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    kitanomado

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    kitanomado

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    7時21分待ち合わせその後のふたり

    普通の日の朝僕の毎日は特別なことなんて何も起きない。
    日々で起こることは、せいぜいゼミの教授が出してくる課題が毎回鬼とか、学食のラーメンにのってるペラペラチャーシューがペラペラゆえにたまに一枚多くくっついてる時があって、そん時はラッキーやなとか、アパートの近くに現れる野良猫と何故か最近少しずつ距離が縮まりつつある、とか。あとはバイト先にいつもやってきては夜通し漫画を描いてる漫画家の人達、ほんまに家ないんかちょっと気になるな、寒なったらどないするんやろ、とか。まあ、そんなことくらい。でもそれは全然特別じゃなくて、ただのなんでもない普通の日常だ。
    僕の十八年間で一番特別なことが起きたのは、たぶん中三のあの時で。あんなことはそうそう起こることはないし、そうそう起こってもらっても困る。

    暗い階段から外の世界を見上げると、外界はあまりにも眩しくて目を細める。夜勤明けには酷な日差しだ。階段をゆっくり登っていくと、明るくひらけた駅前の広場に人通りはまばらで、いつもの賑わいはない。
    朝の空気はまだぼんやりしていて、どこか眠たい気がする。寝ぼけた地上を真っ直ぐ歩き、街路樹を囲ってあるポールに腰を掛けた。そしてズボンのポケットからスマートフォンを取り出して狂児とのラインを開き待ち合わせ時間を確認する。約束より十分以上も早く着いてしまった。目と鼻の先なんやからこんなはよ店出んでも良かった。なに気合いいれとんの。アホやな自分。
    狂児とは一ヶ月近く前から予定をすり合わせて、今日にしようと決めた。もう一度画面を見る。当たり前だけど全然進んでない。待ち時間はいつだって長く感じる。
    ふいに、きちんと磨かれた革靴が視界に入り、僕のスニーカーの内側にトン、と軽く触れた。
    「おはよ〜う」
    顔をあげる。逆光で表情はよく見えない。だけど久しぶりに聞く、低い関西の言葉が耳によく馴染んだ。
    「眠たげな顔やなあ」
    僕は狂児の表情なんよう見えへんのに、何一方的に人の顔見てんねん。腹立つ。そう思いながら身体を動かすと、少し疲れて眠たそうな、二重の目の狂児が笑っていた。
    お前が言うな。とか、なんや他にもっと言うことあるやろ。とか、いろんな言葉が一瞬で頭のなかをよぎるけど、久しぶりに狂児のまっ黒い目をみたら何も言えなくなってしまった。
    「……靴蹴るなよ」
    僕も大概だ。まともに狂児の顔を見ないようにして先を歩く。
    「はよ行こ」
    日にちを決めた時、夜勤明けのこの時間に待ち合わせをしようと言ったのは狂児の方だった。
    聡実くんその日一日休みなら朝からおじさんに付き合ってよ。飯なんなんぼでもおごるから、その一日俺に頂戴。だから「とりあえず一緒に朝飯食お」

    朝ごはんを食べようとは言ったものの店は特に決めてなかった。適当に商店街のなかにある喫茶店に入ると、店の中には既に常連ぽいお客さんが何人かいて、新聞を読んだり珈琲を飲んでいたりしていた。席につくと狂児がメニューを手に取り、中に挟んであったモーニングメニューをぺらりと取り出した。
    「カレーとかあるよ。わんぱくやなあ」
    「僕それにします」
    「聡実くんわんぱくやん。ほな俺もそれにしよ。すみませーん」
    すぐにカウンターから店員さんがやって来て、狂児は「カレーセットふたつ」と注文した。
    「ピザトーストも頼んでいいですか」
    「ええよ。ピザトーストもひとつください。あ、セットの飲みもんもあるんか。聡実くん何にする?俺アイスティーにするわ」
    「オレンジジュースにします」
    「ほなオレンジジュースとアイスティーお願いします」
    僕はテーブルに置かれた熱いお手拭きで手を拭き、狂児は一口水を飲んだ。店内の空調はまだ完全には効いていなくて、少しぬるい空気がこもっていた。
    狂児は「今日暑いなあ」と言いながら、緩んだネクタイを更に緩めてから右手のシャツのボタンをはずし始めた。僕は慌ててなるべく低い声でそれを制する。
    「そっちは捲んな」
    「えー。聡実くんまだあかんの?」
    「まだもなんも一生あかんわ」
    「ハイハイ」
    そう軽く返事して、左腕の方をちょうど刺青が見えない位置くらいまで捲った。あんなもん、ほいほい世の中に晒されても困る。常に僕の許可くらいとって欲しい。狂児の後ろにあるテレビは朝のワイドショーが流れていて、関西出身のタレントがコメンテーターで出ているのをぼんやり眺めていたら、先にサラダと飲み物が運ばれてきた。
    狂児は「いただきます」と箸を割り、トマトを口に入れながら「聡実くん夜勤しんどない?」と聞いてきた。
    「慣れました」
    「バイト始めて一ヶ月くらいやっけ?ちゃんと続いてるやん。偉いなあ」
    「一応、しばらくは続けよう思ってるし」
    「なんや、金貯めるん目標でもあんの?」
    僕の部屋にある、目の前の男の名前をつけた銀色の缶がちらりと脳裏を過ぎる。
    「べつに、そういんはないけど、」
    「お待たせしました〜。カレー定食です。ピザトーストもう少々お待ちください」
    目の前にカレーと味噌汁がふたつ置かれた。カレーの匂いにお腹がきゅうと鳴る。夜のまかないはあるけど、夜通し働いたあとのこの時間になるとやっぱりお腹が空いている。
    「合わせの味噌汁久しぶりやわ」
    そう言って狂児はずっ、と味噌汁をすすった。
    そういえばこっちきて白味噌のお味噌汁飲んでないな。そう思いながら「小学校ん時に給食でカレー出たらスプーンなかでちいこいカレー作らんかった?聡実くんの歳でもそういうんやったん?」なんていう狂児のどうでもいい話を聞きつつ僕も味噌汁をひとくちすすった。まあ僕も子どもん頃それやったけど。
    白米とカレーをスプーンに乗せながら狂児は口を開いた。
    「このあとどうする?」
    「どうするって、僕ん家来るんでしょ」
    狂児が顔を上げた瞬間、椅子に置いてあった上着のなかのスマホが鳴った。
    「あ、聡実くんちょいごめん」
    狂児は眉間にシワをよせながらそれを取り出すと、左手で画面を操作した。難しい顔をしてスマホの画面を見る狂児の顔をそっと窺う。口の中のカレーも飲み込まないまま、真剣に考え込むような表情をしていた。窪んだまぶたがやっぱり疲れて見える。おじさんなんやからこんな朝早くから無理せんでええのに。
    「お待たせしました〜ピザトーストです」
    僕と狂児の間に焼き立てのピザトーストが机に置かれた。狂児は反応しない。カレーを食べ終わった僕は、一口サイズに切られた熱々のピザトーストに手を伸ばす。目の前にある、肘をついた右手はだんだんと角度をつけて傾き、スプーンのなかのちいこいカレーライスからカレーが点々とこぼれ落ちる。
    「狂児さん」
    「んー?」
    「カレー、こぼれとる」
    「んん?ああ、」
    僕は右手でテーブルの端に置いてあったティッシュの箱を掴んでメニューの上に置いた。それからティッシュを何枚か引き抜くと、机にこぼれ落ちたカレーを拭く。それでも上がらない狂児の視線。なんやねんスマホばっか見よって。アホが。くしゃくしゃに丸めたティッシュを脇に置くと、咥えたままのピザトーストをまた咀嚼し始める。狂児もしかしたらこのまま大阪に帰ってまうんかな、そう考えたら口の中のチーズがガムみたいに感じた。しばらく経ってからふう、と狂児が息をつき「机ありがと」と続けた。
    「仕事、ええの?」
    僕がそう言うと狂児はくい、と片眉をあげてからスマホの画面を机に伏せる。
    「これで今日は店じまいよ。こっからは聡実くんといちんち休み」
    そしてニッと笑う。僕はその視線をかわして机に目を落とした。
    「狂児さん」
    「ん?」
    「ヒジ」
    「はあい」
    「狂児さんこそ眠たそうな顔してるやん。家でちょっと寝よ。僕も眠たいんで」
    おでこのあたりに狂児の視線を感じたけど、僕は俯いたままピザトーストの残りを咀嚼した。頭の上から「せやね」と狂児の声が降ってくる。
    「聡実くんピザトーうまい?」
    「おいしいですよ。こういうんはチーズ溶けてるうちが花やないですか」
    「ほな俺も一切れお呼ばれしよかな。聡実くんちぎったの頂戴よ」
    「世話焼けるおじさんや」
    一枚、ピーマンがのった部分のピザトーストをちぎると伸びたチーズを手繰り寄せ、狂児のカレーの皿の縁においてやった。

    店をでると日が高くなっていた。腹の中に収まったものへ血が集中し始めて、頭がぼんやりしてきて、眠たさがどっと押し寄せる。やっぱり僕が少し先に歩き、アパートへ向かう。玄関をあけ、靴を脱ぎながら「上着、そこのハンガーにかけてください」と狂児に声をかけた。
    狂児が上着を脱いでいる間、僕は布団を敷き服を脱いだ。そしていつも着てる寝間着用のTシャツとハーフパンツを身につける。狂児も当たり前みたいにシャツを脱いだ。横目で見ると、狂児の背中の鶴が二羽舞っているのがあらわになっている。一気に春先でのことを思い出し、耳の奥が熱くなった。振り返った狂児の目を避けるように僕はスマホに視線を落とした。
    「アラーム14時でええですか?起きられるかわからんけど」
    「ええよ。まあ遅うても夕方には目ぇ覚めるやろ」
    狂児に背を向けて布団に潜ると、後ろから布団に潜り込む狂児の体温が近くて、身体を縮こませた。
    「起きたら肉食いに行こ、さとみくん食いたいいうてたやつ」
    「うん」
    本当は肉とか、もう別にどうでもええねんけど。畳の目を見ながら、僕は呟いた。
    「狂児さん明日、何時に帰んの」
    「十時かな。まあ昼頃に事務所に戻れとったらええわ」
    「ふうん」
    「まだ全然時間あるよ。嬉しわ」
    そう言いながら後頭部に鼻先を埋められる。首筋に息がかかると、僕は握った手のひらにじわり、と汗をかいた。
    「聡実くん食いもんの匂いするな」
    「え」
    振り返ると、すぐ間近で狂児のまっくろい目と視線がぶつかった。
    「…バイト終わったあとファブリーズすんの忘れてました」
    「ホールでも飲食やと匂いつくからなあ。ちゃんと聡実くん働いてん偉いな」
    「そんな匂いかがんで。もう、風呂先に入ればよかった」
    「あとで一緒にはいったらええやん」
    そう言ってから狂児はふ、と笑った。
    「なに」
    「聡実くんやっと目あわしてくれたな思て」
    そう言って、ぐりぐりと肩に額をこすりつけてくる。こう言う時の狂児はなんだか犬みたいやな、といつも思う。
    「聡実くん全然目ぇあわしてくれへんもん。ボク嫌われてしもうたかと思ったわ」
    「……アホ」
    狂児は「聡実くん、顔見して」そう言って親指と人指でやわやわと頬を揉まれた。
    「聡実くん顔ちょい丸なった?」
    「夜のまかないのせいや」
    「ちょうどええくらいよ」
    「……慣れへんもん」
    「なにが?」
    「…狂児と顔合わすん、まだ慣れへんねん」
    三年ぶりに会ったのが先々月の三月末のことで。そこで散々僕達は色んなものを確かめあった。だからこそ、狂児の顔をまともに見ることなんて出来ないでいた。
    狂児はのんびりと「せやんなあ」と言い、僕の背中をぽんぽん、とあやすように叩く。
    「たまに会うからあかんねやんな。もっと顔合わす頻度あげたらええねやろ」
    「そういうことなん?」
    「そういうことやろ」
    「こういうんが普通になったらええのにな。俺毎日聡実くんとこういうんがええわ」
    耳元で囁かれる言葉がくすぐったくて肩をすくめた。そして狂児は指先で僕のTシャツを引っ張った。
    「聡実くん暑ない?服脱いだら?」
    「……えろおやじ」
    「聡実くんもすけべやん」
    「お前が言うな」
    久しぶりに会ったのに寝て起きて風呂入ってご飯行ってって、全然普通やなておもうけど、こういう普通なら、まあ毎日だって悪くない。
    脱いだってどうせすぐ暑くなんねやん、そう思いながら布団の外にTシャツとハーフパンツを放かった。
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