう、と唸っているとロディが唇をほんの少し尖らせ、視線を上げる。
    「だから、まあ。なんつーか」
    なにかごまかすようなそのロディの表情を涙目で出久が見上げると、ロディがもごりと口の中で舌を動かしてから、へらっと笑った。空っぽだと思われていたポケットからロディがなにかを取り出す。自然と視線を奪われそれを見やれば、ロディの手にあるのはキーケースだ。ぱかりとあけられたそれには鍵がいくつかあって、その鍵の中に全く同じ鍵が一組存在していた。
    「好きな時に、互いの家に行ける方が行ったらいいんじゃねえの」
     同じ鍵二本。そのうちの一本を外し、ロディは出久に突き出した。震える手を持ち上げ両手で受け皿を作る。いつかの逆の図。ぽとりと落とされた鍵を見つめ、出久は口をすぼめる。顔が熱い。
    「ず、ずるい。かっこいい」
    「まあな?」
    「ほんともう、そういうとこ……!」
     青空を背負って軽快にひょいと肩をあげたロディにたまらなくなって、出久はその体を抱きしめたくなる。
    いつものようにぐっと我慢しようとして、もう我慢しなくていいことに気が付いて、もう一度出久はロディに勢いよく抱き着いた。背中に回された手に感極まってぎゅっと目を閉じると、忘れたくない、もう忘れることのないロディの声が出久の耳に届く。ピノがずっと笑っている。きっとこの声も忘れない。
    互いに両想いなのはわかってるけど付き合ってないふたりがようやっと付き合い始めたその日、西日本のとある場所でソメイヨシノが開花したらしい。
    過去最速だって、とニュースをみて出久が言うのをロディが満開になったら花見だな、と当たり前みたいに返してくれたので、出久はまた笑ったのだった。
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